2020年03月12日

歌ートイレの神様

歌ートイレの神様
コロナウィルスであまりにも騒がしいのでできる限り外出を控えています。
教会や図書館そして買い物に行く時以外にはほとんど家にこもっています。
狭い部屋にいるので運動不足が続き持病の腰痛がひどくなっています。
それて、また整形外科でリハビリに励んでいます。

座っている時間が長いので仕方のないことですが
健康に生きるためにもできる限り歩きに行く必要があります。
美しい花が咲くいい季節ですので運動もなり目の保養にもなりそうです。

結核など色々気落ちすることが多くてしばらくおろそかにしていた
ヘブライ語やギリシャ語の勉強も少しは調子を戻しているので
気晴らしのために録画した歌番組を見ました。

最近はあまり行ってないのですがカラオケで歌を歌うのが好きです。
しかし、歌のレパトリが広がりません。
それで歌番組を録画して歌えそうな曲を探していますが
なかなか気に入る曲がありません。

演歌もあまり好きではないのですが最近流行りの若者たちの歌は
ほとんど真似もできない曲ばかりで世代の差を感じます。
数時間の番組の中で流れる曲をいくら熱心に聞いても
早いテンポと聞き取れない歌詞でレパトリにするのは無理だなと思います。

数十曲の歌を早送りをしながら聞いていて
耳に止まった曲が”トイレの神様”です。
八百万の神の神がいると言われる日本でまさかトイレの神様もいるのですか?

トイレ掃除の苦手な小学生の女の子に言ったおばあちゃんの言葉、
”トイレには それはそれはキレイな女神様がいるんやで
だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで”

多分関西弁だと思われるおばあちゃんの言葉とその言葉を素直に信じて
熱心に掃除に励んでいた女の子の姿が思い浮かびます。
そして、おばあちゃんと過ごした楽しかった日々の思い出、
しかし、そんなこともいつしか疎遠になってしまった二人の関係
最後におばあちゃんに会えたのは亡くなる前の日の病院での短い一時でした。

今は二度と会えないおばあちゃんとの日々を歌っているこの曲は
”どうしてだろう 人は人を傷付け、大切なものをなくしてく”と歌っています。
仲良く暮らしていたおばあちゃんや家族との関係がこじれて
家を出てなかなか会えなかった日々、そんな自分を待っていたくれたように
孫娘の顔を見てから次の日、おばあちゃんは静かに息を引き取りました。

人生では出会いと別れがつきものです。
そして、大事な人々との別れはいつも悲しく切ないものです。
しかし、私達はその人との時間を本当に大事にしているのでしょうか?

それぞれ、自分の人生で出会った人々がいます。
はじめは家族であれ友人、夫婦や子供またおばあちゃんやおじいちゃん、
友人や学校の先生また色々と、、、
そんな出会いはみんな大事な縁です。

短く浅い出会いもあれば心を許し合う出会いもあります。
記憶の中で忘れられない大事な人の出会いもあります。
そして、大事な人であればあるほどもっとその時間を大事にしてほしいです。

”どうしてだろう 人は人を傷付け、大切なものをなくしてく”
こんな告白や後悔をしない私達でありたいのです。
  

Posted by 青い鳥 at 20:23Comments(0)

2020年03月02日

コロナウイルス事態


コロナウイルス事態
コロナウイルスで世の中が騒がしいです。
治療薬もまだ発見されず感染が拡大しており
健康状態のあまり良くなかった人々は死に至っています。
死の恐怖が全世界を覆っています。

久しぶりに金曜祈祷会に参加するために出かけました。
その電車の中でも二人の女子高校生がコロナウイルスのことで
熱弁を振るっていました。
修学旅行で台湾や中国、韓国などに行くつもりだったのが
中止された、いろいろなイベントが取り消され
楽しみにしていたのに悔しいとか国の対応があまりにも遅かったとか
マスクも売り切れで買えないし、みんなコロナウイルスで死んでしまうわ、
など携帯を触ることなく20分以上話に夢中になっていました。

人が多く集まる所の外出を控えるようにと進められ
手の消毒やうがい、マスク着用などを促しています。
図書館などで行われるはずだった行事が
次から次へと中止になっています。
3週間近く図書館の休館に入った地域もいます。
このコロナウイルスはいつ落ち着くのでしょうか?

