2018年06月10日

説教ーそれぞれの使命

説教ーそれぞれの使命
先週の土曜日、久しぶりに演劇を見に行きました。
浦島太郎伝説を下敷にし手書き上げた”竜宮小太郎”という作品です。
友人の誘いででかけました。
友人の知り合いが活動しているNPOの結成20週年の記念公演でした。

20年前、自分の子供達に演劇の楽しさを伝えるために結成されたと
NPOの代表は言っていました。
一番最初の公演の時には子どもたちや友人たちで数十人の観客だったそうです。
しかし、20週年を迎えた記念公演には数百人の人々が公演を楽しみました。

プロの人々の力を借りたとしてもアマチュアの人々がここまでできるとは、と驚きました。
公演が終わり舞台の上で挨拶する出演者たちに手が熱くなるほど拍手を送りました。
それぞれ家庭や職場で仕事をしながら練習をしたと聞きました。
小道具まで自分たちの手で作っていると友人は言いました。

一時間以上の公演を無事に仕上げるまでどれほど練習したでしょう?
一人芝居ではないのでそれぞれが自分のセリフや役目をちゃんと果たさなければなりません。
セリフと演技、音楽、踊りの振り付けまですべての要素が一つになり、一つの舞台が完成します。

そこには主人公のように出番もセリフも多い人もありますが、あまり存在感もない役柄もあります。
しかし、それぞれが自分に与えられた役目、使命をちゃんと果たしたとき
素晴らしい作品になるのです。
一人でも詩文の役目を疎かにしたり、役柄から逃げたりしたらその公演は台無しになります。

私達もそれぞれ人生という舞台の主人公です。
そして、各自に与えられた役目があります。
時には辛い選択を迫られることもありましょう。
しかし、自分に任された役目であれば、忠実にこなさなければなりません。

それでは今日の聖書箇所に移ります。
ルカの福音書22章の39節から46節までです。
”それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。
いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われた。
そしてご自分は、弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて、こう祈られた。

「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。
しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」
すると、御使いが天からイエスに現われて、イエスを力づけた。

イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。
イエスは祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに来て見ると、
彼らは悲しみの果てに、眠り込んでしまっていた。
それで、彼らに言われた。「なぜ、眠っているのか。
起きて、誘惑に陥らないように祈っていなさい。」”

ルカの福音書22章の39節はイエス様が弟子たちと最後の晩餐を終えたところから始まります。
この世での弟子たちとともに過ごす最後の食事をしてからイエス様はいつものように
オリーブ山に行かれました。
39節にも、40節にも使われている単語は”いつものように”です。
”いつものようにオリーブ山に行かれ、いつもの場所に着いた”と書かれています。

イエス様はカナの婚宴のときに水をぶどう酒に変える奇跡を行いました。
それから十字架の上で死なれるまで数知れないほどの働きをしました。
病人たちを癒やし、死人を生き返らせ、悪霊を追い出し、飢えた人々のために食べ物を与え、
湖の上を歩き、風や荒波を沈めました。
イエス様に助けを求めるために、イエス様の教えを聞くために、
人々はいつもイエス様の周りを囲みついてきました。

ゆっくり休息を取る時間もない忙しい日々の中で一つだけ
イエス様が欠かさなかったことがあります。それは祈りでした。
聖書の所々ではイエス様が群衆や弟子たちから離れて一人で祈りを捧げたと書いています。
そんな習慣は自分が十字架にかかることを知り、愛する人々と過ごす最後の夜にも
欠かすことはありませんでした。

自分の死を覚悟したときに捧げたイエス様の祈りはどんなものだったでしょう?
それは一緒に行った弟子たちに”誘惑に陥らないように祈っていなさい。”と頼むほど
大変なものでした。
44節には”イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。
汗が血のしずくのように地に落ちた。”と書かれています。

汗が血のしずくのようになることは実際にありうると聞きました。
お母さんが赤ちゃんを生むとき、死ぬほどの痛みと苦しみの中で流す
汗の成分が本当に血液の成分に似ていると聞きました。
出産ということはそんな苦しみを乗り越えてこの世に新しい命を送り出すことです。

しかし、男の人はそのような苦しい体験はなかなかできないと思います。
けれども男であったイエス様は女の人が出産のときに流す血のしずくのような汗を流しました。
そして、それほど大変な祈りは何だったでしょうか?
それは自分が果たさなければならない使命、自分が飲まなければならない
苦い盃から逃れるためのものでした。

イエス様の時代、イスラエルはローマの支配下にありました。
この世の快楽に明け暮れていたローマの人々はいろんな競技を作り楽しみました。
人を殺す格闘技を好んでみていたローマの人々も顔を背け見たがらない刑罰が十字架刑でした。
そして、その十字架にかかり、死ぬことがイエスさまに与えられた使命だったのです。

42節でイエス様は”「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。」と
頼んでいます。
しかし、イエス様は続いてこのように祈っています。
「わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」
イエス様の願いはその盃を飲みたくありませんでした。
しかし、最後には自分の思い出はなく神様んの思い通りになることを望んだのです。

イエス様のあまりにも苦しい祈りに御使いが天から現れてイエスさまを力づけたと
43節には書き記されています。
神の御子でありながらイエス様は人間の体でこの世に生まれました。
そして、イエス様が背負うべき使命はあまりにも苦しいものでした。
その決心をするだけでも御使いの励ましや弟子たちの祈りを頼む程の辛いものでした。

イエス様があんなにも逃れたがった苦い盃、耐えられないほど苦しい十字架の死、
その氏名をイエスさまは拒むことができませんでした。
神様のみ心だったからです。

人生の中で命をかけてまでしなければならない仕事や使命はそんなに多くはないと思います。
しかし、聖書の中にはイエス様のように死を覚悟して使命を果たすために
立ち上がった人々がいます。
モーセとエステルです。

モーセはエジプト人を殺し荒野に逃げて生活していました。
そのモーセに神様はエジプトの戻ってイスラエル人を救うことを命じます。
戻れば殺されるかも知らないエジプトに年老いた体でで向かうことはなかなか従えないことでした。
それでモーセは何度もいろいろな理由をつけてその使命から逃れようとします。


しかし、モーセが神様の命令に従ったところ、イスラエル民族を救い
今もイスラエル人の歴史や生活の中で偉大なる人物として崇められているようです。
モーセと同じく自分の命をかけてイスラエル民族を救った女性がいます。
エステルです。

はマンという人物がペルシャに住んでいたイスラエル人を皆殺しにしようと企んでいたとき
エステルはペルシャの王妃でした。
ユダヤ人だありながら自分のす賞を隠してペルシャの王妃になっていたのです。
イスラエル人の絶滅の機器の前で人々は嘆き、悲しみの果てにいました。
その時、エステル王妃は育ての親から重い仕事を頼まれます。
自分の民族のために王の所に出向いて哀れみを求めるように命じられたのです。

エステルは”誰でも召されないで王のところに行くものは死刑になります。”と
その使命から逃れようとします。
そんなエステルに育ての親であったモルデカイはこのように返事をします。
”「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。
もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、
助けと救いがユダヤ人のために起ころう。
しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。
あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」

それでエステルは結局自分の命を捧げる覚悟を決めます。
”たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。
私は、死ななければならないのでしたら、死にます。”
これがエステルの告白です。

友人と一緒に見に行った公演”竜宮小太郎”にも自分の使命を悟り
従っている主人公の姿があります。
小太郎は人間の子でありながら竜宮で王子のように育てられました。
若者に成長して自分の運命が竜宮の危機を救うために導かれたことに気づきます。
それで竜宮を救うために立ち上がり自分の使命を果たすのです。

イエス様、モーセやエステル、劇の中の小太郎など
自分の民族や愛する人々のために時には死を覚悟して
立ち向かった人々がいます。
時には迷いと逃れたい心でなかなか従えないこともありました。
しかし、彼らは自分の使命から逃げませんでした。

エジプトの奴隷であったイスラエル民族を救いカナンの地に導いたモーセ、
絶滅の危機からイスラエル人を救ったエステルがいます。
罪の中で死んでいく人類を救うために十字架を背負ったイエス様がいます。
それぞれに任された役目や使命は違ったけれど彼らはその使命を果たしました。
そして、私達にはどんな使命が与えられているのでしょうか?

肌色、言葉や文化などみんな違う人々がこの地球には住んでいます。
しかし、すべての人類に与えられている使命はただ一つだけ
イエス様を知り信じることです。

私達は罪の中で死ぬべき運命でした。
そんな私達を救うためにイエス様は苦しい盃、十字架の死にも服従したのです。
そのイエス様の愛に応えることが私達に与えられた使命です。
そして、イエス様を知り救われた人々はまだイエスさまを知らず罪の中で
死んでいく人々に十字架の愛を伝える使命があります。

時には罵られたり、迫害されたり、苦しみにあったり、食べるものがなく飢えることや
牢屋に閉じ込められることもあるでしょう。
ある人は命を奪われるかもしれません。
実際に今も地球の何処かではイエスさまを信じることで殺されたり
イエスさまを伝えたことで殺される人々がいます。

時には逃げたくなることもあるでしょう。
時には他の人に委ねたくなることもあるでしょう。
しかし、自分に与えられた使命、自分が果たさなければならない使命に
命を捧げる人々もいるのです。

あなたはイエスさまを信じていますか?
それならそのイエスさまを人々に伝えてください。
十字架で流されたイエスさまの血の意味をない人々に伝える使命があります。

あなたはまだイエスさまを知らないですか?
それではイエスさまを信じてください。
あなたを救うためいにイエス様は十字架の上で死なれました。
それはあなたの罪の故です。
あなたが絶対に払うことのできない罪の代価をイエス様は自分の命で払ったのです。
どうか、そのイエス様の愛を受け取ってください。


  

Posted by 青い鳥 at 20:35Comments(0)説教

2018年04月17日

説教ーイエスの弟子

説教ーイエスの弟子
去年の暮に図書館で1冊の本を借りました。
”モリー先生との火曜日”です。
203ページの本を読みながら何度も涙しました。
モリー先生とはアメリカのブランダイス大学の社会学教授だったモリー・シュワルツのことです。
この本を書いた人はミッチ・アルボムで、昔モリー・シュワルツ教授の教え子でした。
彼が大学を卒業してから16年ぶりにモリー・シュワルツ先生に再会します。
モリー先生は難病ALSにかかっていました。
この事をテレビで知り16年ぶりにモリー・シュワルツ先生に会いに行きます。
それから、毎週火曜日、モリー・シュワルツの自宅を訪ねました。
それは、だった一人だけの学生のために開かれた”最後の授業”でした。

その授業はモリー・シュワルツが死ぬまで14回に至りました。
人生について、死やまた様々なことについてモリー・シュワルツは語りました。
それを弟子である著者が本として出版したのが”モリー先生との火曜日”です。

一人、二人と私の周りの人がこの世を去っています。
そして、私も死について真剣に考えるようになっています。
死は私達が必ず迎える問題です。
死で人生は終わります。 しかし、モリー先生は本の中でこう言っています。
”死で人生は終わる、しかし、つながりは終わらない。
人間はお互いに愛し合える限りまたその愛し合った気持ちを覚えている限り
死んでも本当に行ってしまうことはない。
作り出した愛はすべてそのまま残っている。
思い出はすべてそのまま残っている。
死んでも生き続けるんだ。
この世にいる間に触れた人、育てたすべての心の中に。”

それでは、今日の聖書箇所に移ります。
ヨハネの福音書の13章の34,35節です。
”あなたがたに新しい戒を与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。
わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたが
わたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。”

ヨハネの福音書はイエス様の働きを記録した4つの福音書の中の一つです。
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネはそれぞれ違う目線でイエスさまを書いています。
ユダヤ人を対象にしたマタイの福音書、人の子であるイエスを描いたルカの福音書、
そして、神の子であるキリストを強調したヨハネの福音書です。

ヨハネは”イエスが愛された弟子”として表現するほどイエス様と親しい弟子でした。
ガリラヤのかなり裕福な漁師の家の息子でもあります。
イエス様の12弟子の中で唯一自分の寿命を全うした人でもあります。
ヨハネはイエス様から”雷の子”と呼ばれるほど気性の激しい人物でした。
しかし、彼は後に”愛の使徒”として呼ばれるようになります。

ヨハネの福音書13章にはイエス様が十字架に掛かる前に示された愛の模範を伝えています。
それではヨハネの福音書13章の1節から17節を読みます。
さて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。
”夕食の間のことであった。悪魔はすでにシモンの子イスカリオテ・ユダの心に、
イエスを売ろうとする思いを入れていたが、イエスは、父が万物を自分の手に渡されたことと、
ご自分が父から来て父に行くことを知られ、
夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。
それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられる手ぬぐいで、
ふき始められた。

こうして、イエスはシモン・ペテロのところに来られた。ペテロはイエスに言った。
「主よ。あなたが、私の足を洗ってくださるのですか。
イエスは答えて言われた。「わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが
、あとでわかるようになります。

ペテロはイエスに言った。「決して私の足をお洗いにならないでください。
イエスは答えられた。「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしと何の関係もありません。
シモン・ペテロは言った。「主よ。私の足だけでなく、手も頭も洗ってください。
イエスは彼に言われた。「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。
全身きよいのです。あなたがたはきよいのですが、みながそうではありません。
イエスはご自分を裏切る者を知っておられた。それで、「みながきよいのではない。
と言われたのである。

イエスは、彼らの足を洗い終わり、上着を着けて、再び席に着いて、彼らに言われた。
「わたしがあなたがたに何をしたか、わかりますか。
あなたがたはわたしを先生とも主とも呼んでいます。あなたがたがそう言うのはよい。
わたしはそのような者だからです。
それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、
あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。
わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、
わたしはあなたがたに模範を示したのです。

まことに、まことに、あなたがたに告げます。しもべはその主人にまさらず、
遣わされた者は遣わした者にまさるものではありません。
あなたがたがこれらのことを知っているのなら、それを行なうときに、
あなたがたは祝福されるのです。”

この世を去って父の身元に行くべき時が来たことをイエス様は知りました。
それは、十字架の死を意味します。
そしてイエス様は自分が愛した弟子たちにその愛を残ることろなく示されたと
聖書は記録しています。

イエス様と弟子たちとの最後の夕食が終わってからでした。
イエス様は夕食の席から立ち上がりました。上着を脱ぎ、手ぬぐいを撮って腰にまといました。
そして、たらいに水を入れ、一人ずつ弟子たちの足を洗いました。
それから、腰にまとっていた手ぬぐいで拭きました。
シモン・ペテロは自分の足を洗おうとするイエス様にあまりにも申し訳ないので
断ろうとします。

イエス様が弟子たちの足を洗ったことをまねして時々キリスト教の集会や
クリスチャン家庭でもこの儀式を行うことがあります。
その時、いつも人々はこみ上げる涙と感動を覚えると聞きます。

イエス様の時代、お客様や主人の足を洗うのは奴隷の仕事だと聞いています。
しかし、イエス様は先生だったのに弟子たちの足を洗ってのです。
人の足を洗うとき私達はどのような姿勢を取るのでしょうか?
必ず身を低くしなければなりません。
また、足は常に汚れているとことです。
その足を洗うことは謙遜な気持ちと心がなければできないことです。
そんな事をイエス様は自ら行いました。
そして、”主であり師である私があなた方の足を洗ったのですから
あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。”と弟子たちに言いました。

イエス様が初めての奇跡を行ったのはガリラヤのガナでした。
結婚式がありイエス様と弟子たちやイエス様の母であるマリヤも参加しました。
結婚式に来た人々に出すぶどう酒がなくなったとき、イエス様は水をぶどうに変えたのです。

砂ホコリが多くて暑いイスラエルでは足はいつもホコリで汚れます。
そして、各家庭ではその足を洗うために水瓶がありました。
お客様が来たらその足を洗うのは奴隷の仕事でした。
ガナでの結婚式にぶどう酒がになった水こそその清めのしきたりに使うための水だったのです。

汚くなった足をきれいに洗うために私達はその相手の汚れを触らなければなりません。
そして、その汚れがなくなるまで丁寧に洗わなければなりません。
濡れた足をタオルで拭いてきれいになるまでへりくだった姿勢のままいなければなりません。
そのようなことをイエス様は自らしました。誰かに頼まれても命令されてもいません。
イエス様はただ、自分が愛した人々に自分の愛を示し、
弟子たちもそのように生きるためにしたのです。

イエス様が選び、ともに神様の働きをし、使徒として任命したのが12人の弟子でした。
その12人の弟子の足を一人ずつ洗いました。
その中には自分を裏切った弟子、イスカリオテのユダもいました。
残り11人の弟子さえもイエス様が人々に囚われていったときすべて逃げたのでした。
しかし、イエス様がそんな弟子たちの弱さや裏切りをただ、愛を持って仕えました。

”愛の章”と呼ばれる第一コリント13章には愛についてこのように語っています。
”愛は 寬容であり, 愛は 親切です. また 人をねたみません. 愛は 自慢せず, 高慢になりません.
礼儀に 反することをせず, 自分の 利益を 求めず, 怒らず, 人のした 惡を 思わず,
不正を 喜ばずに 眞理を 喜びます.
すべてをがまんし, すべてを 信じ, すべてを 期待し, すべてを 耐え 忍びます.”