韓国では教会の礼拝にも影響がおよび礼拝をやめる事態にまで広がっています。
病気の拡大になった異端の教会の信者がもしも他の教会に来て
感染が広がることを心配している教会では
礼拝に来る信者一人一人の確認をしているようです。
長い列が出来て教会の中に入るだけでも一苦労していると聞きました。

命を持っているものはすべていつか死を迎えます。
いくら逃げても願っても死から逃れるものは誰一人いません。
コロナウイルスのせいで人々が不安がっています。
しかし、命を与える方もその命を捉える方も神様です。
その全ては神様の御手にあります。

こんな危機にこそもっと神様に立ち返って欲しいと願っています。
神様に切に祈ってほしいのです。
そして、イエス・キリストに出会う素晴らしい人生の経験が出来るよう願います。

神様、どうか、中国、韓国また日本や他の国々に広がっている
死の恐怖、コロナウイルスから愛する人々を守ってください。
そして、こんな事の中で神様に出会うチャンスを与えてください。
切に神様の哀れみを乞うています。
  

Posted by 青い鳥 at 15:42Comments(0)

2020年02月20日

映画ー僕の初恋をキミに捧ぐ

映画ー僕の初恋をキミに捧ぐ

昨年10月の結核騒動でそれまで通っていたパソコン教室を初め、
ヘブライ語教室、手話教室、水泳教室、ボランティア活動までやめて
治療に専念しました。
しかし、飲み始めた薬のせいで肝臓の調子が悪くなり
他に飲んでいたすべての薬をやめて療養しています。

寒い天気が続き家で過ごす時間が長くなりほぼ座り放しの生活で
腰痛が悪化したようです。
左足だけだった痺れが今は全身に広がっています。
両足、両手までぴりぴりした痺れで違和感があります。

免疫力が落ちているので風邪でも引いたら結核が発病する恐れもあるので
出来る限り混雑っしている場所は避けています。
新型コロナウィルスで世の中が騒々しい時です。
短期間で死者が千人以上に広がりまた治療薬がまだ見つからず
死の恐怖が人々の心に感染していきます。

中国から来る団体客が減り日曜日はすごい人出だった乗り換え駅が閑散としていて
久しぶりに人にぶつかる心配なくゆったりと歩くことができました。
中国人観光客が激減して商売する人たちは心配してるけれど
少しは前の地下街に戻ったようでホッとしています。

この数日間結構強い風が吹きました。
それで、用事がある時以外はほとんど外出を控えて家にこもっています。
病気になってから外国語の勉強まで疎かにしていました。
その期間が長くなったせいか、本を開いてもなかなか
勉強に専念することができません。

そんなわけで、結局家にいるときはほとんど
中国のドラマを見たりしています。
楽しみにしているドラマのアップロードを待っている間に見た
日本の映画があります。”僕の初恋をキミに捧ぐ”です。

映画は”僕たちの恋愛にはタイムリミットがある”という言葉から始まります。
この映画は心臓病で”20歳まで生きられない”と余命宣告された逞(たくま)と、
幼なじみの繭(まゆ)の初恋を描く映画です。

8歳でたくまは両親と医者の話を偶然聞いて
自分に残された命を意識するようになります。
たくまを治療していた医者は女主人公まゆのお父さんでした。


お父さんの病院で偶然たくまと出会って仲良くなったまゆが
たくまの病気と長くて20歳までしか生きられないという話を一緒に聞いて
四つ葉のクローバーを探して大声で叫びながら祈る姿に涙しました。

古くては”愛と死をみつめて”や”世界の中心で、愛をさけぶ”など
不治の病で死にゆく人との愛の話が映画化されています。
どんなに愛してもどれほど祈っても愛する人を
救うことのできなかった人々の深い悲しみと辛い別れは
いつも心を揺さぶられ涙を堪えることが難しいです。

昔は想像もできなかった医療技術で助かる人々が増えています。
臓器移植や新しい治療薬で助かり新たな命を得た人もいます。
しかし、幸運に恵まれなかった大勢の人々は
ともに過ごしたい人々との時間や約束を果たすことができず
この世を去っていきました。

映画の中のたくまののぞみは愛する人まゆと結婚し、
自分たちに似た子供をもうけ平凡に生きることでした。
しかし、彼にはそんな幸運は許されませんでした。
心臓移植の希望も無くなり病院を抜け出して
二人で過ごした時間が最後のデートになりました。

たくまとまゆのタイムリミットの恋は切なく涙を誘います。
しかし、果たして彼ら二人だけがタイムリミットの世界を
生きているのでしょうか。

この世に生まれ生きているすべての人はある意味、
タイムリミットの命を生きています。
患者として死を覚悟している人とまだ元気で
医学的な推測や判断がくだされずにいる人がいるだけです。

まだ若くて恋を知らず、キスの経験もないまま死んでいく事が悲しく
キスを求めていた若い女の子がいます。
彼女は生きて経験したいことがどれほど多かったでしょう。
しかし、彼女にはそれは許されない事でした。

病気や事故など様々な理由で自分の命を全うできず
この世を去っている人々がいます。
赤ちゃんが小学生が青年が愛する家族や人を残して別れを告げます。
そして、別れはいつも寂しく悲しいものです。

私達に残された時間はどれ程のものでしょうか。
私もあなたもタイムリミットな時間を過ごしています。
どうか、その時間を少しでも長く愛する人と過ごせますよう、
こころから祈ります。