相手の足を洗うことは人の咎や弱さなど受け入れることのできない様々な事を許すことです。
それが愛することでありイエスの弟子と呼ばれることです。互いの間に愛があるとき、
それによってすべての人がイエスの弟子として認めるようになるとイエス様は言っています。
また、愛することを新しい戒めとして私達に与えているのです。

でも私達は今それを実践しているでしょうか?
家族さえもなかなか愛せずにいるのです。
傷つけた言葉をいつまでも覚えて許そうとしないのです。
相手の過ちや弱さを受け入れようとしません。
ときには深まった溝で二度ともとの関係に戻れなくなった人々もいます。

しかし、イエス様はこの世を去るその瞬間まで人々を愛し続けました。
”十字架だ、十字架につけろ”と自分を死に追いやった人々にさえもイエス様は愛しました。
十字架につけられ死にゆく時にもイエス様はこう祈っています。
”父よ、彼らをお許しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。”

自分を迫害し苦しめた人々を恨むより彼らの咎や過ちを許すように神様に祈っているのです。
これこそ、愛の完成ではないでしょうか?
命を捨ててまで積み荷とである私達を愛したイエス様の十字架n死こそ
永遠の命を与えるための犠牲であり究極的な愛だったのです。

最後の”モリー先生との火曜日”に載っていた一つのエピソードをご紹介します。
弟子であったミッチ・アルボムはモリー先生が死ぬまで毎週火曜日
モリー先生の自宅を訪問しました。
そして、人生について、行き方について様々な話を聞きました。
そんなある日、ミッチ・アルボムは部屋の橋のある高い棚の上に飾ってあった
胸像について聞きました。
40代のモリーの姿を刻んだブロンズ像でした。
それは、モリー先生の友達だったノーマンという人が作ったものでした。
30年前に友達ノーマンが自分の家にモリー先生をまねいて何週間もかけて
その胸像を作ってくれたのです。
しかし、あることを栄に二人の友情は終わりました。

モリーの妻が大変な手術を受けるようになったとき、友達だったノーマンは
電話一本くれず見舞いにも来ませんでした。
それから、2,3回ノーマンと顔を合わせる機会がありました。
ノーマンはその度仲直りしようとしましたがモリー先生は許しませんでした。
その弁解に満足できなかったのです。
許すにはあまりにもプライドが高かったのです。

モリー先生は難病にかかる数年前に友達だったノーマンは癌になりました。
しかし、モーリは最後までノーマンのことが許されず見舞いにも行かず
仲直りすることなくノーマンはなくなりました。

モリーはそのことがどれほど辛く後悔しているかと涙を流しながら
ミッチ・アルボムにこう言ったのです。
”死ぬ前に人を許せ、自分を許せ、やらなかった全てについて、
やるべきなのにやらなかったことすべてについて自分もゆるせ”

過ぎたことをいつまでくよくよ悔やんでも始まりません。
仲直りすること、自分とそれから周囲の全てと仲直りしなければなりません。
人は生きている間に色々な過ちを犯します。
自分が犯した過ちも他人から受けた過ちも許さなければなりません。
人生はあまりにも短かく、いつまでも時間は待ってはくれません。

約2千年前にイスラエルの小さい町で生まれ育ったイエスさまは33年の短い人生を生きました。
イエス様の人生は十字架の死で終わりました。
しかし、今もその愛は人類に繋がれています。
罪人である私達を救うために流した血は今も私達にその愛を伝えています。

そして、罪赦されたイエス様の弟子として私達はその愛を実行して生きるものになりましょう。
イエス様が弟子たちの汚れた足を洗い、仕えたようにお互いの弱さを許すものになりましょう。
そして、私達の愛によって人々からイエスの弟子であると認められる存在になりましょう。

愛することができる今、許すことができる今、お互いを愛し、許しましょう。
自分を許し、他人を許しましょう。
お互い愛することでイエス様の弟子になりましょう。




  

Posted by 青い鳥 at 13:28Comments(0)説教

2018年01月27日

説教ー神の愛、許す愛

説教ー神の愛、許す愛
こんばんは。金曜祈祷会に来られたみなさんを心から歓迎します。
私は数年前に神学校を卒業しました。
入学したときは聖書について全く知りませんでした。
毎日、授業のたび聖書箇所を探すのが大変でした。
神学校では聖書箇所をみんな声を揃えて読むようにしていたからです。

他の同級生や先輩たちがあまりにも素早く聖書箇所を見つけるので
何かいい方法はないか悩みました。
それで文房具屋に行って色とりどりの付箋を買ってきました。
創世記からヨハネの黙示録まで66巻のタイトルを付箋に書いて貼りました。
重ならないように貼るのも一仕事でした。

今は聖書箇所を見つけるのも少しはましになりました。
しかし、引用したいところがなかなか見つからなくて
もどかしい思いをしています。
卒業してからは説教を語る機会もなくなったので
久しぶりに皆さんの前で説教をするので緊張しています。

それでは今日の聖書箇所に移ります。
ルカの福音書6章20節から38節までをお読みします。
20 イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。
「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものだから。
21 いま飢えている者は幸いです。やがてあなたがたは満ち足りるから。
いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うから。
22 人の子のため、人々があなたがたを憎むとき、あなたがたを除名し、
辱め、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、あなたがたは幸いです。
23 その日には喜びなさい、おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。彼らの父祖たちも、預言者たちに同じことをしたのです。
24 しかし、あなたがた富む者は哀れです。慰めをすでに受けているから。
25 いま食べ飽きているあなたがたは哀れです。やがて飢えるようになるから。
いま笑うあなたがたは哀れです。やがて悲しみ泣くようになるから。
26 みなの人がほめるとき、あなたがたは哀れです。彼らの父祖たちも、
にせ預言者たちに同じことをしたのです。
27 しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。
あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。
28 あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。
29 あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい。
上着を奪い取る者には、下着も拒んではいけません。
30 すべて求める者には与えなさい。奪い取る者からは取り戻してはいけません。
31 自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。
32 自分を愛する者を愛したからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、自分を愛する者を愛しています。
33 自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、
あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、
同じことをしています。
34 返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。貸した分を取り返すつもりなら、罪人たちでさえ、罪人たちに貸しています。
35 ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。
36 あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。
37 さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。
38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」

ルカの福音書6章には安息日に起きた2つの事件と12弟子の任命
そして、山上の垂訓という話が書かれています。
イエス様が語った幸いな人と哀れな人はこの世の基準とは全く正反対です。
この世に生きている私達は富んでいる人、食べ飽きている人、今笑っている人、
皆の人から褒められる人を幸いだと思います。
しかし、イエス様は今貧しくても今飢えていても今泣いていても人の子
つまりイエス様のために人々から憎まれ、除名され、辱められ名前が
悪しざまにけなされてもそれこそ幸いであると語りました。
そして、そんな試練を乗り越えて勝利したものへの報いについて語っています。

るかの福音書6章23節にはこう書かれています。
”その日には喜びなさい、
躍り上がって喜びなさい、
天ではあなた方の報いは大きいから。
彼らの父祖たちも預言者たちに同じことをしたのです。”

イエス様の弟子として生きることは容易いことではありません。
そこには様々な迫害や苦難もあります。
ときには命の危険さえもあります。
実際、イエス様の12弟子のうち10人が殉教しました。
また初代教会から今までイエスを信じたことで
どれほど大勢の人々が命を失ったでしょうか。

時には愛される家族や兄弟などの死の前でその悲劇をもたらした人への憎しみで
我を忘れてしまった人がいるのかもしれません。
そんな弱い私達をよく知っていたイエス様は12節にも渡る内容で
”あなたの敵を愛しなさい”と語りました。

しかし、天国でどれほど素晴らしい報いが私達を待っているとしても
イエス様を信じることで私達がこの世で被る様々な艱難や迫害の時
愛を持って生きるのは簡単ではありません。

もし、あなたに一人息子がいたとしましょう。
ある日、大事に育てたその独り子がいなくなりました。
数日後、その子は無残な姿で現れました。
お金欲しさに誘拐され殺されたのです。
あなたはその犯人をたやすく許せますか?
正直言って私がもしそのお母さんだったら許す自信がありません。

しかし、毎週捧げる礼拝の中で唱える主の祈りには
心を刺すような内容があります。
”我らに罪を犯す者を我らが許す如く我らの罪おも許し給え。”

主の祈りはイエス様が生きている時弟子たちに直接教えた祈りです。
どのように祈るべきかとイエス様に聞いた弟子たちに語られた内容です。
そこには神様を褒め称え、神様の国がこの地に訪れることを願い
日々の生活を守ってくれることを祈っています。

しかし、その内容に一つだけ条件付きの祈りが入っています。
我らの罪を許し給えとイエス様は言いませんでした。
我らに罪を犯す者を我らが許すごとくという
とても担いきれない文句を付け加えているのです。

許すことには軽いものからとてつもないほど重いものまであります。
”ゴメンね。”と謝って、”もういいよ。”と笑顔で済ますものもあれば
最後まで相手を許すことができず自分を破滅に追い込むほど
相手を許すことができないことさえあるのです。

マタイの福音書18章にはペテロがこの罪の許しについてイエス様に聞いています。
”主よ、兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで許すべきでしょうか、
七度まででしょうか”
そして、イエス様はこのように答えています。
”七度までなどとは私は言いません。七度を七十倍するまで”といいます。

それからイエス様は一つの例え話を言いました。
一万タラントの借りのあるしもべと百デナリの借りのあるしもべの話です。
返すことのできない莫大な借りを王様から許してもらったしもべが
自分が貸した少しの借りの仲間にたいして哀れみを施しませんでした。
そして、私達はまさに一万タラントの借りのあるしもべのように
払いきれない罪から神様の許しを得ています。
担いきれない罪の代価をイエス様の十字架の贖いで許されたのです。
そんな私達が同じ人間である人々のちっぽけな罪を許さないなら
神様はこのように怒るでしょう。
”私がお前を哀れんでやったようにお前も仲間を哀れんでやるべきではないか”

それではコリーテンブムの話で終わります。
ヒットラーの時代ガス室で600万人のユダヤ人が殺されたと聞いています。
その時、不思議なことにコリーテンブムは生き残りました。
彼女はユダヤ人で時計屋を経営していた父の四人の子供の一人で末っ子でした。
ユダヤ人への迫害がひどかった時、彼女の父親は子供部屋の裏にある
秘密の部屋にユダヤ人たちを隠しました。
クローゼットの小さい戸の裏に7人から8人ぐらいの人が
立ったままなら入れる空間がありました。
しかし、誰かの密告により彼女と彼女のお姉さんのベップ、
そして、84歳のお父さんは収容所に送られました。
年寄りのお父さんは間もなく死に、彼女のお姉さんも病にかかり
収容所で亡くなりました。

お姉さんの死から1週間後に彼女は解放されました。
しかし、彼女が解放された1週間の間に彼女と同じ年の女性たち
すべてがガス室で殺されたのです。
数年後彼女が再びその収容所を訪れたこと知ったことは
彼女は小さいな書類上のミスによって死を免れたのでした。

彼女はお父さんとお姉さんを殺し、死ぬほど自分を苦しめたドイツ人たちを
なかなか許せませんでした。
しかし、ある日、祈りの中で神様の声を聞きました。
罪責感で苦しめられているドイツ人に神様の許しを伝えるように言われたのです。
なかなか従えない気持ちで彼女はドイヅ全国を回りながら
神様の許しの愛を伝えました。
そして、多くのドイツ人たちが神様の愛によって生きる力を得ました。
彼女が行く講演会場にはいつも人々が彼女に握手を求めました。
ある日、講演が終わり握手を求めている人々をいたわりながら
歩いていた彼女の体はこわばりました。

人々の行列の中に彼女を死ぬほど苦しめた拷問官が握手を求めていたのです。
彼女は心のなかで”絶対あの人を許しません。”と思っていました。
しかし、”私はあなたのために死にました。
私があの人を許したのであなたも許しなさい。”と神様が言ったのです。
彼女は恐る恐る手を差し出しました。
その時、彼女の心に驚くほどの平安と喜びが湧き上がったのです。
自分自身どうしても許せなった憎むべきドイツ人の拷問官を
許すようにさせたのは神の愛でした。

彼女の心を平安に満たした神の愛についてご存じですか?
日本では毎年12月近くになると商店街やデパートの前に
華やかなツリーが飾られ楽しいクリスマスキャロルが流れます。
そして、クリスマスにはみんなケーキを買って食べたりプレゼントしたり
家族や恋人たちが楽しい時間を過ごします。

そのクリスマスこそ罪人である私達人間を救うために来られた
神様、イエス・キリストの誕生を祝う日なのです。
人々は生まれてから死ぬまで色々な罪を犯します。
法律で定められた罪だけではなく心で思って犯すあらゆる悪い思いさえも
神様の前では罪です。
神様の前で人間は一人として正しい人はいないのです。
すべての人は罪人です。そして、罪人である人間は
神様との交わりを持つことができません。
神様は聖い方だからです。

罪を犯した人は相手に許しを求める時、
そしてそれに対して相手が許した時和解が成立します。
罪人である人間と全く罪のない聖なる神様の関係を
回復させるために来られた方がイエス様です。
そして、私達の罪の代価をイエス様が担ってくださったのです。
そこに神様の愛があるのです。
そこに私達への許しがあるのです。