そして、人生でいちばん大事なイエス・キリストに出会いますように。  

Posted by 青い鳥 at 16:06Comments(0)

2019年10月07日

本ー英語は40歳を過ぎてから


本ー英語は40歳を過ぎてから
インターネットで全世界がつながるようになってから
ますます必要性が高まっているのが英語です。
全世界から発せられる情報を利用するためには
英語を読む力が本当に必要です。

先端情報を逸早く手にするために、
また全世界を相手にした貿易戦争に
打ち勝つためにも英語は欠かせないです。
そんな社会事情からか今は小学生ではなく
幼稚園児や母国語さえままならぬ3歳までの子供にまで
英語を学ばせる親も現れています。

全人類が一つの言葉で話していた
バベルの塔の時代に向かって走っているようです。
そんな世の中に便乗するのではないけれど
私も一つの目的があり英語を勉強しています。

それはインターネット環境でよく目にするようになった
外国の映画やドラマ特に英語字幕で見られる
タイのドラマや中国のドラマを見たいからです。

外国ドラマの中で単語の意味が分からず
内容がつかめないことがあります。
そんな時は、画面を一々止めて電子辞典で調べていますが
面倒なので辞典など使わないで
そのまま自由に読める日を夢見ています。
そのためには多くの英単語を覚えなければなりません。**

好きな恋愛ドラマを英語字幕で見たくて
英語がうまくなる方法を求めて色々な本を読んでいます。
櫻井俊彰さんの”英語は40歳を過ぎてから”を借りて読みました。
とても共感できる部分が多くて有益な時間でした。

そもそも韓国語や日本語は英語と全く異なる言語なので
習得するにはとても時間がかかります。
それでも、大学受験を始め、会社の昇進や
仕事のためなど様々な理由で英語を身に付けなければなりません。

学生は英単語を必死で覚え、
中年の会社員は英会話教室の戸を叩いたりしています。
英語ができなくて悔しい思いをした親は
小さい子供に英語を無理やり学ばせたりします。
世の流れについていくためにはどうしても
英語という障壁を乗り越えなければなりません。

このように色々な必要性に追られ勉強している英語です。
しかし、英語がいくらか身についたとしても、その結果
自分の母国語が疎かになり、下手したら
自分のアイデンティティさえも失っていく
可能性があることに気づいている人はどれほどいるでしょうか?

この本の中には自分の国の言葉を持ちながら英語もできる国は
悲しい歴史を背負っていると書かれています。
母国語ではない英語やフランスなどを自由に話せる国は
征服者の言語を押し付けられた歴史があるという
英語の歴史の話はとても興味がありました。

台湾や香港の映画やドラマで時々日本語が使われているのを聞くときがあります。
韓国でも未だに生活の中で日本語が使われたりします。
それは日本の植民地支配の痕跡です。

幸いにも日本は他の言語圏の国から植民地支配を受けていません。
そして、外国の文化や思想を受け入れる時にも
深い思索を通して素晴らしい日本語で表現しました。

その日本語で表現した欧米の思想や哲学の用語を
そのまま韓国や中国で取り入れ使っている現実があります。
しかし、今の日本は昔と比べて優れた翻訳者や学者は少ないようで
安易に使うカタカナの氾濫で美しい日本語が死語になっています。
乱れていくのが残念でなりません。

言語は民族アイデンティティの一つの核であり、
自分の国の言葉を失うことは自分のアイデンティティを失うことだと
著者は言います。
好きで自分の慣れ親しんだ母国語を捨てる国はありません。

征服された民族の言語は力づくて変えられた来たと
著者は英語の歴史の話で述べています。
インド人が英語を話せること、香港の人が英語を話せるのは
イギリスの植民地支配の下で強制力されて
民族のアイデンティティの結晶である
自分たちの言葉を捨て、支配者の言語を身につけて行ったのです。

毎年様々なデータを通して英語事情が発表されます。
日本人の英語力が落ちていると問題視している報道が出たりします。
しかし、果たして日本人にどれほど英語が必要でしょうか?

もしかして、英語を売り物にしている英語産業や
英語市場の煽りが多くの日本人を英会話教室や英語へと
急かしているのではないでしょうか?

パソコン入力のせいで母国語である日本語の漢字さえ
おぼつかなくなっている人が増えています。
英語よりまず漢字の勉強を優先する必要があるかもしれません。

しかし、今の世界は英語という地球語の習得を強いられます。
必要に応じ、目的をはっきりさせて正しい学習法で
無駄のない英語の習得ができることを祈ります。

避けることが出来なければ、楽しくやる方法を
模索するのも必要な時代を私達は生きています。

さて、私の英語力はいつになったら電子辞典から開放されるのだろう!!!  

Posted by 青い鳥 at 20:19Comments(0)

2019年10月03日

一粒の小麦


一粒の小麦
知り合いの宣教師がチャットルームにとても感動的な話をシェアーしてくれました。
あまりにも心に残ったものが多くて一人で読んで終わるには惜しく
妹にも母にも伝えました。
韓国語の長い文章をグーグル翻訳機の助けを借りて日本語に訳しました。
ここに紹介します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1921年フラッド宣教師夫婦(David and Svea Flood)が二歳の息子を連れて
故国スウェーデンを離れ、アフリカのコンゴへ宣教に行きました。
そこで彼らは、スカンジナビアから来たエリクソン夫婦に出会い
四人は神の導きを求め、宣教本部を後にしました。

彼らはある先住民の村に到着しました。
しかし、村の村長は土俗神と宣教師の言う神の関係に
問題が生じると思い、宣教師を村に受け入れようとはしませんでした。
彼らは仕方なく、町から離れた山のふもとに泥で小屋を建てました。
そこで神に助けを求める祈りをしましたが、何の答えもありませんでした。

村に入ることができなかった宣教師たちが唯一会うことができたのは、
一週間に二回鶏と卵を売りに来る先住民の少年だけでした。
フラッド夫人は少年をイエスにみちびこうと伝道しました。
そんな中、四人は順番にマラリアにかかってしまいました。
エリクソン夫婦は、耐えることができないで
宣教本部がある場所に戻りました。

フラッド夫婦はずっとその小屋に残りました。
そのうちにフラッド夫人は妊娠して出産する時が来ました。
その頃に村長の心も和み、産婆を送って助けてくれました。
フラッド夫人は娘を産んで「アイナ」と名付けました。
しかし、夫人は出産後17日目に死亡してしまいました。

その瞬間、フラッドの怒りが爆発しました。
奥地に27歳の妻の遺体を埋め二人の子供を連れて山を下り
宣教本部に戻りました。
生まれたばかりの娘をエリクソン夫婦に預け、怒りを爆発させて言いました。
「私は、スウェーデンに戻る。
妻を失い、この子は到底育てることができない。
神は私の人生を台無しにしてしまった」

彼は神のために立ち上がったのですが、妻を失った状況に
怒りをおさめることが出来ず、召命を捨て
同時に神を否定する状況にまで至ったのです。

フラッドが故国に帰ってから8ヶ​​月あまり経ったとき、
エリクソン夫婦もなにかの病気でふたりともこの世を去ってしまいました。
一歳にもなってないアイナはあるアメリカ人宣教師夫妻に預けられ
育てられましたが3歳の時に米国に渡りました。
その後あいなはアメリカで育ちミネアポリスの聖書学校に通い、
そこでデューイ・ハーストという青年に会い結婚しました。
数年後アイナは二人の兄妹を生みました。
夫ハーストはシアトル地域のキリスト教の学校の学長になりました。

ある日、アイナはポストにスウェーデンで発刊された宗教雑誌を発見しました。
雑誌をめくっているうちに一枚の写真が目に入りました。
みすぼらしい小屋の前に墓があり、そこの白い十字架にフラッドという名前が見えました。
アイナは学校に走って行って、スウェーデンの語のわかる教授に
記事を読んでもらいました。

教授は、次のような記事の内容を次のように要約してくれました。
「これはだいぶ前にコンゴの村に来た宣教師の話です。
彼らは、赤ちゃんを生み...しばらくして、母親は死に...
アフリカの少年がイエスを信じ...白人宣教師がすべて去った後、
この少年が成長し、村長を説得して学校を立てて...
彼は学校の子供たちのすべてをキリストに導き...
その子供たちがまた親たちをキリストに導き...
あの村長さえクリスチャンになりました。
現在、その村には600人のクリスチャンがいます。」

もちろん、これは、フラッド宣教師夫婦の犠牲の結果でした。
ハースト夫婦は結婚25周年に学校の支援を受けてスウェーデンを訪問しました。
あいなはうわさをたよって父フラッドを見つけました。
フラッドは再婚して新たに4人の子供をもうけましたが
今は酒で残りの人生を無駄にしていました。
彼はまだ過去の傷が癒やされず神様を離れて生きていました。
彼は家族にも、神を求めることを禁じました。
「神の名前を絶対に呼んではならない。神は私からすべてを奪った。」

あいなは酒の瓶が転がっている安アパートの部屋の
みすぼらしいベッドに横になっている
73歳の年寄りのそばに近づいて声をかけました。
「お父さん?」フラッドは娘の声に振り返って泣き始めました。
「娘よ、私は本当にお前を捨てるつもりはなかったんだ。」
「お父さん、大丈夫」彼女は父を両腕で包み込みました。
「神が今まで、私を見守ってくれました」。

この言葉に、父は真顔で言いました。
「神は、私たちのすべてを忘れている。
神のせいで私たちの生活はこのようになってしまった」
そう言うと彼はまた壁の方を向いてしまいました。