私たちに歯向かう敵を愛することは難しいです。
私達を憎む人に善を行うのはもっと難しいです。
私達を呪う人を祝福するのはいかがなものですか?
私達を侮辱する人のために祈れますか?
私達の片方のほうを打つ人に他のほうをも向けられますか?
ルカの福音書6章にはこれ以上にももっとたくさんの
イエス様の命令が書かれています。

自分の愛するお父さんとお姉さんを殺し、自分にも死ぬほどの苦しみを
与えたドイツ人を許せますか?
しかし、コリーテンブムは神様の声を聞き、従いました。
そして、彼女が許しを決めた瞬間、自分もその憎しみという感情から
解放されたのです。
それで神の愛、神の平安を得ることができたのです。

イエス様は私たちに平安を与えるためにこの世に来られました。
どうか、そのイエス様を心に受け入れ神様と和解できる私達でありますように。
  

Posted by 青い鳥 at 15:22Comments(0)説教

2014年02月22日

説教―艱難から栄光へ

説教―艱難から栄光へ
神学校の入学から卒業するまで私は沢山の人々に出会いました。
その中には視覚障害者も一人います。
病気のせいで20代の時に失明した人です。
徐々に視力を失っていく中で彼女はどんな思いで過ごしたでしょうか。

完全に自分の世界が暗闇に変わったときに彼女は看病に来ていた母親に
病院の屋上に連れて行ってくださいと頼んだといいます。
しかし、娘の気持ちを知っていた母親は聞いてくれませんでした。

今彼女は目の見える私よりもっと元気に歩き回る生活をしています。
生き残るために身に着けたたくましさで人生を切り抜いています。
大きな艱難を乗り越えてまた違う人生を歩んでいます。

それでは今日の聖書箇所に移ります。
創世記50章15節から22節を共に読みましょう。
ヨセフの兄弟たちが彼らの父が死んだのを見たとき
彼らはヨセフはわれわれを恨んでわれわれが彼に犯した
すべての悪の仕返しをするかもしれないと言った。

そこで彼らはことづけしてヨセフに言った。
あなたの父は死ぬ前に命じて言われました。
「ヨセフにこう言いなさい。
あなたの兄弟たちは実にあなたに悪いことをしたが
どうか、あなたの兄弟たちのそむきと彼らの罪を許したやりなさい。」と

今、どうか、あなたの父の神のしもべたちのそむきを赦してください。
ヨセフは彼らの言葉を聞いて泣いた。

彼の兄弟たちも来て、彼の前にひれ伏して言った。「私たちはあなたの奴隷です。」
ヨセフは彼らに言った。
「恐れることはありません。どうして私が神の代わりでしょうか。
あなたがたは私に悪を計りましたが、神はそれをよい事のための計らいと
なさいました。それは今日のようにして、多くの人々を生かしておくためでした。

ですから、もう恐れることはありません。私はあなたがたや
あなた方の子供たちを養いましょう。」
こうして彼は彼らを慰め、やさしく語りかけた。
ヨセフとその父の家族とはエジプトに住み、ヨセフは百十歳まで生きた。】

神学校の時、聖書の人物の中で誰が好きですかと聞かれたことがあります。
頭の中で聖書の話を思い巡らしながら答えたのがヨセフとダニエルでした。
男前が好きだと前から言っていたのでその姉妹から
やはり男前を選んでいるとからかわれました。

ただ男前だけの理由ではなく若いときのヨセフの人柄が何となく
私に似ているからです。
12人の兄弟の中でも特別に父親からひいきされた事や
兄たちの悪いところを父親に告げる馬鹿正直さや空気の読めない行動が
私に似ているからです。

創世記37章2節にはその様子がこのように書かれています。
これはヤコブの歴史である。
ヨセフは十七歳のとき、彼の兄たちと羊の群れを飼っていた。
彼はまだ手伝いで父の妻ビルハの子らやジルパのこらと一緒にいた。
ヨセフは彼らの悪いうわさを父に告げた。

また4,5節にもヨセフの行動が書かれています。
彼の兄たちは父が兄弟たちの誰よりも彼を愛しているのを見て
彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。
あるとき、ヨセフは夢を見てそれを兄たちに告げた。
すると彼らはますます彼を憎むようになった。」

ヨセフはヤコブの年寄り子でした。
また4人の妻の中で一番愛していたラケルの息子でした。
なかなか子供のできなかったラケルからはじめて生まれた息子である
ヨセフをヤコブはとてもひいきしました。
ヤコブはヨセフに袖つきの長服を着せたと聖書には書かれています。

4人の妻とそれぞれの母親の違う12人の兄弟、
そして目に見えるひいきは兄弟たちの仲を穏やかにはさせませんでした。
そしてその結果が兄弟を殺したいほどの憎しみに変わっていったのです。

父親に愛されすばらしい未来を予告されていた夢見る少年ヨセフは
一瞬にして転落の道を歩むようになります。
エジプトで奴隷としての生活が始まり濡れ衣を着せられ
囚人の身分まで落ちてしまうのです。

その艱難と苦しみの時間をヨセフはどのように生きたでしょうか。
ヨセフは耐えられないほどの年月の中で真実な神様に頼ることを学んでいきます。
奴隷として売られたエジプト人の家で神はヨセフのゆえにその主人の家を祝福します。
創世記39章5節にはこのように書かれています。
「主人が彼に、その家と全財産とを管理させたときから主はヨセフのゆえに
このエジプト人の家を祝福された。
そして、主の祝福が家や野にある全財産の上にあった。」

父親から愛され平安なときよりヨセフはもっと神様に近づいていったのです。
美男子であったヨセフに目をつけた主人の妻とのエピソードを通して
私たちはヨセフの信仰を知ることができます。

ヨセフに毎日言い寄る主人の妻に対して彼は聞き入れず彼女の傍に寝ることも
彼女と一緒にいる事もしなかったのです。
そしてヨセフは主人の妻にこのように告げます。
「ご主人はこの家の中では私より大きな権威を振るおうとはせず
あなた以外には何も私に差し止めてはおられません。
あなたがご主人の奥様だからです。
どうして、そのような悪事をして、私は神に罪を犯すことができましょうか。」
この告白のようにヨセフは艱難を通して神様への信仰を深めて行ったのです。

奴隷と囚人の生活が終わり定めの時期が来たので
ヨセフはエジプトで王の次の座に着くようになります。
それから、飢饉のために食糧を求めてエジプトに来た兄弟たちと再会し
ヤコブの家族全員をエジプトに呼び寄せます。
死んでいたと思っていたヨセフに会えたヤコブの喜びは
計り知れないほどのものだったでしょう。

しかし、そのヤコブが亡くなったとき一番心に恐怖を抱いた人々は
ヨセフを殺そうとして奴隷として売り払った兄たちでした。
彼らは死んだ父のことまで言い出して命を乞います。
そんな兄たちの言葉を聞いたヨセフは泣いたと聖書は書いています。

ヨセフは兄たちの悪を神に代わって裁こうとはしませんでした。
多くの人々を生かしておくための神の計らいだと告白します。
悪を計ってした行動まで神はよいことのための計らいとされたと
神様を賛美しています。

私たちは生きている中でいろいろな艱難や苦難に会います。
出口の見えないトンネルを歩くような時もあります。
時には自分のおろかさのゆえに、また時には親しかった人々の悪い計らいに
陥るときもあります。

そんな時人々は二つの道を選びます。
一つは自分のおろかさや人生を呪いいつまでもその場所に留まっている人です。
もう一つは人生の艱難や苦難の中で神様に出会い神様を信頼して生きる人です。

まさにヨセフは自分に降りかかった災難や苦しみの中で
整えた人格者に変わり神様にもっと近づく人生を歩みました。
苦しい事や悪いことの上にも一番よい方向に導いてくださる神様に出会ったのです。

この地上に生まれ生きている多くの人々がいます。
顔形や体格、性格や生活環境も違います。
そんな人々はまたそれぞれ違う形でイエス様に出会います。
ある人は雄大な自然の中で神様に出会ったかもしれません。
友達に誘われ訪れた教会学校で素直に神様を信じた人がいるかもしれません。
しかし、罪びとの子孫である私たちは残念ながら
なかなかそのように簡単に神様を信じることが出来ません。

癌になって神様に信じるようになった、離婚や親しい人の裏切りから事業失敗して
イエス様に出会ったと証をする人々がいます。
私たちは平安な時にはそれほど神様を必要としないからです。

絶望の中で自殺を試みたり誰かを殺したいほど憎む環境の中で
人々は神様に目を向けるのです。
心の奥底から神様に助けを求めます。
そして、その艱難や苦しみから神様に出会った瞬間、私たちはどんな災いや
悪巧みさえもよい方向に導いてくださる神様の偉大な計画を悟るのです。

あなたは今、イエス様を信じていますか。
この世、目に見える宇宙を造った神様のことを知っていますか。
罪のゆえに私たちはその神様に近づくことが出来ません。

しかし、約2千年前にイスラエルに人間の姿で生まれたイエス様が十字架の死により
私たちの罪の代価を払ってくださいました。
イエス様により私たちは神様の前に出られるようになりました。
そのことを信じ告白し心にイエス様を受け入れた時から
私達は罪の奴隷の身分から神の子供に変わります。
しかし、人々はそのことをなかなか信じようとしません。

苦しい艱難や不治の病など自分自身の力ではどうにもならなくなった時
人々は縋りたい思いで神様の名を呼びます。
どうか、平安のうちに神様に出会えるように祈ります。

それでは正面衝突というあまりにも悲惨な交通事故を通して
神様に出会った一人の韓国人の話で終わります。
今はアメリカで牧師をしていますが彼の親は真実な仏教徒でした。
小さい時からそんな環境で育ったので誰もが一度や二度は行く
クリスマスの時にも教会には一度も行ったことがありませんでした。

結婚のために見合いをする時でも一番最初聞いた質問は
教会に行っていますかの事でした。
そして、彼は教会に行ってない女性を選んで結婚しました。

二人の子供が生まれ平凡な生活を送っていた時です。
ある日、彼は自分の妻が教会に通い始めたことを知りました。
見つけたその日、彼は自分の妻を家に連れて行き
結婚して初めての大げんかをしました。
教会には絶対に行くなと厳しく妻に警告しました。

それからしばらくの時間が過ぎた時です。
幼稚園に行っている娘が朝食の食卓でこのように祈り始めました。
イエス様、お父さんが教会に行くようにしてください。
もみじのような手を合わせて毎日祈る娘の姿が心にしみました。

彼は結婚したらやさしい夫、優しい父親になると決めていました。
5歳の娘の願いに答えられる優しいお父さんになりたかったのです。
生まれて初めて出席した教会では色々と物珍しいことが沢山ありました。
しかし、ただ形式的に参加する教会の礼拝は一つの日課に過ぎませんでした。

ある日曜日、彼は家族を乗せた車を教会ではなく高速道路に入る
インターチェンジの方向に走らせました。
家族旅行のためにコンドミニアムを予約していたからです。
前の晩、自分の妻に旅行の話をしたところ珍しく
妻は条件付きで承諾してくれたのです。
それは一番早く始まる礼拝に出てから出発しましょうのことです。

妻にはあっさりとそのようにすると約束したものの
彼にはその約束を守る気持ちは全くありませんでした。
日曜日の朝、旅行のための準備が整え4人家族は車で出発しました。
しかし、教会とインターチェンジの2つの方向に別れる道で
彼は高速道路に向かう方に車を走らせていたのです。

教会から遠くなっていく車の中で彼の妻は方向を変えるようにずっと頼みました。
すでに高速道路を走っている車の中で彼はあまりにもしつこく
教会に行こうという妻にこう言ったのです。
”あまりにも宗教にハマりすぎてもダメだ。
イエスが私達を養ってもくれるのか。
神が生きているなら出てきたらどうだ。”

あまりにも高慢で愚かな人間の姿がそこにあります。
しかし、その3時間後彼には正面衝突という悲惨な事故が待っていたのです。
山の坂道を走っている彼の車に居眠り運転手の車が突っ込んで来たのです。
5メートル前から中央線を超えて走って来る車の前で
彼はブレイクを踏む余裕さえありませんでした。

彼の意識が戻った瞬間車の中は地獄の模様に変わっていました。
助手席にいた妻の体がぺちゃんこになった車の下敷きになっていました。
ゲガをした妻の右腕からは止まる様子もなく血が流れていました。

後ろに乗っていた5歳の娘は前のガラスにぶつかり顔中に破片が刺されていました。
チャイルドシートの息子も意識がありません。
そして車のボンネットには火が燃えていたのです。
いつ爆発するか分からない絶体絶命の危機に
どこからか砂の雨が降ってきました。


今にも爆発しそうな車を見てその事故を目撃していた人々が
ちょうぞ車道の端っこにあった雪のために用意されていた
すべり止め用の砂を車にふっかけていたのです。
意識不明の家族3人を車で病院に先送ってから
彼は事故現場でひざまずきました。

事故前の妻の様子がパノラマのように頭の中に蘇りました。
そして、彼は心から神に助けを求めました。
”神様、信じたくてもどうしても信じることができません。
生きておられるならどうか、私の家族を助けて下さい。
神様、あなたは生きているでしょう。
障害者になってもいいです。どんな状態になっても構いません。
命だけは助けて下さい。これからは私は神様の働き人になります。”

数時間前彼は神が生きているなら出てきたらどうだと大口を叩きました。
しかし、そんな彼の叫びさえも神様は答えてくださいました。
109針を縫った彼の娘は成長するたびミミズのような顔の傷で痛み苦しみました。
それを悲しむ彼に娘は笑顔でこのように答えたといいます。
”この傷を見るたび思うのよ。神様が家族を助けてくださったことに
感謝しているのよ”

正面衝突というあまりにも大きな対価を払ってイエス様に出会った人がいます。
聖書のヨセフは奴隷や囚人という艱難の中で信仰を深めていきました。
自分を殺そうと話しあう兄弟たちの声を聞きながらヨセフはどれほど
兄達に助けを求めたでしょうか。
その時の弟の様子を兄達はいつまでも忘れることができませんでした。

創世記42章の21節にはこのように書かれています。
”彼らは互いに言った。ああ、我々が弟のことで罰をうけているのだな。
あれがわらわれに哀れみをこうた時、彼の心の苦しみを見ながら
我々は聞き入れなかった。それで我々はこんな苦しみにあっているのだ。”

兄達に哀れみを請い求め苦しみましたが
彼のその叫びは聞き入れられませんでした。
そして、忠実に仕えたエジプト人の家でも彼はぬれぎぬを着せられ
囚人の生活を強いられます。

しかし、彼は一つ一つの事件の中でますます神を信頼することを学んでいきます。
そして、そんな彼の信仰は悪さえも神は良いことのための
はからいにされたと告白するに至っています。
いろいろな艱難が多くの人々を活かすための偉大なる神の計画だと悟っていくのです。

楽しい家族旅行が正面衝突の悲劇に変わった一人の男がいます。
無残な姿になった車と意識不明の家族、血の海のような事故現場で
彼は生きておられる神様を呼びました。
そして、彼はその艱難を通して神様に出会い今は多くの人々を
イエス様に導く牧師になりました。

ヨセフを通して多くの人々を助けたように彼は今もイエス様を知らず
滅びの道に向かっていく多くの人々を救っています。
それではローマ書8章28節を読んで終わります。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私達は知っています。」
  