アイナはそのような父に勇気を出して言いました。
「お父さん、聞かせてあげたい話があります。本当の話なのです。
お父さんが、アフリカに行ったのでは無駄ではありませんでした。
ママも無駄に亡くなったのではありません。
ママが主に導かれた少年が成長し、
その町全体を主に導きました。お父さんが神の召しに従ったので、
今では600人のそこの住民が主を信じています。

お父さん、イエスさまはあなたを愛しています。
神はお父さんを一度も嫌いになったことがありません」
その老人は振り向き、涙を流している娘の目をじっとみつめました。
その日の午後フラッドは再び神の懐に戻ってきました。
娘は数日間とどまって米国に戻っていきました。
フラッドは、数週間後にこの世を去りました。

それから数年後、ハースト夫婦は、英国ロンドンで開催される伝道修練会に参加しました。
その際ザイール(コンゴ)のバプテスト教会の11万人を代表して
参加した一人の指導者に会いました。
ハースト夫婦は彼に近づいてフラッド宣教師夫婦を知っているか尋ねました。
自分がその娘だと紹介したら彼は「はい!よく知っています。
私をイエスに導かれた方こそフラッド夫人でした。
私はあなたが生まれる前にあなたの両親に食料品を配達していたその少年でした。
あなたのお母さんの思い出とその墓は村のすべての人々から大事にされています。
ぜひ、アフリカに一度来て、私たちの村を訪問してください "

後日、ハースト夫婦は、直接その場所を訪れ、両親をよく知っている人たちに会いました。
アイナは白い十字架が立っている母の墓の前に立ちました。
彼女は地面にひざまずいて感謝の祈りをささげました。
その土地は、彼女が生まれたところでもありました。

「よくよくあなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、
それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」(ヨハネ12・24)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今までに神様の助けを求めたけれど得られなかった辛い記憶がある人、
自分の人生で出会ったあまりにも理不尽な出来事に神様の存在を疑った人、
伝えても伝えても神様を受け入れない宣教地の現場で絶望している人、
生きる意味を見失い、自ら命を立つことを考える人など
神様から離れて苦しんでいる人々がどうか希望を持ち、
神様に立ちかえることを心から願います。

神は愛です。
今もあなたの涙を見て悲しみ、苦しみを見て心を痛までおられます。
そんな神様がいることを忘れないでください。
神様はあなたと私、私達を罪から、永遠の苦しみと滅びから救うために
自分の命さえも惜しまれなかったことを忘れないで、、、

十字架の上で流された血と涙、苦しみと嘆き、
祈りと愛の犠牲を忘れない私達になりますように、、、
  

Posted by 青い鳥 at 18:48Comments(0)

2019年09月21日

本ー忙しい、できない、間に合わないから受かる超効率勉強法

本ー忙しい、できない、間に合わないから受かる超効率勉強法
図書館で開かれる演奏会に行ったついでに本を借りてきました。
手話入門講座が始まりましたが全然授業についていけず
参考になる手話の本を探すために立ち寄った書架に
勉強法の本が10冊以上並んでいました。

最近は語学の本ばかり借りているのでご無沙汰しているのですが
今まで図書館でよく借りる本の中の一つが語学の勉強法や
時間管理術などの実用書でした。
できれば近道で楽に楽しく勉強できる方法はないか
いつも探しているので様々な勉強法の本を読んでいます。

1冊づづ手に取り表紙と中身をパラパラ巡って見て
6冊を借りて来て一番目に読んだ本が吉田ほなみさんの
”忙しい、できない、間に合わないから受かる超効率勉強法”でした。
198ページの分量を1時間ぐらいで読み上げました。

4人の子供の母であり医師だった著者がどのように時間を見つけ
勉強してハーバード大学に留学し、新しい世界の専門家になるために
歩んだ過程の様々な工夫と努力の賜物が書かれています。

文明が発達して生活環境がますます便利になりました。
昔の人は想像もできない文明の利器に囲まれて私達は暮らしています。
すべてを手と体を利用して賄うしかなかった古代の人々に比べて
現代人はどれほど豊かな時間を得たのでしょうか?
しかし、果たして私達は昔より余裕のある暮らしが出来ているでしょうか?

あいにく、また悲しく現実は人々はもっともっと時間に追われています。
最近、朝の出勤ラッシュに出かけたときがありました。
電車の中の密集した人々の数や電車から流れて何処かへ向かっていく
人々のあまりにも早く表情のない機械的な歩き方に
圧倒され恐怖まで感じました。

生きるために現代人は時間に追われるように忙しい人生を送っています。
その中でも医者で4人の子持の主婦はもっと忙しいでしょう。
この本の著者がが成し遂げた成果はなかなか真似できないものではありません。
しかし、それほど忙しい著者が出来たのだから
それよりはまだ時間の余裕のある一般の人は著者の勉強法を参考にすると
もっと楽に達成できるかもしれません。

時間がないからもっと時間を濃密に使ったり
したいことを最優先にしたり
試験を申し込んで逆計算して一日一日のやる分を達成していったり
スキマ時間を有効に活用したり
基本レベルの問題集を1冊決めて繰り返し勉強したり、、、

どの勉強法の本でも似たような内容が重なります。
問題は一つでも続けて実践できるかです。
多くの人がそれぞれ成功を夢見て色々と計画を立てたりします。
しかし、成功を手に取る人は僅かです。

結局、日々、瞬間瞬間、夢や目標に向かって諦めずに努力した人が
夢を手に入れることができるのです。

今年、聖書検定を受けるつもりで教材を注文して勉強は始めたものの
未だに試験勉強が進んでない私がいます。
常に誘惑に負けて他の遊びに夢中になっているからです。

忙しいからもっと切実に努力できた著者に比べ
まだまだ時間があるから自分に甘くなる私がいます。
いくら勉強法の本を読んでも知識で終わる読書で恥ずかしい限りです。
目標に向かって実践できる私になりたい!!!!!  

Posted by 青い鳥 at 22:16Comments(0)

2019年08月26日

本ー未来予測の超プロが教える本質を見極める勉強法

本ー未来予測の超プロが教える本質を見極める勉強法
パソコン教室で習った日本語入力の練習のためにと
下手な日本語文章を熱心にタイピングしていた時期がありました。
神学校でブログを始めてからはほぼう毎日
多くては2,3回もブログの更新をしていました。
しかし、今はブログの更新がおろそかになっています。

それも一理あってますます日本語が下手になっています。
一人暮らしで普段あまり日本語を話す機会がないので
時々正確な発音ができず舌が回らない時もありもどかしいです。
外国語も筋肉も使わなければどんどん落ちていくのですね。

特にスマホに帰ってからここ数年、
ますます自分の考えを整理する力が衰えていく気がします。
最近、中毒になっていたユーチューブサイトを
クリックしないように自分を戒めています。

Wi-Fiにつながっている時は常にユーチューブを覗いたり
ドラマを見ているので読書の時間も激減しています。
確実にスマホの虜になっています。
一回手にしたら絶対に手放せなくなるスマホ、
その誘惑から自分をどのように守るべきか悩んでいる日々です。

図書館の書架で目に留まり借りてきた本があります。
”未来予測の超プロが教える本質を見極める勉強法”です。
経営コンサルタントで経済アナリストの中原圭介さんの本です。

インターネットで全世界が繋がり交通便の発達で
奇跡のような一日生活圏が広がりつづあります。
そんな時代にグルーバル人材になるためにはどのように
勉強するべきかについて書いている本です。

目まぐるしく変わっていく世界情勢の中で英語だけの実力では
担いきれないのが今の時代の人材の姿です。
幅広い視点を持つことによって物事の本質を見極める力を
身につける必要があると著者は主張します。

そのためにはある特定の分野の知識だけではなく
多種多様なジャンルの知識を学ぶことが求められるといいます。
特に歴史学のもとに心理学と哲学的な思考の必要性を主張しています。
著者はいろいろな知識の融合によって斬新な発想が生まれるので
色々な分野の古典を読むこと、また新聞を読むことを勧めています。

インターネットが広がるにづれ新聞購読を辞める人が増えています。
しかし、インターネットだけの生活は
ますます偏った知識しか得ることができません。

ユーチューブのおすすめ動画を見るたび思うのですが
次から次へと自分の好きな、似たような動画が出ると
思わずクリックしていまいます。
そして、ますます時間が過ぎていきます。

そんな生活ばかりしていると全く知らない世界や物事に
触れる機会を知らぬ間に奪われてしまうのです。
どんどん狭い視野に留まる危険性があります。

この本には著者のすすめの古典や、入門書などが載っています。
残念ながら殆ど読んでいませんでした。
私の読書もだいぶ偏っていたのですね。

目がどんどん悪くなり小文字を読むのが鬱陶しく
痛みのせいで読書が苦痛になっています。
痛みをこらえながら読んだこの本はとても有益な内容でした。

久しぶりに図書館で新聞を広げてみようかと思っています。
これから著者のおすすめの本を計画を立てて
一冊づつでも読んでいきたいですね。

グルーバル人材、世界をまたいて働く? いい響き!!!  

Posted by 青い鳥 at 15:17Comments(0)

2019年07月04日

スマホ中毒への警戒

スマホ中毒への警戒
好きな中国ドラマの歌を聞きながらこの文を書いています。
夢中になってみたドラマの内容が短くは数日、長くて数年で
頭の中から綺麗に消えていくこの頃です。
コメントを書きたいのにドラマの主人公たちの名前が
思い出せないことには驚き、呆れています。
どうか、痴呆だけにはなりませんように!!!!