Posted by 青い鳥 at 13:29Comments(0)説教

2014年01月27日

説教ー70年目に実った種

説教ー70年目に実った種
私は2011年3月に神学校を卒業しました。
思っても見なかった神学校の入学は宣教訓練の時出会った
一人の宣教師の強い勧めからでした。

迷いと悩みの末に入った神学校では人々の前で賛美リードをしたり
説教を語るなど大変な日々でした。
とても内気な性格で緊張するとすぐお腹を壊すので
説教の当番や司会の当番が回ってくるとお腹の事で
いつも苦しんでいました。

卒業と共に永遠におさらばだと思った説教をこれからは
毎月1回はすることになっているので戸惑っています。
妹は神様の働きが出来るのだから喜んで仕えなさいと
姉の私を勇めています。

それでは今日の御言葉に移ります。
「イスラエルはヨシュアの生きている間、またヨシュアのあとまで
生き残って主がイスラエルに行われたすべてのわざを知っていた
長老たちの生きている間、主に仕えていた。」

今、宣教師は毎週創世記の主要人物を詳しく語っています。
アブラハム、イサク、ヤコブとヨセフに至るまでそれぞれの人生の
色々な試練と試みの中で彼らはどのように信仰の道を進んでいたのかが
赤裸々に表れています。

私が今日導かれた聖書箇所はヨシュアが亡くなってからの
イスラエル民族のことを示しています。
ラケルの息子ヨセフはエジプトに奴隷として売られていきました。
夢見るものというあだ名で呼ばわれたヨセフは時には奴隷として
時には牢屋の囚人としての生活を強いられました。
しかし、神様が与えた夢はついに実現したのです。

全世界の人々を巻き込んだ大飢饉のせいで
ヨセフの兄弟たちはエジプトに食糧を求めに来ます。
そして、ヤコブの家族はエジプトに移り住むようになるのです。
最初ヤコブの家族達はエジプトを大飢饉から救った英雄
ヨセフの親族として迎えられたのです。
しかし、時が過ぎの人口が増え強くなっていく中でエジプト人は
そんな彼らに恐れと脅威を感じるようになります。

そしてついには奴隷としてエジプト人に仕え
最後には思い苦役と生まれてくる男の赤ちゃんを王の命令によって
殺さなければならない所まで来ました。
そんなイスラエル人の叫びと祈りが聞かれ登場した人物がモーセでした。

十の災いの末イスラエルの民はついにエジプトでの長い奴隷の生活から開放されます。
そして、神様が約束した乳と蜜の流れる地に向かう旅路が始まります。
砂漠地帯、特に生き物が殆ど生きることの出来ない荒野で
神様は昼は雲の柱と夜は火の柱で彼らを導きました。
天から降りてくる命のパンであるマナで彼らを養いました。

時には大きな岩から飲み水を出す奇跡や肉を欲しがる彼らのつぶやきに
鳥の肉を食べさせたりします。
着るものや履物が減ることの無い毎日神様の臨在を眼で見て
奇跡を体験した彼らでした。
しかし、いくら素晴らしい神様の奇跡や愛を体験しても
彼らの頑ななの心は何か起こるたびいつも神様に向かって
つぶやく事の繰り返しでした。

荒野での流離の日々の中で結局神様の多くの奇跡を眼で見て
体験していた人々がすべて亡くなります。
唯同じ世代の中でカレブとヨシュアだけが神様が約束した
カナンの地に入ることが出来たのです。

ヨシュアはイスラエルの人々が今も一番尊敬している人物である
モーセの後を着いた人です。
荒野で40年間神様と共に歩んだモーセは残念ながら
唯1回の神様に背いた罪により約束の地に入りませんでした。
そんなに待ち望んだ約束の地を両目で見ることが出来たのですが
モーセはその血に入れなかったのです。

実際にその地に入りすでに住んでいた住民を滅ぼし
神様が命じた通りに任務を全うしたのはヨシュアでした。
ヨシュア記23章には老人になっていたヨシュアが
全イスラエル長老達やかしらたち、裁き司たちやつかさたちを呼んで
語り宣言した言葉が書き記されています。

約束の地に導きいれた神様に仕えるか他の神々に仕えるかという
厳しい選択の道を人々に示し私と私の家族とは常に仕えると宣言します。
そしてイスラエルの民にいつも共にいて導いてくださった
神様に仕えることを進め外国の神々に仕えることに対する
戒めを厳しく語り誓わせます。

しかし、ヨシュアが亡くなりまた主がイスラエルに行われた
すべてのわざを知っていた長老たちが無くなってからのイスラエルの民は
早くも神様を忘れ自分勝手な道を走ってしまうのです。
ヨシュアの死後の歴史が書かれている士師記には
人々はめいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていたと
締めくくられています。

神さまから離れて自分勝手な行動に走るたび神様は周りの民族を動かして
イスラエルの民が自分に戻ることを求めました。
その度人々は神様に叫び神様に頼りましたがその苦しみが去っていくと
いつものように神から離れていきました。

旧約聖書に絶え間なく書かれていることは唯一つです。
神様から離れているイスラエルの民を切に呼び求めている姿です。
自分の愛する人々を呼ぶ神様の愛を感じるたびいつも心が痛くなります。

そんなイスラエルの人々は長い歴史の中で今もメシアの到来を祈っています。
今日もイスラエル人たちは嘆きの壁で黒い服装で違うイエス様を待っています。
しかし、かれらが待ち望んでいるメシアはもう既に2千年前に来られました。

乙女マリアの胎に宿り33年の短い生涯を生きたイエス様、
全人類の罪を背負い十字架にかかったイエス様こそ
彼らがそんなにも熱心に求めているメシアであることを
彼らは未だに知っていません。
異邦人の救いのために神様はイスラエルの目を暗ませたと
聖書には語っています。

神様の愛に触れ救われた喜びに感謝した多くの異邦人たちは
今もイエス様を信じず滅びの道を歩んでいる人々に
イエス様のことを神様の御言葉を伝えています。

去年年末の晩11時近くの時間に携帯がなりました。
知り合いの宣教師でした。
夜分遅くすみませんの挨拶から始まり3歳の女の子を病院に
連れて行きたいけれど症状をどのように説明したらよいかの
問い合わせの電話でした。

普段あまり使わない表現だからたぶんそのように言うのではないかと
いう言葉を教え電話を切りました。
電話を切ってからしばらく宣教師たちの事で色々複雑な気持ちで
なかなか眠りに付くことができませんでした。

神学校の入学から知り合いになった韓国人宣教師や
日本の牧師たちが数人います。
人口の1パーセントも満たないといわれている日本のクリスチャン
そんな厳しい状況で神様の働きをしている牧師、特に宣教師には
毎日が大変な苦労の連続ではないかと思います。

まず言葉の問題、そしてビザや経済的な問題、
子供たちの教育問題も有りますが一番宣教師たちを悩ませるものは
イエス様を伝えることです。
色々な事で人々に福音を伝えたり教会に人々を集めたりしますが
なかなかイエス様を信じ救われる人々がいないことです。

数ヶ月から1,2年家賃や生活費で苦しんだ挙句
日本宣教を諦めてしまう宣教師もいます。
移民宣教の楽な道に走ってしまう人もいます。
しかし、厳しい現実でも唯神様だけを頼って進んでいる人もいます。

神様、一回でも良いから私にも給料をくださいと祈りながらも
せっかく日本に来ているのだから厳しくても日本人にイエス様を伝え
神様が喜ぶ生き方を教えたいとその宣教師は言っていました。

自分がもしこの世を去っても又韓国に戻ることがあっても
必ず誰か教会を守り人々にイエス様を伝えるようになることが
自分のビジョンだとその宣教師は語っていました。

今自分が蒔いた種を自分が刈り取ることは出来ない。
しかし、その種が必ず実を結び誰かの手に刈り取られることを夢見て
今日も1枚1枚伝道のチラシを配る宣教師がいるのです。

伝道者の書11章1節にはこのように書かれています。
「あなたのパンを水の上に投げよ。
ずっと後の日になってあなたはそれを見いだそう。」
又、同じく11章6節にはこのように書かれています。
「朝のうちにあなたの種を蒔け。
夕方も手を放してはいけない。
あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか知らないからだ。
二つとも同じようにうまく行くかも分からない。」

それでは最後にある牧師の証で終わります。
刑務所や大きな教会に招かれて集会をしたりと
忙しい日々を送っていた一人の牧師の話です。

ある日教会に集会の電話がかかって来ました。
地方の県庁所在地からだいぶ離れた小さな都市、その都市からも
二つの山を越えた火田民村の教会の牧師からでした。
電話の向こうから聞こえてくる内容は呆れるほどのものでした。
山奥の教会で信者は牧師家族4人と唯一人の信者でした。

また一つの条件として集会の1日前に来て人々を集めて
集会をしてください事でした。
心の中ではこんなに忙しい私がこの集会は無理だと思っていました。
火田民村の牧師は電話を切る前に最後にこのような言葉を残しました。
”神様に出会った牧師ならきっと来てくださるでしょう”

けれどもまったくその集会に行く気はありませんでした。
しかし、祈るたび山奥の火田民村の牧師が最後に残した言葉が
頭に蘇りました。
2週間悩んだ末牧師はその火田民村の教会にいくことを決心しました。
山道を走りやすい車を用意し不動産やの信仰の厚い信者さんに
300万ウォンぐらいの宣教費を用意するように頼みました。
もう一人はビデオカメラを持って集会の度協力する信者さんを誘い
3人は車に乗って山越え山奥のその教会に着きました。

集会の場所に着いてみると隣は小学校で5人しかない教会なのに
とてもかわいい教会が立っていました。
チャイムを鳴らすと戸をあけて一人の盲人が現れました。
しかも片足が無い状態でした。

びっくりして3人は言葉も出ませんでした。
中に案内され火田民村の牧師の信じられない証を聞きました。
彼は地方の県庁所在地で数百人が集まる結構大きな教会の牧師でした。
忙しく教会の働きをしていた所ある日突然目が見えなくなりました。
いくら調べても原因不明の失明で牧師は絶望しました。

そんな牧師の状態に信者さんの反応は二つに分かれました。
障碍者の教会ではないので早く辞めてくださいという人々と
こんな状態の牧師を追い出すのはあんまりだと反対する人々です。
争いが続く中牧師は思い気持ちで辞表を出しました。
長いこと一緒に教会に使えていた人々が止める気配も無く
用意してた退職金をすばやく計算して渡してくれました。

信じていた教会の信者たちの態度に牧師は深く傷つきました。
教会の門を出た彼はタクシーに乗りました。
行き先を聞くタクシーの運転手に彼はこう告げました。
”お金はいくらでも払いますのでとにかく空き家が多く
人の気配の無いところに連れて行ってください。”
牧師の言葉にタクシーの運転手はしばらく考えた末こう答えました。
”お客さん、それなら結構遠くても良いですか。”
それで県庁所在地の都市から連れて行かれたところが
今の火田民の村でした。

ちょうど今の教会が建っていた場所が空き家で彼はそこを借りました。
神様を信じている一人の牧師として自殺は出来ませんでした。
彼は大きなやかんを借りて水を沢山入れました。
お腹がすくと彼はやかんの水を飲みました。
その日から断食しながら祈りひたすら死を待っていました。

意識もうろうしていたある日彼の名を呼ぶ声がしました。
”どちらさまですか”と質問する彼にその声の主は答えました。
”私は神である。私が望むことがありお前をここに呼び寄せたのだ。
今まで多くの人たちをここに呼んだけれどすべてここから去っていった。
私が望むことがありお前をここに呼んだのだ。”

牧師になって彼は再び神からの使命を受けたのです。
あまりにも嬉しさに彼は立ち上がり部屋から外に出ました。
出会う人々に大声でイエス様を伝えました。
しかし、耳を傾けてくれる人はいませんでした。

小学校で遊んでいる子供たちに今日は何曜日かと尋ねると
日曜日だったので彼は子供たちを誘いその日から礼拝を始めたのです。
それから人々にイエス様を信じるように伝道を始めました。
しかし、目の見えないよそ者の牧師の話に耳を傾けてくれる人はいません。

3年間彼は15人の子供たちと礼拝を捧げました。
一人の大人も来ない教会の現実に彼は怒り落胆しました。
そんなある日のことです。
牧師婦人と二人の子供は学校の問題で外出していませんでした。
部屋から庭に出ようとした時古かった板が崩れ落ちました。
その瞬間錆びた大きな釘が彼の右足に深く刺されました。

隣の村が2キロは離れている山の中で痛みと出血で苦しみながら
いくら叫んでも助けの手は現れませんでした。
1日が過ぎその半日後にやっと発見され彼は大きな病院に運ばれました。
生き残るためには片足を切断するしかありませんでした。

あまりにも悲惨な状況を彼は韓国の教会に訴えました。
しかしどこからでも助けの手は現れませんでした。
そんな彼に助けの手を伸べたのはアメリカの盲人宣教団体でした。
その宣教団体が今の教会を建ててくれたのです。

せっかく教会は出来上がっても大人は誰も教会を訪れません。
どのように人々を教会に導くか悩んでいた時です。
一人の牧師のテープを聞きとても感動したので
そのテープの主人公である牧師を自分の教会の集会に招いたのです。

興奮して語る盲人の牧師の証を聞き3人は言葉も出ませんでした。
集会に招かれた牧師はこんな状況でどのように人々を集めて
集会を進めるが悩みとにかく神様に祈りました。
それで考え出したのはくじ引き券つきの景品が当たる集会を思いつきました。
そして、景品集会という人生で始めての集会が始まったのです。

村の村長に大きなギフトセットをプレゼントしました。
そして集会の広報を頼んだのです。
集会に来る人には1日目には焼肉、2日目、3日目と
美味しいご馳走が用意されまた景品の当たる集会があると
知らせるスピカーから聞こえる村長の知らせが何度も山奥まで響きました。

集会が始まり人々が参加しました。
その人たちに毎日景品が当たるくじ引き券が配られました。
美味しい食べ物も与えました。
空き家の多い山村に全部120件の家がありました。
それが1日目には50人の参加者が2,3日目には55人が集まりました。
その地域の人々はすべて集まりました。
誰もいない家には番犬しかいません。

おじいさん、おばあさんたちしかいない集会で賛美は
一番簡単で歌いやすい曲の1節だけでした。
1日、2日、3日美味しい料理と心に響く証でイエス様のことを伝えました。
最後の集会のことです。
いつものように2日間歌った賛美歌を歌おうといました。
すると参加者の中の一人のお婆さんが言いました。
”先生、私たちの知っている賛美歌を歌っても良いですか。”

教会の無い山村の山奥で生涯教会へは一度も
行ったことの無いはずの人々です。
そんな人の口から聞こえてきた言葉に牧師はびっくりしました。
”どうして賛美歌を知っていますか。”
と牧師は参加した人々に聞き返したのです。

するとびっくりする答えが返ってきました。
”私たちはみんな教会学校の幼稚部出身です。
70年前にアメリカ宣教師に教えられて覚えている曲があります。
その曲を歌いたいのですがあるのかしら。”
それから歌いだした歌が「主われを愛す」という曲でした。

楽器も一つ無い教会で讃美歌の本も有りません。
そんな状況でおじいさんやおばあさんたちは1時間半を
その曲を歌い続けました。
70年前の子供のように歌い続ける彼らの上に聖霊は働きました。
賛美が終わり祈りの時間は涙と感動の時間でした。

集会に招かれた牧師は人々に訴えました。
”神さまはあなた方を愛しています。
あなた方を救うために70年前に一人のアメリカの宣教師を
ここに送りました。そして、この教会の牧師の目を見えなくし
片足を取ってまで今日このようにあなた方を集めてくださったのです。
どうか、私たちの罪のために十字架にかかったイエス様を信じてください。”

牧師の熱い呼びかけに何と45人の人々がイエス様を受け入れ
死ぬまで教会の礼拝に来ることを約束したのです。
集会の最後の祝祷の時、盲人の牧師は涙で祝祷が出来ませんでした。
”神様、この魂のために私は目が見えなくなったのですね。
片足を失ったのですね。私はそのことを絶対に恨みません。”
目の見えない牧師はこの告白をしながら嗚咽したのです。

70年前にアジアの貧しい国、韓国にイエス様を伝えに来た
一人の宣教師がいました。
地方の県庁所在地で宣教をするために行きました。
しかし、断られたので馬に乗り山越え今の教会のある火田民村に来ました。
彼は7年間そこでイエス様を伝えました。
肌も目の色も髪の毛さえ違う外人の宣教師の教えに
大人はあまりにも迫害が酷かったので幼い子供たちに
イエス様を伝え賛美を教えました。

その宣教師が母国アメリカに帰るため子供たちに別れを告げるために
柳の木の下に子供たちを集めました。
別れを惜しむ集まった子供たちを抱いて彼は涙を流して祈りました。
今は年を取りおじいさん、おばあさんになった彼らはその祈りを覚えていました。

”神様、私はこの国に来て成し遂げたことがあまりにもありません。
どうか、この子達の魂だけは見捨てないでください。
彼らの魂を救ってください。”
まだたどたどしい韓国語で涙を流しながら捧げた宣教師のことを
神様は覚えていたのです。

70年前にアメリカから遠く離れた国にイエス様を伝えに来た
一人の宣教師、彼が蒔いた種は彼が捧げた祈りは
無駄にはなりませんでした。

幼いときにきいたイエス様の話を賛美を綺麗に忘れていました。
しかし、70年の年月の後神様は一人の牧師の目を見えなくし
片足を奪ってまで彼らを救い一人の宣教師の祈りに答えてくれたのです。

それではペテロの手紙第1の1章23節から25節を読んで終わります。
「あなた方が新しく生まれたのは朽ちる種からではなく
朽ちない種からであり、いける、いつまでも変ることのない神の言葉によるのです。
人はみな草のようでその栄えはみな草の花のようだ。
草はしおれ花は散る。
しかし、主の言葉はとこしえに変る事がない。とあるからです。
あなたがたが述べ伝えられた福音の言葉がこれです。」
  

Posted by 青い鳥 at 22:42Comments(0)説教

2013年12月22日

説教ー沈黙の代価

説教ー沈黙の代価
今は教会で宣教師の働きを手伝っていますが
私はまったくキリスト教の土壌とは関係ない環境で育ち
キリスト教の文化や用語にも無知でした。
思わぬ方向で人生が進み入学した神学校も奇跡のように卒業しました。

3年間の神学校で聖書を勉強してもなかなか理解できませんでした。
イスラエルの文化や風土などを知らないまま読む聖書の話は
いつも悩みと疑問の連続でした。

1年に1回は聖書を単位として通読しなければなりません。
日本語の学びも兼ねて毎日聖書を音読しました。
なかなか発音しにくいカタカナの地名や人名には特に苦労しました。
そのたびイエス様が韓国人だったらいいのにと思ったりもしました。

話が展開するなかで名前で表す意味や全然わからない文化の中で
又2千年の前の話は理解に苦しみました。
それで、イスラエルに実際に行って見たいと思いました。

卒業旅行としてイスラエルの旅行の話が盛り上がった時があります。
教室にも食堂にもイスラエルの地図を張り
聖地巡礼の夢を告白し祈りましたが結局
イスラエルの旅行はまだ出来ずにいます。
果たして、その夢の地、イスラエルは何時いけるでしょうか。

それでは今日の聖書箇所に移ります。
マタイの福音書23章37節から39節までをお読みします。
「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し
自分に使わされた人たちを石で打つもの。

私はめんどりが雛を翼の下に集めるように
あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。
それなのにあなた方はそれを好まなかった。

見なさい、あなた方の家は荒れ果てたままに残られる。
あなた方に告げます。祝福あれ、主の御名によってこられる方にと
あなた方が言うときまで、あなた方は今後決して私を見ることはありません。」

今日私は聖書の舞台になっているイスラエルの地で
ユダヤ教徒ではなくイエスキリストを信じている
メシヤニックジューと呼ばれている人々の話をしようと思います。

イエスキリストを信じて聖書を読んでいるクリスチャンの中では
イエス様が生まれて生きた地、いつか又来られるというイスラエルを
訪問することを夢見ている人々が多くいると思います。

実際イスラエルに行った人々も多いでしょう。
戦争の中でいつも緊張した雰囲気にあるイスラエルを
今も全世界の人々が訪れています。

私はまだ1回も行った事の無いイスラエルを40回以上
訪れた一人の韓国人がいます。
彼は金鐘哲という名の映画監督です。

回復というドキュメンタリ映画をはじめ証や許し、第3神殿に至るまで
イスラエルを舞台にしたドキュメンタリ映画を作っています。
元々は彼はあるテレビ局のプロデューサーでした。

1994年努めていたテレビ放送局から思わぬ1ヶ月の休みを貰いました。
小学校5年の時からイエス様を信じクリスチャンになっていた彼は
教会で聞いた説教や聖書の中で読んだイエス様の故郷である
イスラエルを訪れるのが夢でした。

放送局の現場ではなかなか得られない貴重な時間が取れたので
彼は小さいときからの夢だったイスラエルを訪れることにしました。

インターネットの無い時代イスラエルに関する情報は
まったく得れれず何も知らぬまま旅立ちました。
長い飛行機のたびが終わりに近づくごろ彼はイスラエルに関する
様々な心配で悩まされました。

イスラエルではどんな言葉を使うのだろう、到着すると
夜中の1時を過ぎているのに泊まれるところは有るのだろうか。
食事するコンビニのような店はあるだろうか。

様々な心配の中で一度も頭の中をよぎることの無かった事があります。
4回を過ごすことになるイスラエルでの礼拝に行く教会のことでした。
イスラエルからはるかかなたにある東邦の異邦人の国、
韓国には沢山の教会があります。

ましてイエス様の国ではもっと沢山の教会があると信じました。
しかし、実際にイスラエルに着いて彼が直面したことは
予想をはるかに超えたものでした。

イスラエルで迎える初めての日曜日、彼は聖書と賛美歌を持って
ホテルを出ました。
しかし、1時間以上教会らしい建物を探して歩きましたが
見つかりませんでした。
そして、奇跡のように導かれた教会は普通の一軒家の地下室でした。

地下室に下りる階段の前には一人のイスラエル人の男性が
椅子に座っていました。
近寄って挨拶する彼に男性は警戒の眼差しで用件を尋ねました。

そして彼は自分を韓国から来た旅行者でクリスチャンとして
礼拝を捧げたいと伝えました。
どうやってこの場所が漏れたのだろうと不思議がりながら
男性はパスオートを要求しました。
出されたパスポートと顔を代る代る伺いながら
やっと地下室へ降りることを許可してくれました。

地下室の階段を下りていく彼の足音ですでに集まって
礼拝の準備をしていた人々が一斉に振り向きました。
いぶかる彼らを先の男性が説明して納得させました。

地下室に下りて彼は人々の様子を見ていました。
地下室には光が入ってくる小さい小窓がありました。
その小窓を厚いブラインドで遮りました。
参加する人々が揃ったらしく最後に入り口の鉄の扉が閉められました。

彼がイスラエルで迎える初めての礼拝が始まりました。
その礼拝にはギターやドラム、ピアノなど
楽器らしいものは何もありませんでした。

普段の声より3分の1ぐらい低い声で出す賛美の声でした。
出来る限り声を出さないように一生懸命に努める彼らの顔は
高まる感情を抑えるために歪んでいました。
音が漏れることを極端に恐れながらそれでも賛美したい心を
抑えきれない彼らの姿に韓国人の彼は驚きました。

礼拝が終わりました。
あまりにも信じられない彼らの様子に監督は質問したのです。
そしてメシヤニックジューと呼ばれている彼らの苦しい状況を知りました。

ユダヤ教徒の国、イスラエルでイスラエル人でありながら
イエス様を信じる彼らに対する迫害は激しいものでした。
彼らは公にイエス様に礼拝を捧げることができません。
彼らが集まる場所が知られるといろいろな攻撃があります。

今の場所も彼らの攻撃から逃れるために3回目に移った場所でした。
ある時は人々が中で礼拝していることを知りながら
わざと建物の外に火を放したこともありました。

あるメシヤニックジューの家庭には花束の中に設置された
爆弾を届けた事件もありました。
メシヤニックジューと知られた人々の写真は
数キロはなれている町まで貼られます。
そして仕事から解雇されたりスーパーや店では販売を拒んだり
学校でも酷いいじめに会うのです。

驚くことにその加害者達が同じユダヤ人であることです。
それには悲しい歴史の悲劇が隠されていました。
イスラエル人として生まれたイエス様、しかし新約聖書という本を見た
事のないイスラエル人はそのことさえ知りません。
キリスト教は異邦の人々が信じる宗教として知っているだけです。

なぜイスラエルのユダヤ人たちはそこまでクリスチャンになることを
忌み嫌うのでしょうか。
そこにはキリスト教が全世界に広まる中で国をなくし世界に散らされた
ユダヤ人がクリスチャンたちの国で受けた多くの迫害が原因でした。

一つの大きな事件として世界の人々が知っていることは
ドイツのヒトラーによる600万人のユダヤ人虐殺です。
ガス室で殺されていた600万人のユダヤ人の中には
150万人の子供たちが含まれていたといいます。

ヒトラーのユダヤ人虐殺で子供たちが殺されていく現実を
ユダヤ人たちはバチカンの教皇に歎願の手紙を書いたそうです。
しかし、バチカンの返信にはユダヤ人の子孫として生まれたので
受け入れるべきことだというような内容が書かれていました。

世界の警察と自ら名乗っているアメリカは
今も全世界の多くの政治に関わっています。
又、多くの人命に関わる事件や災害が起きると
色々な国々で援助したり助けに行きます。

しかし、10万、20万ではなく600万人の人々が
惨い仕打ちを受けて死んで行きました。
けれども、クリスチャンの国で誰一人それを止めようとしませんでした。
少数の人々がそれを阻止しようと行動したかもしれません。
愛を叫ぶクリスチャンたちがイエス様の民族であるイスラエル人たちが
嘆きと苦しみの中で死んでいったとき沈黙を守りました。

イスラエルは歴史の中で完全に無くなりました。
2千年間彼らは全世界に散らされました。
そして、1948年イスラエルという国が建国されるまで
彼らがクリスチャン達に受けた多くの迫害を
彼らは忘れることも許すことも出来ないでいます。

クリスチャン国家であるイギリスのヨークという地方で起きた
悲しい事件もありました。
クリスチャンたちがユダヤ人たち150人をユダヤ教の会堂である
シナゴグで監禁して扉を閉めて火で燃やしました。

熱く燃える炎の中で死の恐怖の中で彼らの目に焼きついたものは
十字架の旗を持ってイエス賛美を声高く賛美する
クリスチャンたちの姿だったといいます。

又、十字軍戦争の時はイスラム教徒と一緒に299,000人のユダヤ人たちが
十字軍によってエルサレムで殺されました。
イスラエル人たちが受けた多くの苦難や迫害の中で十字架や
クリスチャンの意味は絶対に許せない存在なのです。

十字という文字を嫌い殆どのイスラエルの道には十字路が無いといいます。
全世界で共通して使う赤十字やプラス記号を使わない国
アラビア数字の中でも十字を思わせるものを使わないという国
イスラエル、そこにはクリスチャンに対するあまりにも深い溝があるのです。

それでユダヤ人たちはそこまで自分たちを苦しめた
クリスチャンになることを反対しているのです。
そんなイスラエルの国に不思議なことが起きています。
同なじ民族であるイスラエル人の迫害の中でも着実に
メシヤニックジューと呼ばれる隠れキリスタン達が増えているのです。

2千年前イエス様はイスラエルのベツレヘムの町に生まれました。
そして、イスラエルの民を自分のところに集めようとしました。
しかし、イスラエル人たちはイエス様を十字架に掛けて殺しました。

神様が彼らに使わした多くの預言者たちを殺し、
自分たちに使わされた人々を石で打ちました。
そして、神様の御子であるイエス様まで拒み殺したのです。

自分を迎え入れない自分の民にイエス様は警告しました。
「祝福あれ、主の御名によって来られる方に」と言うまでは
イエス様を決して見ることは無いと。

それから今までユダヤ人たちは相変わらずイエス様を信じず
他のメシアを待っています。
しかし、少しずつではあるけれどそんなユダヤ人たちの中で
イエス様をメシアとして信じる人々が増えているのです。
あんなに長いこと拒んでいたイエス様を燃えるような情熱の賛美と
共に待ちわびる人々が現れているのです。

このことは何を意味しているのでしょうか。
それはイスラエルから始まって世界に広がった福音が
ついにイスラエルまでたどりついたということです。

異邦人の救いのために暗くしていたユダヤ人たちの目が
見えるようになっていることです。
そしてそれは異邦人である私たちがイエス様を受け入れる時間が
益々少なくなっていることを意味します。

ヒトラーの時代600万人のユダヤ人たちが殺されるとき
全世界は沈黙を守りました。
今、韓国のすぐ近くの北朝鮮では食べるものが無く死んで行った
人々が300万人を超えていると聞きます。
そして、日本には1億以上の人々がイエス様を知らず
永遠に消えない火に向かって一歩一歩進んでいます。

私たちが沈黙を守るときその血の代価を
神様は私たちに問うといいます。
イスラエルの預言者エゼキエルに語られた神様の言葉を読むたび
私は恐れと恐怖を感じます。

エゼキエル書33章7節から9節の言葉です。
「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張り人とした。
あなたはわたしの口から言葉を聴く時、わたしに代わって
彼らに警告を与えよ。

わたしが悪者に悪者よ、あなたは必ず死ぬというとき
もし、あなたがその悪者にその道から離れるように語って
警告しないなら、その悪者は自分のとがのために死ぬ。
そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う。

あなたが悪者にその道から立ち返るよう警告しても
彼がその道から立ち返らないなら、彼は自分の咎のために
死ななければならない。しかし、あなたは自分の命を救うことになる。」

今も全世界でイエス様がうまれて生きた国イスラエルを
自分の目で見たくて多くのクリスチャンたちがイスラエルを訪れます。
観光地にされた所で写真を取り記念品を買って自分の国へ帰ります。
しかし、彼らはクリスチャンだということでイスラエル人たちが
自分たちをどのような目で見ているかを知っているでしょうか。

又、イエス様を信じるという唯一つの理由で命を危機を感じながら
隠れて礼拝を捧げているイスラエルの隠れキリスタン
メシアナックジューのことを知っているでしょうか。

まったく知らなかったイスラエルの事情の知りながら
クリスチャンたちの沈黙の代価を身にしみて感じています。
声を出して言わなければならなかった時、
行動を起こさなければならなかった時、沈黙した場合
それが罪になることさえあります。