ブログを始めた頃には毎日のように更新していたのに
最近、すっかり疎かになりつづあります。
大きな原因の一つは多分スマホの使いすぎです。

朝から晩まで暇さえあれば手にしていじっているので頭が全然働く時間がありません。
スマホから見、聞きした情報が次から次へと頭の中を通り過ぎていく感じです。
消化し、噛みしめる時間さえないので消化不良になった情報の片鱗が
頭の中を浮揚しているようです。

あまりにもスマホに時間を費やしていた自分を見て
しばらくメディア断食を試みましたが、そのときだけ効果がありましたが
また元の状態に戻っています。

スマホという現代の麻薬とどのように付き合っていくか、悩みです。
甘い誘惑から断ち切れずどんどん自分を制御できない状態になっています。
確実にスマホの奴隷になっていく自分がいます。

世の中にはいろいろな中毒に悩んでいる人々がいます。
すべての中毒の始まりが多分これに似たようなものでしょう。
軽い気持ちで始めたものにどんどんハマっていき、
いつの間にかそれの奴隷となり自分を制御できない自分に気づきます。

すべての中毒は罪だと言った牧師がいます。
中毒は楽しみ、快楽の追求の果てでしょう。
中毒者は結局快楽の奴隷になることではないでしょうか?

2千年前イエス様は私達を罪の奴隷から救うためにこの世に来られました。
そして、十字架の上で罪の代価を払いました。
しかし、イエス様のその犠牲と愛が虚しく
私達はいま新しい快楽の奴隷になっています。

どうか、そんな我々を憐れますように!!!!
賢く生きる知恵と決断する勇気を与えてください。

  

Posted by 青い鳥 at 23:35Comments(0)

2019年06月16日

映画ーレンタネコ

映画ーレンタネコ
日曜日の夕方、教会でのメッセージも無事に終わり、
ホッとした気持ちで見た映画が1本あります。
日本映画”レンタネコ”です。

家の近くにあった猫カフェがなくなり、今はケーキ屋さんになりました。
引っ越ししてから間もなく猫カフェの前を通るたび
この店は何をしているのだろうと不思議でした。
窓ガラスの向こうには猫が数匹のんびりしているだけでした。
後で、ネコ好きな人がお金を払って猫と過ごす店だと知りました。
本当に、世の中は思いもつかなかった商売が成り立つのですね!!!

”レンタネコ”は寂しい人に猫を貸す女の人の話です。
猫カフェがあるぐらいならもしかしてこんな商売も
成り立つのかもしれません。
しかし、千円で猫を貸す商売って、ただ、寂しい人と
猫を結びつけるための言い訳かもしれません。

映画は心の中の寂しい穴ボコを埋めるために猫を貸す主人公と
彼女から猫を借りた人々の物語で成り立っています。

飼い猫の最後を見届けることができるかどうかで心配で
猫を飼えないおばあさん、長いこと単身赴任して過ごすうちに
家族と疎遠になってしまった中年男性、お客様のあまり来ない
暇な店、レンタネコとレンタカーの職員にまつわる内容など結構面白いです。

映画に出ている出演者の演技もうまくて楽しめます。
特に面白かったのはレンタネコの店とレンタカーの職員を演じる俳優でした。
彼女とのやり取りから監督は一つのメッセージを伝えています。

扱う猫や車は血統やブランドなどによりランクつけされてレンタル料金が違います。
そんなことに疑問をぶつけ、CランクのものをAランクの値段で借りるという
主人公の行動はあまりにも唐突で結構受けます。

世の中は人やもの、すべてにランクを付けています。
そして、人々はそんなランクが当たり前のように生きています。
そんな流れに反撃している主人公の行動が愉快です。

雑種で分類されCランクでしか扱われる猫でも
誰かにすごく愛されればそれこそ大事な存在になります。
人はブランドで判断したり、重みを置くかもしれないけれど
もっと大事なものは愛で結ばれた関係です。

ブランドのドーナツがいくら美味しくてもそこには愛は含まれていません。
思い出の中のおばあちゃんのドーナツだには勝てないことを主人公は語ります。

いつからでしょうか?
犬を抱いて歩いている人や散歩させる人が増えています。
自分で飼っているペットを人間のように扱っている人も増えています。
それは何を意味しているでしょうか?

薄れていく人間関係で寂しい人々が増えていることだと思います。
ますます広がっている心の穴凹をペットから埋めようとしているのかもしれません。
しかし、心の空洞はペットや物などでは絶対に埋めることができません。

ただ、一人イエスさまに出会いその愛で満たされるときだけ
心の穴は埋めることができます。
どうか、イエスさまに出会うことができますように!!!!  