イエスキリストを信じ救われた一人のクリスチャンとして
わたしたちはまだイエス様を知らず死の道を歩んでいる人々に対して
声を出して語らなければなりません。
その血の責任を沈黙の代価をわたしたちが払わなければならないからです。
どうか、イエス様を伝える私たちでありますように。
  

Posted by 青い鳥 at 20:11Comments(0)説教

2013年12月09日

説教ークリスチャンの武器

説教ークリスチャンの武器
ハングル文字を覚えてから私は多くの本と読んできました。
日本語を学んでからは日本語の本も楽しんでいます。
ドラマが好きで恋愛ドラマを見たり字幕付の外国映画を見たりします。
日本語という言語を学んだお陰で本当に世界が広がりました。

引越しをするたび近くの図書館で本を借りて読むのが
私の楽しみの一つです。
会社員の時までは小説を好んで読んでいましたが
今は殆ど小説は読んでいません。
多くの本が自己開発やパソコン関連の本などです。

時にはこの世で起きる不思議な出来ことに関する本を読んだりします。
超能力やミステリなどに興味があります。
この世の終わりを予言した有名な人々の話や未だに多くの謎を残した
出来ことの話を読むたび何だか心がわくわくします。

この前ユーチューブである動画を見て
一つの謎が解決されたことを知りました。
アメリカの前の海岸とバミューダ島そしてプエリトリコを結ぶ
三角形の範囲内の海をバミューダトライアングルと言います。

そこでは今まで多くの謎の失踪事件がありました。
飛行機や船などが綺麗に姿を消しています。
人々はこの不思議な出来ことの理由を色々な仮説をもって主張しました。
しかし、納得のいく答えは見つからず年月が流れました。
その多くの失踪事件の謎は長い間解けずにいました。

そして、一人のイギリス人牧師がこの謎に終わりを告げました。
ジョン牧師はこのバミューダトライアングルの歴史を調べる中で
とても興味深い事実を知りました。
それは昔アフリカの黒人を奴隷として拉致してきた奴隷商人たちの
あまりにもむごい黒人たちの殺人と関わることでした。

アメリカの南部の港に奴隷を連れてくるために
アフリカに向かう奴隷船があります。
その奴隷船の商人は保険会社と連れてくる
奴隷に関する契約を結びます。
それからアフリカに向かいます。

奴隷船に乗せるだけの人数の黒人たちをいっぱい乗せた船は
長いたびの末バミューダトライアングルに着きます。
人間の耐える状況は程遠い状態で連れてこられた黒人たちは
船旅の途中沢山死んで行きます。

そして、もうすぐ終わる船旅で最後の人間選別が行われます。
病気の奴隷は価値が無いので保険会社には死んだと報告して
まだ生きている黒人たちをバミューダトライアングルに
次から次へと投げ捨てて殺しました。

歴史上初めて黒人の大統領がアメリカを治めています。
しかし、アメリカの黒人の先祖たちは自由でのどかに暮らしていた
自分の暮らしからある日突然無理やりアメリカに連れてこられました。
そして、酷い船旅の末多くの人々が命を失ったのです。

悲劇の主人公たちの無念が長い年月の間
多くの不幸な事故の原因ではないかとジョン牧師は解釈しました。
そして、一つの広告を出しました。
先祖の中で奴隷船の商人がいた白人の子孫たちと
奴隷として先祖がアメリカに連れてこられた黒人の子孫たちを
呼び集めたのです。

そして、彼らを一緒に船に乗せてその悲劇の場所
バミューダトライアングルに連れて行きました。
そこで白人の奴隷商人の子孫たちに先祖の過ちを悔い改めて
黒人たちに許しを求めるように勧めました。
彼らは黒人たちの前でひざまずいて自分たちの先祖の過ちを
許してくれるように心から謝罪しました。

そして、奴隷の子孫だった黒人たちは真剣に受け入れて許しました。
船の上で劇的な許しと和解が行われました。
一人の牧師の知恵のある解釈によって長い間解けなかった
一つの謎が解けました。

それから今までバミューダトライアングルで事故は起きてないと言います。
絶望と怒りと嘆きの中で死んで行った人々の無念は
長い間違う形で人々を巻き込んでいたのです。

それでは今日の聖書箇所に移ります。
マタイの福音書18:18節から22節までをお読みします。

生きている中で私たちは多くの出会いをします。
親から兄弟、親戚や学校の友達や社会で出会う多くの人々がいます。
時には楽しく時間を忘れて語り合える人もいます。
別れを惜しむ恋人もいます。
しかし、時には親しかった間柄から二度と会いたくない
殺したいほど憎い関係になることもあります。
拗れた人間関係は個人の領域から時には民族や国まで広がります。

今も世界のあちらこちらでは武器を手にして緊張したまま
敵と戦うために日々を過ごしている人々がいます。
時々ニュースで聴くパレスチナ紛争では自分の息子やお父さんを
殺された人々が敵を討つために今も怒りのまま対置しています。

時には仕返しや復讐できるときもあります。
しかし、復讐できたという心地よさはつかの間のことです。
復讐という血の連鎖は終わりが訪れないからです。
今日の加害者がいずれまた被害者に代わるからです。
その殺しあいの連鎖を打ち切るためのものは許しの愛しかありません。

マタイの福音書18章21節ではこのように書かれています。
その時、ペテロがみもとに来ていった。
「主よ、兄弟が私に対して罪を犯した場合何度まで許すべきでしょうか。
七度まででしょうか。」
イエスは言われた。
「七度までなどとは私は言いません。
七度までを七十倍するまでと言います。」

イエス様の一番弟子だったペテロがイエス様に聞いています。
兄弟が自分に対して罪を犯した場合何度まで許すべきかを。
それからペテロは自分の許す範囲であると思われる数字を言います。
七度までという数字です。

自分に罪を犯した兄弟を七度まで許すだけでも
心の広い人柄だと思います。
しかし、イエス様は七度を七十倍にするまでと答えます。
これを文字通り解釈して490回までという人もいるけれど
この意味は何度まで許しなさいの意味です。

イスラエルは七という数を完全な数と思いました。
それで七の七十倍とは限りなくの意味で
無限の許しということを意味します。

エペソ4章26節、27節にはこのように書かれています。
「怒っても罪を犯してはなりません。
日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。
悪魔に機会を与えないようにしなさい。」

日が暮れるまで怒りを持たないように神様は言っています。
相手に対する怒りが結局自分の中の平安を奪い長く続くとき
心にも体にも悪い影響を及ぼすからです。

体と精神が密接に繋がれている様に地上で行われる様々な
出来ことは又天の上でも影響を与えるようです。
私たちが地上で怒りや憎しみなど悪い感情で繋がれる時
その問題が解決されないかぎり天においても解決されずにいます。

そのことをよく知る内容が第二サムエル記21章に書かれています。
イスラエルのダビデ王の時代に3年間引き続き飢饉がありました。
そして、その原因がイスラエルの中に住んでいた異邦の民である
ギブオンの人々の恨みと怒りとのろいのせいだったのです。

そのことを知ったダビデ王はギブオン人たちに聞きます。
あなたがたのために私は何をしなければならないのか。
私が何を償ったらあなた方は主の譲りの血を祝福できるのか。」
そしてダビデ王はギブオン人たちの要求を聞いてあげました。
ギブオンたちの心を慰め怒りが治まったことで神様は
飢饉の問題を解決してくださったのです。

イスラエルは神様が選択した民です。
しかし、そのイスラエルの民さえも地上で繋がれたままでは
彼らの祈りが聞かれなかったのです。
ギブオンたちの怒りが無念が解かれた瞬間神様もイスラエルの祈りに
心を動かされたと書かれています。

宣教師の墓場と言われる日本には今も色々な国々から
多くの宣教師たちが来ています。
しかし、相変わらず日本の人々はイエス様を心に受け入れようとはしません。

イエス様をこの世を造った神様を知らず今も
地獄という永遠の刑罰の地に向かって歩いています。
この説教を準備する中でふと私の頭をよぎった思いがあります。
それはギブオンたちのように日本を許せない人々がいる限り
この地上に繋がれている問題を解決しなければならないということです。

日本は歴史上初めて原子爆弾が2発も投下された国です。
8月の敗北の日まで日本は自分の国の若者を始め
アジアの国々の人々の多くの血を流しました。

隣の国韓国は36年近くの期間、日本の支配下にいました。
その時韓国人たちは支配国である日本人から
忘れられない、許せられないことを経験しました。

一番近くて一番遠い国と表現される日本、
経済的に貿易や交流の盛んで突き放すことの出来ない国、
しかし、日本に対する韓国人の心はいつも複雑です。

600万人のユダヤー人たちをガス室で殺したヒットラーの国ドイツ
しかし、そのドイツはイスラエル人に許しを求めました。
そしてそれを形にして現してきました。
反面日本と韓国の間には未だに深い溝があります。
経済的にも政治や福祉など多くの分野で韓国は相変わらず
日本を追っかけている状態です。

けれども韓国人の心の中では意地でも
日本には勝ちたいという気持ちがあります。
特にスポーツなどで日本と対戦する時の人々の応援や熱狂振りは
凄まじいものがあります。

地震の多い日本はいつか生みのそこに沈んでいくだろうとの話が
昔から韓国には伝わっています。
それを心ひそかに喜ぶ韓国人が一部いることも事実です。
日本でイエス様を伝える働きをしている一人の韓国人として
心を痛める話です。

韓国人の日本に対する怒りと呪いがもしかして
結局日本の人々の心を閉ざしているかもしれません。
韓国と日本のその溝が地上で繋がれている問題かもしれません。

歴史の中で日本の先祖たちがお父さんやお祖父さん世代が
犯した韓国に対するむごい仕打ちを心から謝罪することが無ければ
日本の救いは難しいかもしれません。
そして、韓国のクリスチャン達には日本が犯した
許すことの出来ない過ちをイエス様の愛で許す必要があります。

それでは最後に一人の韓国人の殉教者の証で終わります。
日本が韓国を支配していた時の出来事です。
戦争に熱心だった日本帝国は神社参拝を強要しました。
そして教会にも神棚を置いて礼拝の前には拝むようにしました。
それに反対したり従わなかった多くの牧師やクリスチャンたちが
殉教しました。

今の北朝鮮になっている地域で熱心にイエス様を信じる
クリスチャン家族がいました。
ある日、ついに彼らが通っていた教会も神棚の前で拝んでから
礼拝をするようになりました。
そのことに激動した一人の若者がその神棚を
教会の庭で燃やしてしまったのです。

誰かが通報して連絡を受けた日本人巡査がすごい剣幕で教会に現れました。
バカやろうと罵られ荒々しくその若者を連れて去っていきました。
それから彼の姿を二度と見ることができませんでした。

その若者には耐え難い拷問が待っていました。
苦しみを最大限にするために巡査は毎日一本ずつ
若者の指を切り落としました。
そして、ロープに縛ったまま逆さに吊るした若者の鼻に
どうからしを混ぜた水を注ぎました。
お腹がパンパンに腫れると床に下ろしてお腹を足で踏みました。

体中のあらゆる穴からどうからしの水が流れてきました。
数日後若者はついに息絶えました。

死に際に腫れ上がった体で赤く腫れた目で若者はこう言いました。
お前だけが武器を持っていると思うか。
銃と剣で私を脅しているけれど私にも武器はある。
びっくりした巡査はその若者の体を調べました。
しかし、何も見つかりませんでした。

衰弱した体で若者は言い続けました。
「イエス様の名前でお前を愛しお前を許す。
それが私の一つの武器だ。
そして、私の体をイエス様の祭壇に捧げる。
それが私のもう一つの武器だ。
私はイエス様の名前でお前を愛しお前を許す。」

それが死に至らせるほど拷問を加えた日本人巡査に
残した韓国人クリスチャンの遺言でした。

彼の亡骸をじっと見つめていた巡査はその死体を負ぶって
拷問室を出ました。
そして、その若者のお兄さんの家に向かいました。
部屋に案内された巡査は若者の死体を丁寧に部屋に下ろしました。
死体の前に部屋に集まった家族の前に正座したまま
巡査は今までの話を全部話しました。

話を終え最後に巡査は驚くべき告白をしました。
私の母もクリスチャンです。
私は巡査という仕事をやめて日本に帰ります。
これから主の僕になります。
私のすべての過ちをお許しください。
これは私が用意したお金です。
どうぞ、葬式にお使いください。

嘆きと涙を持って謝罪した後日本人巡査はその家を去りました。
この話は今、アメリカで牧師として仕えている韓国人の証です。
イエス様の愛で自分を死に至らせた憎き日本人を許した
韓国人クリスチャンはその牧師のお祖父さんの弟でした。

教会から連れて行かれた後どうなっているかまったく知らなかった
家族はその日本人巡査の告白によってすべての事情を知ったのです。

許せない憎き敵さえイエス様の愛を持って許し愛することが出来た
一人の韓国人を思います。
その愛によって心から悔い改めて新しい人生を歩むことになった
一人の日本人を思います。

イエス様の愛を持って人々を許し地上でも天の国でも
問題から解かれる人生になるよう心から祈ります。
イエス様の愛で人々を許すことの出来る私たちでありますように。
  

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2013年09月16日

説教ー祈りについて

説教ー祈りについて
4週間続けて説教を語ることは初めての体験です。
悩みと葛藤の末に入った神学校でも色々なことを経験しました。
初めての路傍伝道では一枚のチラシも配ることが出来ませんでした。
人々の前に出て話をしたり知らない人に声をかけるのがとても苦手な私です。
しかし、神学校ではそんなわがままは許されませんでした。
当番で廻って来る説教や賛美リードは緊張のあまり毎回のようにお腹を壊しました。

道端で歩いている人々に教会への呼びかけをしたり十字架を背負って歩いたりと
こんなはずじゃなかったの日々でした。
そんな私がまた今人々の前で説教を語り賛美リードをしています。

未だに慣れないことですので今日でやっといつもの平安な生活に戻れることを
心から感謝しています。
それではヨハネの福音書9章31節をお読みします。
「神は罪びとのいう事はお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い
その御心を行うなら神はその人のいう事を聞いてくださると私たちは知っています。」
今日の説教の主題は祈りについてです。

神学校に入る前の2年間私は韓国で過ごしました。
その時、一人の牧師に出会いました。
その牧師の頼みで翻訳の仕事をしたことが有ります。
中国でハンセン病患者の世話をしながらイエス様を伝える韓国人宣教師の証を
日本語で翻訳したのです。

自分の家族や自分の国からでも捨てられたハンセン病患者をイエス様の愛を持って
世話するその宣教師の証はいつ聞いても感動的でした。
自分の実力不足を感じながら辞典を探しながら翻訳して行きました。
数々のエピソードは全て心を打つ話ばかりです。
その中の一つのエピソードをご紹介します。

色々な病気の中で特にハンセン病患者は人々に嫌われ隔離されたり
虐待や差別など不当な仕打ちを受けてきました。
中国の宣教に行く前にその宣教師は韓国のある村に隔離されている
ハンセン病患者の教会で牧師として働きをしていました。

ある彼は時共産主義国家の中国でも全く知られてないけれど
多くのハンセン病患者がいることを知りました。
自由国家と言われる韓国でもハンセン病患者に対する人々の偏見や
差別は耐え難いものでした。
公になっている国でさえハンセン病患者に対する接し方は酷いものでした。
まして、人々に知られないように隠されたところでの中国のハンセン病患者達は
どのような生活をしているんだろうとその牧師はとても気になりました。
そして彼らのためにできることはないかと中国を訪れたのです。

ドイツに留学した時知り合った知人を通してハンセン病患者たちが隔離され
収容されている施設を管理する人に出会いました。
そしてその施設を見学できるように頼みました。
するとその時、その施設に案内できるその管理がとても困った提案を牧師の彼に要求したのです。

それは中国のとてもきつい酒の飲み比べでした。
火をつけると燃え上がるほどきつい酒でした。
その言葉を聞いた時その牧師は心の中で祈りました。
”神様、このような提案を受けました。
本当に神様が私をその場所に送る意思があるならどうか助けてください。
彼らを助けることが出来るなら私はこの毒酒さえ飲みます。”

そして、酒の飲み比べが始まりました。
まず牧師がそのお酒を飲みほしました。
驚くことにその強い酒はただの冷たい水でした。
余裕に酒を飲みほす牧師の姿にその中国人管理はびっくりしました。
3杯の毒酒を飲み干す牧師の前に中国の管理は酒に酔い倒れました。

次の朝目を覚ました、その中国人管理はお兄様と呼びながら
牧師に丁寧なあいさつをしました。そしてその施設まで案内してくれました。
施設に入る前に手袋をはめ、マスクや帽子をかぶるように言われたのですが
牧師は普段着のまま入りました。

奥に入っていくと出入り禁止だと入らないように命じられた所がありました。
好奇心で彼はすきを見てその戸を開けました。
最初彼は豚の群れだと勘違いしたそうです。

手、足のない人々が目の見えない人々が胴体のまま
飼い葉おけで動物がエサを食べるように食べ物を食べていたのです。
あまりにも悲惨な状況で心を痛めました。
しかし、そこに入った牧師に気付いた施設の人から無理矢理つれ出されました。

その状況を後ろにして歩き出す牧師の耳に韓国語の歌声が聞こえました。
アリランの歌声に惹かれて行ってみるとそこにはもう少しましな状態の人たちがいました。
その歌は目が一つ残っていて片手のないお婆さんが歌っていました。
彼女の所に行き牧師は”あなたは韓国人ですか”と聞きました。
すると彼女は”いいえ、朝鮮人です”と答えました。

短い間に彼女から聞いた話はとても悲しい内容でした。
彼女は幼い時朝鮮だと言われていた今の韓国から親と一緒に中国に来ました。
しかし、彼女が14歳の時ハンセン病になりました。
それで親の元から無理矢理この施設に連れてこられました。
そして、40年が過ぎました。

話を聞いて牧師は彼女に聞きました。
”今、ご両親は何処にいらっしゃいますか。”
すると急に彼女が泣き叫びました。
”お母さん、お母さん、お母さんに会いたい。”
彼女はその瞬間14歳の少女に戻っていました。

40年の年月が流れて体はお婆さんになっていても
彼女の心は14歳に止まっていたのです。
慰める言葉が見つからず牧師はそのお婆さんの手を握りました。
その時です。握りしめた牧師の手に何かとても熱い物が落ちてきました。
お婆さんの目から落ちてくる涙でした。涙がそれほど熱くなることにびっくりしました。
あまりにも熱いその涙を感じながら牧師も思わず一緒に大声を出した泣きました。

暫くして落ち着いた時彼女は牧師に聞きました。
”先生は何をしている方ですか。”
牧師は自分はイエスの言葉を人々に伝える人ですと答えました。
すると彼女は”イエスは何ですか”と聞きました。
”イエス様は私たちを癒して死なせないようにする方です。”と答えました。
長い沈黙の後彼女はこのように質問しました。
”先生、私みたいな者でもその方を知ることが出来ますか。”
”もちろんです。”と素早く牧師は答えました。
しかし、”どうやって”と続いた彼女の質問に牧師はその答えに困りました。

教会のない、聖書もないところで限られた時間にどのようにして
イエス様を伝えるべきか悩みました。
暫く考えてから牧師はこのように答えました。
”お婆さん、心の中の話したいことを全部話しなさい。
そして、イエス様のお名前でお祈りしますと言うと神様が聞いて答えてくださいます。”

それでその場所を離れようとしました。
すると彼女が言いました。
”先生、いつまた来られますか。”
あまりにも酷い状況で二度とその施設に来たい気にはなりませんでした。
しかし、仕方なく”また機会があれば来ます。”と答えました。

その施設を離れる時牧師はあまりにも酷い彼らの状況を何とか助けたい気持ちで
自分が持っていたお金をすべてその施設に捧げました。
それから6か月に過ぎました。
どうしても中国のハンセン病患者たちのことが気になり
牧師はまたその施設を訪問しました。
しかし、悲しいことに牧師が来る5日前にそのお婆さんはこの世を去ったのです。

悲しさに胸を打たれて施設を出ようとする牧師に向かって
中国人の患者たちが群がってくるのです。
”イエス、イエス”と口を揃えて叫ぶ彼らの話を聞きました。
6か月前に牧師と出会ってからそのお婆さんの人生は完全に変わりました。

彼女は他のハンセン病患者に言っていたのです。
”私はハンセン病患者じゃない。私はもうイエス様を知っているから
ハンセン病患者じゃない。”
そして、彼女が死ぬ前に残した言葉はこうです。
”私は死ぬのではない。私はイエス様と共に故郷に帰る。
私をもうハンセン病患者だと呼ばないで。”

ハンセン病という病気にかかり愛する家族と無理矢理引き離された
14歳の少女を思います。
動物よりひどい扱いを受けながら毎日のようにお母さんに会いたがった
若い女の子を思います。
病気が進んで行く中で体はどんどん不便になっていきいつの間にか
年寄りになっていた女の人を思います。

彼女の心の中に積もっていた深い悲しみと切なさと怒りや嘆きを思います。
もしかして、人生に絶望してこの世を恨んで最後を迎えたかも知れない彼女の人生を、、
しかし、彼女は人生の6か月間イエス様の子供として生き本当の故郷である
神様の元へ旅立ちました。

エペソ3章12節にはこのように書かれています。
「わたしたちはこのキリストにありキリストを信じる信仰によって
大胆に確信をもって神に近づくことが出来るのです。」
教会もない所で聖書も読んだことのない一人のハンセン病患者を救ったのでは
何でしょうか。それはイエス様の名前で捧げた祈りでした。

祈りとは何でしょうか。それは神様との対話です。
父なる神様に私たちの心を捧げることです。
それは美しく飾られた詩のようなものではなくてもかまいません。
無学な人でも幼い子供でも出来るものです。
ただ自分の心に素直に従い語る言葉で十分なのです。

私たちの罪のためにイエス様は尊い血を流しました。
そのイエス様のお蔭で私たちは神様の所に自由に行くことが出来ました。
罪からくる障壁がなくなったからです。
イエス様の名によって祈るとき神様はその祈りに答えてくださいます。

ヨハネの福音書16章23節、24節にはこのように書かれています。
「その日にはあなたがたはもはや、私に何も訪ねません。
誠に、まことに、あなた方に告げます。
あなた方が父に求めることは何でも、父は私の名によってそれを
あなた方にお与えになります。あなた方は今まで、何も私の名によって
求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。
それはあなた方の喜びが満ち満ちたものとなるためです。」

イエス様は自分の名前で神様に求めなさいと言いました。
神は罪びとのいう事はお聞きになりません。
罪が私たちを神様から遮っているからです。
それを無くしてくださったのがイエス様の十字架です。

イエス様が私たちの罪の代価を払ってくださったのです。
そのおかげで私たちはイエスのその犠牲を通して神様の子になることが出来ました。
イエスを信じその御心を行う人なら誰でもその人のいう事を
聞いてくださると聖書は語っています。私たちのお父さんになってくださった神様に
子供のように素直に自分をさらけ出すこと、それが祈りです。

聖書にはイエス様によって叶えられた多くの祈りの答えや奇跡の話が書かれています。
五つのパンと二匹の魚で数千人の人々を食べさせた話や死人の蘇りまで
信じられない多くの不思議な話があります。
それは果たして聖書の中の物語で終わっているのでしょうか。
いいえ、その奇跡は今も起きています。

ヨハネの福音書16章23節でイエス様は私たちに約束しました。
「あなたがたが父に求めることは何でも父は、私の名によって
それをあなた方にお与えになります。」
イエス様の名前で求める祈りには力があります。
求めなさい、そうすれば受けるのですとイエス様ははっきりと約束しています。

今、あなたには何が必要ですか。
心から切に求めているものがありますか。
自分からはどうしても叶えられないもので絶望していますか。
どうか、神様に祈りを捧げてください。
イエスの名で求めてください。
神を敬い、その御心を行うなら神様はその祈りに答えてくださいます。
  

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2013年09月10日

説教ー献金について

説教ー献金について
宣教師の留守の間2回の説教を無事にこなすことが出来ました。
今回は3回目の説教です。
あと1回で解放されるのでほっとしています。
例話のない説教で30分を語るのはなかなか大変な事です。
もっと聖書を深く勉強して神様が人々に語りたい内容を伝えなければなりません。

それではルカの福音書2章1節から4節までをお読みします。
「さて、イエスが目をあげてご覧になると、金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れていた。
また、ある貧しいやもめがそこにレプタ銅貨二つを投げ入れているのをご覧になった。
それでイエスは言われた。
私は真実をあなた方に告げます。
この貧しいやもめはどの人よりもたくさん投げ入れました。
皆は有り余る中から献金を投げ入れたのにこの女は
乏しい中から持っていた生活費全部を投げ入れたからです。」

今日の説教の主題は献金についてです。
献金という言葉を辞典で探してみると恩恵を受けたことに対して
神への感謝として捧げる金銭を指すと書かれていました。
韓国の教会は説教の中でも結構献金の話や勧めをします。
またキリスト教について何も知らない人が教会に来ると
礼拝とは別に時間を取り教会生活について教えます。
罪や贖い、十字架、礼拝など色々な学びの中で十分の一などの献金についても学びます。

組織がしっかり形成されている教会なら知らなかったという理由で
十分の一の献金をしなかった人はいないと思います。
知らないからではなく神様に捧げる気持ちと感謝が無いからできないのです。
韓国の教会とは違って日本の教会では献金を促すことや
強要するように取られる説教はほとんどしないと聞きました。

10年以上通っていた日本の教会で十分の一の献金について学んだことのない
信者さんの話を聞いたことがあります。
長い間その人は火の車のような生活をしていました。
ある時十分の一の献金について学ぶ機会がありました。

マラ記3章8節から12節までをお読みします。
「人は神のものを盗むことが出来ようか。
ところが、あなた方は私のものを盗んでいる。
しかも、あなた方は言う。
どのようにして私たちはあなたのものを盗んだでしょうか。
それは十分の一の献金と奉納物によってである。
あなた方は呪いを受けている。
あなた方が私のものを盗んでいる。
この民全体が盗んでいる。
十分の一をことごとく、宝物蔵に携えてきて私の家の食物とせよ。
こうして私を試してみよ。
ー万軍の主は仰せられるー
私があなたがたのために天の窓を開きあふれるばかりの祝福を
あなた方に注ぐかどうかを試してみよ。
私はあなた方のためにイナゴをしかってあなた方の土地の産物を滅ぼさないようにし
畑のぶどうの木が不作とならないようにする。
ー万軍の主は仰せられるー
すべての国民はあなた方を幸せ者というようになる。
あなた方が喜びの地となるからだと万軍の主は仰せられる。」

このマラキ書の言葉を信じたその人は生まれて初めて十分の一の献金を捧げました。
十分の一の献金を捧げる生活が始まり数か月が過ぎたときその人はびっくりしたのです。
不思議と自分の経済が安定していたのです。
聖書は神様を疑ったり試みたりすることを厳しく禁じています。
しかし、このマラキ書には二度も神様を試してみよと神様自ら進めているのです。

「天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなた方に注ぐ」と約束しているのです。
しかし、私たちは目に見えない神様の祝福よりは自分が今手にしている
お金を手放そうとはしないのです。

お金や富に対する人々の欲は神様より大きいのです。
そのことについてマタイの福音書6章24節で語っています。
「だれも二人の主人に仕えることはできません。
一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。
あなた方は神にも仕え、また富にも仕える事はできません。」

神様は私たちに天に宝を蓄えなさいと語っています。
そして、天に宝を蓄えることの一つが神様に捧げる献金なのです。
マタイの福音書6章20節から21節にはこのように書かれています。
「自分の宝は天に貯えなさい。そこでは虫もさびもつかず
盗人が穴を明けて盗むこともありません。
貴方の宝のあるところにあなたの心もあるからです。」

人々が使う時間、人々が使う金の使い道を通して
その人が何を大事に思っているのかがわかります。
煙草や薬物を吸うことに人生をかける人は何よりもそれを優先的に買うでしょう。
ある人は自分の大好きなアイドル歌手のためなら惜しまずにお金を使うかもしれません。
お酒が好きな人で酒代はいくらでも出しても自分の子供の薬代はけちる人を
見たこともあります。

自分が重んじる物や人に人々は惜しまずにお金や時間そして努力を捧げます。
まさにその人の心と関心が行動を通して現れるのです。
自分を育ててくれた親には1年に1回も電話を掛けない人がいます。
しかし、そのような人でも自分の恋人には1日に何回も電話を掛けるかもしれません。

創世記1章には神様がこの世を造った様子が詳しく書かれています。
光から始まり最後に人間を造った神様は創世記1章28節と29節に
このように書かれています。
「神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。
埋めよ、ふえよ、地を満たせ、地を従えよ。海の魚、空の取、
地を這うすべての生き物を支配せよ。
神は仰せられた。見よ、わたしは全地の上にあって種を持つすべての草と
種を持って実を結ぶすべての木をあなた方に与える。
それがあなた方の食物となる。」

神様は自分が造ったこの世のすべての支配権を私たち人間に与えてくださいました。
そして、自分が造ったもので私たちを養ってくださっています。
お金で買えない多くの良いものはすべて神様が私たちに無償の愛で与えているものです。
綺麗な空気をきれいな水を海の豊富な海産物や魚を人間の力では絶対に造れません。

時に適って降らせてくれる雨によって私たちは生きることが出来ます。
季節ごとに実らせてくれる穀物を見て神様の恵みを感じます。
畑に種をまくことは人間が出来ます。しかし、育てることは神様です。
そのことを私たちは日々意識して感謝しているでしょうか。

自分が稼いだお金だから自分のものと主張する人がいるかもしれません。
しかし、そのお金さえ健康を守ってくださった神様の恵みです。
神様がいるから手に入っているのです。

天才的な科学者が目に見えないウィルスのせいで脳の機能が麻痺したりします。
そして一瞬にして知的障碍者になったりします。
私たち人間はあまりにも無力な存在です。
日々の生活の中でこの世のすべてのものを動かして私たちを生かしてくださる
神様がいるから私たちは平安な時間を過ごすことが出来るのです。