Posted by 青い鳥 at 22:51Comments(0)

2019年06月05日

逆転人生ー鈴木啓之牧師

逆転人生ー鈴木啓之牧師
最近は中国語ドラマに嵌っていてあまり見てないのですが
韓国のドラマは日本を始め、アジア圏で結構人気があるようです。

韓国のドラマに嵌り、仕事で見られない日は
録画してまで見ているという70代の男性を知っています。
韓国のドラマに嵌っていた妻の横で時々見ていて
自分もハマったと言っていました。

”オパ”、”オンマ”、時代劇の中の”ママ”など
ドラマでよく耳にしていた韓国語を自慢げに披露していました。

しかし、中には韓国ドラマに厳しい文句を言っている人もいます。
韓国のドラマはあまりにも似たような素材のオンパレードだと言います。
出生の秘密や不倫、財産や権力のための陰謀や策略などで
大体、創造的でないという人もいます。

視聴率競争でアットホーム的で健全な内容のドラマが
殆ど見当たらなくなりました。
朝から原色的な罵りの喧嘩場面や争いなどが描かれるドラマに
嫌気が差しいつからか私は韓国ドラマを殆ど見ていません。

そんな韓国のドラマでよく描かれるのが
出生の秘密からの身分の上昇、シンデレラ物語です。
財閥の息子や娘に出会い、ある日突然、生活が替わります。
時代劇の中では身分の低い人がある日、王子に出会い
身分が替わるとか時代の権力者の妻になることがあります。

生まれた環境により身分が決まってしまった昔は
いい身分を手に入れるためには結婚以外にはなかったでしょう。
身分の差の壁を超えることが難しかったので
面白いドラマの素材になるのかもしれません。
また、現代の視聴者たちの要望によって
そんなドラマが多く作られるのかもしれません。

テレビを通して出生の秘密などの話をドラマなどでよく耳にしている
青少年の中では密かに自分をそのように思い込んでいる人も
現れているようです。

貧しい家庭で厳しい人生を強いられていた不幸な少年が
ある日、金持ちの息子だと判明されたら
どれほど嬉しいことでしょう!!

ますます、厳しくなっていく世の中、
もしかして、自分はそんな身分かもしれないと夢見る
人々がますます増えていく可能性があります。

久しぶりに見たNHKテレビで逆転人生という番組を見ました。
ヤクザから牧師になった人の話でした。
鈴木啓之さんのお話です。

神学校で出会った教授の中でもヤクザから牧師になった人がいます。
その牧師は薬売人から牧師になりました。
鈴木啓之牧師はヤクザで博打打ちから牧師になりました。

たまたまヤクザ事務所の近くの喫茶店でバイトをしていた
鈴木啓之さんがチンピラに絡まれお金をゆずられることが続きました。
そんな日々から逃れるために普段、喫茶店の常連で親切にしていたヤクザに
頼ったことからヤクザへの人生が始まりました。

博打打ちで3億円の借金を抱え、逃げ惑っていた彼が
死の恐怖から助けを求めて行ったところが教会でした。
番組ではあまり詳しく描かれていませんでしたが
飲み屋で知り合い、結婚した韓国人の妻がクリスチャンで
鈴木啓之牧師のために祈りを捧げたことでしょう。

クリスチャン人口の少ない日本でクリスチャンになっている
日本人の中では韓国人と結婚してクリスチャンになったケースが結構あります。

鈴木啓之さんはヤクザになり最初は羽振りのいい人生を楽しみました。
しかし、そんな日々は長く続かず転落の道に陥り、借金の返済を迫る
ヤクザの追手から逃げ惑い、死の恐怖から夜の道を彷徨いました。
そんな彼がたどり着いたところが教会でしだ。

3日間、すがる思いで彼はお祈りしました。
そして、そこの教会の牧師の励ましを受けて妻に電話をかけました。

愛人を作り、勝手気ままな生活を送り、家庭を顧みなった彼は
電話ボックスの中で2時間を迷いました。
そして、恐る気持ちで電話をかけました。
手話器を持ったまま一言も言えなかった彼に妻は言いました。
”もしもし、あなたですか、いつでも帰ってきて、いつまでも待ってます。”
許してもらえないと思っていた妻からの許しが自分の人生を返ったと
本当の強さを知った瞬間だと彼は告白しています。
それから、彼の逆転人生が始まりました。

ヤクザから牧師へ、劇的な人生を歩んでいる鈴木啓之牧師、
彼の人生を逆転人生だと言います。

しかし、やくざから牧師になっている鈴木啓之牧師だけが
逆転人生ではありません。
イエスさまを信じ、創造主神様を信じているクリスチャンたちは
すべて逆転人生の主人公です。

私達は罪の奴隷、死刑囚、地獄の囚人から神様の子供、天国の市民になりました。
永遠の滅びから地獄から救われました。
それこそ、まさに逆転人生ではないでしょうか。

あんなにも憧れる韓国のドラマの逆転人生を
クリスチャンはイエスさまを信じるその瞬間、
手に入れることができるのです。

人生の逆転を夢見る人々がどうか、イエスさまを信じ
その素晴らしい主人公になるよう心から祈ります。  

Posted by 青い鳥 at 21:10Comments(0)