規則正しく動く太陽や月は誰がそれを動かしているのでしょうか。
また、神様が造った境界線を守る海で海岸沿いの人々は安心して過ごすことが出来ます。
毎年日本を訪れる台風さえも驚く神様の計画の中で行われていることを知っていますか。
台風のお蔭で海の中がきれいに掃除されもっと豊富な海産物が取れるという話を
読んだことがあります。

2年前の福島の地震と津波で東北地方は大きな打撃を受けました。
その時ごみの山のようになったその地域に異常発生したハエで
避難生活をしていた人々がすごく苦しめられたと聞きました。
しかし、今振りがえってみるとその時、発生したハエがごみの山をきれいに分解して
自然に戻す大きな働きをしたと語っていました。
避難所近くでは人々のためにハエの駆除作業をした結果ごみの分解が遅れ
結局自然に戻されなかったごみを莫大なお金をかけて処理しなければならないと
言っていました。

時には不便で時には悲劇のもとになる多くの自然災害にも
もしかして、私たちのための神様の素晴らしい計画があるかもしれません。

今、この瞬間私たちは元気な姿で礼拝を捧げています。
自転車で1時間10分の道のりの中守ってくださった神様がいるから
無事に教会に着くことが出来ました。

日々、私たちは目に見えない多くの危険にさらされています。
しかし、私たちを守ってくださる神様によって今日この瞬間があるのです。
毎日、私たちの体には癌細胞が造られると聞きました。
しかし、それをやっつけて癌にならないように守ってくださるから
今私たちは元気な体でいるのです。

献金とは恩恵を受けたことに対して神様に感謝として捧げる金銭です。
献金は神様に感謝の気持ちを表すものです。
ルカの福音書21章には2種類の人が登場します。
一つは金持ちたち、そしてもう一つは貧しいやもめです。
イエス様はこの二つの種類の人々が献金を捧げている様子を見ていました。
そして、人々に言いました。
多くの献金をした金持ちよりレプタ銅貨二つを入れた貧しいやもめの献金の方が
神様にはもっと喜ばれたとイエス様は語っています。

レプタは貨幣の内で最少の銅貨です。
レプタ銅貨二つは当時ローマの銭湯1回の入場料だったと言われています。
片方は有り余る中から献金をした金持ちたちがいます。
しかし、片方は乏しい中から持っていた生活費の全部をささげたやもめがいます。

人々の目には金持ちの献金がもっと目に付いたかもしれません。
しかし、イエス様は貧しいやもめのその心を喜んでいたのです。
乏しい生活の中で持っていたわずかな生活費を全部捧げたやもめの信仰を褒めていました。

今も人々の中では人の目を意識してまたは面目を保つために
または惜しい気持ちで献金を捧げている人がいるかもしれません。
しかし、その献金が僅かであっても神様を喜ばすことが出来ます。
この世のすべてを造りこの世を治めている神様は私たちが進んで喜んで捧げる
献金を求めているのです。

第一サムエル16章7節にも神様は語っています。
「人はうわべを見るが主は心を見る。」
献金の金額よりもそこに籠っている気持ちを見ると神様は言っています。
しかし、現在一部の教会では献金の金額で人々を差別する悲しいことが起きています。
それこそ、信者たちを正しく教え導く牧師が悔い改めなければならない大きな罪です。

献金は神様に捧げる自分の感謝の気持ちです。
感謝の気持ちが強くなればそれは色々な形で現れると思います。
まず初めに礼拝、そして献金または教会の奉仕や伝道に至るまで様々です。

貴方の宝のあるところにあなたの心もあると聖書は警告しています。
果たして自分は何処に重みを置いているか正直に自分に問いかけてください。
神様より優先になっているそのものがもうすでに
その人の心の中で偶像になっているのです。

最後に十分の一の献金が出来る信仰生活を守ってください。
韓国でも数十人から数千人の教会に至るまで実際に
十分の一の献金を正しく守っている人々は少ないと聞きました。
外車を乗り回して教会の役員になっている人でさえ正しい十分の一の献金を
捧げてないという悲しい話を聞いたこともあります。
そのような人々に神様は自分の物を盗んでいると言っているのです。

ただしくない十分の一の献金を神様は厳しく指摘しています。
神様の物を盗んでいて呪いを受けていると言っているのです。
教会にする献金に神様に捧げる献金にけちる人がいます。
しかし、そんな生活をしていてもあまり余裕のない生活をしたりします。
それはなぜでしょうか。
それは神様が彼らの生活の中で知らないうちに漏れていく色々なものを
守ってくださらないからです。

マラキ書3章11節にはこのように語られています。
「私はあなた方のためにイナゴをしかってあなた方の土地の産物を滅ぼさないようにし
畑のぶどうの木が不作とならないようにする。」
当時のイスラエルの生活の土台で有った土地の産物を畑のぶどうの木を
神様が守ってくださったから彼らは平安な日々を過ごすことが出来ました。

いくら稼いてもそれを守ってくださる神様がいないとその富は漏れていきます。
病気になると一瞬にして経済が傾けます。
私たちを幸せ者にし富ませ、元気にさせるすべての良いものが神様の手にあります。
私たちが感謝を持って捧げる礼拝、私たちが感謝を持って捧げる献金、
私たちが感謝を持って捧げる奉仕、私たちが感謝を持って行う伝道を
神様は喜んで受け入れてくださるのです。

それではマラキ書3章10節を共に読んで終わります。
「十分の一をことごとく、宝物蔵に携えてきて私の家の食物とせよ。
こうして私を試してみよ。
ー万軍の主は仰せられるー
私があなたがたのために天の窓を開きあふれるばかりの祝福を
あなた方に注ぐかどうかを試してみよ。」
  

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2013年08月28日

真の礼拝者たち

説教ー礼拝について(真の礼拝者たち)
神学校の2年間慣れない神学用語を使って説教を語ったことがあります。
日常生活の日本語はあまり不自由しませんでした。
しかし、韓国語でもなかなか読んだことのない聖書を使い
日本語で書いて説教をすることは大変な作業でした。

3か月の間に2,3回の説教の原稿を書くたび例話を集めたり書いた原稿を
教会の先生に見せて直したりと毎回人々を巻き込む大事件でした。
1か月に1回の説教でひーひしていた私が4週間連続で説教を語る使命を任されました。
今回は礼拝についてです。

私たちの教会では礼拝の度に告白する言葉があります。
それはヨハネの福音書4章24節です。
「神は霊ですから、神を礼拝するものは霊と誠によって礼拝しなければなりません。」
この御言葉は宣教師が礼拝に対する自分の信仰の告白として捧げる御言葉です。

私が卒業した神学校は原則学院生は寮生活でした。
けれども、春、夏、冬の休みの期間は寮で生活することが出来ませんでした。
そして、毎回学期が終わると韓国に帰りました。
海を渡る8時間がかる旅行は毎回疲れました。
しかし、会いたい家族がいるから旅の疲れに耐えることが出来ました。

1か月から2か月の休みにはいつも母と二人で近くの教会に行きました。
数千人の信者さんが集まるその教会は大画面のテレビで礼拝を流していました。
前の席や講壇の近くに座っている人は先生や司会者または聖歌隊の様子を
見ることが出来ます。

しかし、広い会堂の後ろにいる人々は礼拝の様子がほとんど見えません。
そして、所々設置されているテレビ画面を見て礼拝に参加するのです。
テレビがつけられているのは大きな柱です。
日本のように長くても1時間や2時間かかる礼拝ではなく3時間近く座りっぱなしの礼拝です。
その長い礼拝のせいか時々気に障る人々の礼拝の姿があります。

一つは眠っている人、もう一つは携帯をずっといじっている人です。
時には礼拝の中で騒がしく鳴り響く携帯のベルが人々を苛立たせます。
もっと驚いたことは礼拝の途中で携帯で通話をしている人のことです。

周りで起きている様々な人々の行動を見ながら私は幾度も自分に問いかけました。
これが本当に神様に喜ばれる礼拝者の姿なのか
人々に会うときも私たちは目の前にいる人々に真剣に接します。
人々の目をしっかり見て相手の話に耳を傾けます。
時には相槌を打ったり自分の意見を言って反応を示します。
目の前にいる人を尊重してそれを態度で示すのです。

前にある人と会う約束をして一緒に時間を過ごしたことがあります。
二人で話している途中相手の人はずっと形態を触っていました。
その様子を見てあまりいい気分にはなりませんでした。
相手が見えない電話の時もたまに感じることがあります。
相手が向こうで何か気を取られているときはそれがそのまま伝わってきます。

一人の成功したある人物の証を聞いてとても感心したことがあります。
それは上司や大事な客との話に臨む時の彼の態度でした。
自分の上司に大事な報告をしに上司の部屋に入るとき彼はいつも形態の電源を切り
バッテリーまで外したといったのです。

本当に心から愛してまた尊敬している人と時間を過ごすとき私たちはどのような
態度を取るでしょうか。
果たしてその大事な時間を居眠りや携帯を触ることで無駄にするでしょうか。

隣にある地図のうえでは点にひとしい存在感のない国が韓国です。
今は二つに分かれてもっと小さくなっている国、しかしそのような国の最高人物で
ある大統領に会う時さえ数回の調べを受けてやっと会えることが出来ると聞きました。

ただ数年の任期の間過ごす権力の座にいる一人の人物に会うことに
人々はあまりにも感激したり栄光として思います。
大統領の官邸に招待されただけでも人々ははしゃいだりします。
そのような栄光に思う人に会ったとき人々はその大事な時間を無駄に過ごすでしょうか。
それでは、私たちが毎週日曜日、または水曜や金曜日など教会で行われる礼拝は
誰と過ごす誰に捧げる時間でしょうか。

皆さんにとって礼拝はただ賛美を歌ったり牧師の説教を聞いたり
祈りをする時間として思っているでしょうか。
礼拝は罪びとから贖ってくださった私たちの創造主である神様に捧げる
神様と私たちのとても大事な出会いの時間です。

マタイの福音書27章50節から51節にはこのように書かれています。
「この時イエスはもう一度尾大声で叫んで息を引き取られた。
すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き
岩が裂けた。」
この箇所はイエス様が十字架に掛かって死んだ時に起きたことについて書かれています。
人類の先祖であるアダムとエバの背きにより人類は罪びとになりました。
そして、その罪により私たちは神様と永遠に離れて生きる存在になりました。
そんな私たちが向かうところは永遠の死、地獄でした。

しかし、神様はそのような私たちをあまりにも不憫に思い
仲裁者としてイエス様を送ってくださったのです。
イエス様が十字架の上で私たちの背きの罪を贖って裁きを受けたとき神殿の幕が
真っ二つに裂けました。
神様の所へ向かう道が開かれたのです。

旧約時代には人々は自由に神様の前に出入りすることが出来ませんでした。
アロンという選ばれた祭司の子孫たちが人々の罪を贖う捧げものを持って
神様の所に出ることが出来ました。

羊や牛または他に血を流す動物の上に自分の犯した罪を乗せて捧げる礼拝は
少しの過ちがあってもそれを捧げる祭司が命を失うほどの恐ろしいものでした。
しかし、2千年前イエス様がこの世に来られ自分の体を持って一回の生きた
捧げものによりそのすべての血による捧げものを終わらせたのです。

今は人々は神様に捧げる動物を持ってくるのではなくイエス様の救いに感謝する喜びと
感動を持って礼拝に来ます。
日々の生活の中で必要なすべての良いものを与えてくださった神様に
罪から救われた喜びと感謝をささげるのが礼拝なのです。

詩編103篇2節にはこのように書かれています。
「わが魂よ、主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
詩編の著者は主の良くしてくださったことを何一つ忘れるなと言っています。
悪人さえも恵みの雨を降らす神様は私たちに
すべての良いもので満たしてくださっています。

健康を守ってくださるから私たちは今日も生きて
自分の思いのままの生活をすることが出来ます。
朝、目を覚ました時今日の命の時間を私たちに与えてくださった神様に
感謝しなければなりません。

一秒後のことも知らない私たちを神様は眠ることもなくまどろむこともなく
守っていると聖書あは書いています。
すべての良いものは神様から与えられています。
そして、一番大事なことは罪により死ぬべき私たちを
永遠の滅びから救ってくださったのです。

返せない莫大な借金をある人が代わりに返してくれたお蔭で命が助かったとしましょう。
普通の人なら命の恩人にどれほど感謝するでしょうか。
そして、本当に感謝の気持ちがあるならそれは態度で現れるのです。
その命の恩人にもし会うことが出来たとき人は果たしてほかのことに夢中になり
命の恩人を疎かにするでしょうか。

第一サムエル記16章7節にはこのように書かれています。
「しかし、主はサムエルに仰せられた。彼の容貌や背の高さを見てはならない。
私は彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。
人はうわべを見るが種は心を見る。」
この箇所はサムエルという預言者が神様の命令に従いイスラエルの王になる人を
選びにベツレヘムという町を訪れたときの話です。

長い間王のいない生活をしていたイスラエルの民は
自分の上で立って治めてくれる王を求めました。
そして、神様の導きでサムエルはエッサイの息子たちに会います。
8人もの息子の中でサムエルは自分の目で判断してこの人が王ではないかと決めつけます。
そんな彼に神様は人はうわべを見るが主である神様は心を見ると語りました。

私たちは相手の心が見えません。それで目に見える人々の服装や表情
そして言葉に惑わされます。
しかし、すべてを造り知っておられる神様は何よりもその人の心を重んじるのです。

ここで私たちは自分たちに問いかけてみたいのです。
私は今日果たして真心を持って礼拝に臨んでいるのかと。
どんなに立派な服装で滑らかな言葉で祈り笑みを持って礼拝の場で座っていても
心が神様に向けられてないとき、その礼拝は神様に喜ばれる受け入れられる
礼拝にはなりません。
ただ形だけの形式で習慣的な宗教行為にすぎません。

礼拝を軽んじている多くの人々の態度は神様、いいえ
周りで見ている私たちまで不愉快にさせるのです。
心の伴っていない礼拝、人を意識して行う献金、いつまでも罪の中で
留まっている生活、そのようなすべてを改めない限り私たちが捧げる礼拝は
絶対に神様によろこばれません。

私たちを取り巻く環境は著しくまた激しく変化しています。
そして、その変化はますます人々を忙しくし罪への生活に誘惑しています。
今世の中は不法が蔓延り人々から愛が冷めている時代です。

約2千年前バプテスマのヨハネは言いました。
「悔い改めなさい、天の御国が近づいたから」
そして、イエス様も同じく人々に語ったのです。
私たちは確実に終わりの時、主の再臨の時をまじかに控えていない。

私たちは果たしてこの2千年前の切なる訴えに耳を傾けているでしょうか。
大いなる艱難の中で私たちの信仰を試される時がますます迫ってきています。
自由に伝道できる日が自由に教会で礼拝をささげられる日がそんなに長く
許されてないかもしれません。

私たちが捧げる今日の礼拝がもしかして最後の礼拝になるかもしれません。
その時私たちは何より大事な神様に集中しないでしょうか。
私たちは明日のことはわかりません。
確実に私たちが持っている時間は今のこの時間です。
その大事な時間を本当に真心を持って神様に礼拝を捧げていますか。

ヨハネの福音書4章23節ではこのように書かれています。
「しかし、真の礼拝者たちが霊と誠によって父を礼拝するときが来ます。
今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。」
どうか、私たちが神様が探し求めている真の礼拝者であることを心から望みます。
  

Posted by 青い鳥 at 09:12Comments(0)説教