2011年07月25日

いつも遅れた少年

いつも遅れた少年

パソコン教室に通い始めてから毎日10冊の英語の絵本を読んでいます。
いままで300冊以上の絵本を読みました。

ほとんど簡単な文でできている絵本です。
書かれた内容の英語も面白いのですが、
色合いの優れた綺麗な絵を見るのがもっと楽しいです。

たまにレベルを上げて難しい本を借りてみるのですが
まだまだ歯が立たない状態です。
期待より実力はほとんど付いてないようです。

英語の語彙の壁は厚いのです。
しかし、英語を勉強する気持ちではなく英語の本を楽しめる気持ちで
自分自身を慰めています。

絵本のイメージは子供のために書かれていると思っていたのですが
たまにとても考えさせられる本に出会うときは
数日間その絵本から受けた思いが消えないときもあります。

”いつも遅れた少年”は私なりに訳した題名で
思いをめぐらしながら5,6回も繰り返し読んだ絵本です。

少ないペーしに書かれたやさしい英語の短い文章の中に隠された
深い作家のメッセージを聞きながら心の中が重く沈みました。

この世に生まれた子供たちは遅かれ早かれ
自分が所属した社会を学ぶために学びの旅に出ます。

この絵本にはそのような子供たちの中の一人が経験した
話が描かれています。

主人公の男の子はいつも授業に遅れました。
ある時はライオンのせいで
ある時はわにのせいで
ある時は激流のせいでした。

学びに行く道にはとてもすばらしい世界が広がっていました。
しかし豊かな想像力を持っていた少年を待っていたのは
厳しい先生の体罰だけでした。

”うそをつきません”という文章を200回ノートに書かせたり
教室の片隅に立たせられ何百回も同じ文を言わせたり
数多くの懲らしめの後少年はやっと遅れずに時間内に到着しました。

「」その日にはどんなことも起こらなかった」と書いている文を読んだときは
心が痛くなりました。

少年から豊かな感受性の想像力が完全に消えて行ったのです。
この絵本のページを何度もめぐらしながら
私は心から自分を反省しました。

特に時間に厳しい私ももしかして絵本の先生のように
同じ過ちを犯したかもしれません。

ただ規則や広義を優先するあまり
もっと大事なところを見逃していたかもしれません。

もしも鈍感な鈍い神経の人々から知らぬ間に
傷ついた純粋な魂があるならどうか哀れみをもって許してくれるように。

新たなる希望を持ってまた学びの道に旅立った主人公の少年のように
想像力を失い、傷ついていた人々が今度は
本当にすばらしい学びの道を歩めるよう心から祈ります。


  

Posted by 青い鳥 at 13:58Comments(0)

2011年07月22日

主のために生きる人生

主のために生きる人生

パソコン教室も終わりに近づいています。

せっかく知り合った人々がもっと親睦を深めるためにと
会食の話が持ち上がりましたが水曜日の礼拝があるので
誘惑を振り払って礼拝に参加しました。

私のクラスは学びに夢中の優等生ばかりですので
あまり人々の交流がありません。
休み時間まで練習している人ばかりです。

それで食事をしながらお互いを知る機会を持つための企画でした。
新しい場所でおいしい食事をしながら人々と交流することはうれしいことですが
お酒の好きな人々と交わるのは苦手なので断りました。

一人夕食をとってからやっと晴れた天気で
また台風の影響で涼しく吹く風の中で
教会に向かいました。

引越ししてから行き始めた今の教会は毎年夏、リバイバル聖会を開きます。
車で1時間半ぐらいのところにある祈祷院で開かれる聖会には
全国から集まった人々で毎年にぎわいます。

その聖会の主なメッセンジャとして主任牧師が出席しているので
水曜礼拝は衛星で送られる礼拝放送を大型テレビ画面を見ながら行われました。

普段も礼拝堂が大きすぎて講壇のすぐ近くに座っている人以外は
ほとんどの人たちが二つの大きな画面と4つの小さい画面に
移る主任牧師の顔を見るだけです。

家から歩いて10分ぐらい離れている教会は大型教会で
毎年3千以上の人が教会に登録しているそうです。

日曜日の礼拝だけで4回に分けて行われています。
今年からは毎日夜の2時間の祈祷会が始まりました。

礼拝が始まる前に少なくて30分あるいは1時間の賛美を持って
礼拝をささげるとても変わった教会です。

祈祷院で行われる牧師先生の説教はいつもよりもっと力が入っていました。
普段の教会での説教でものどが破れるほどいつも大きな声で
メッセージを語る先生です。

この説教が最後の説教だという気持ちで語っていると
いつも告白している先生です。

救いについて天国への道、永遠の命について切に訴えている牧師の説教を聴くたびに
永遠の時のために生きることがどれほど大事なのかを身にしみて感じます。

しかし、行動まで移さないでいる弱い私がいます。
信仰熱心な母にいつも怒られながらも相変わらず厚く燃えない私です。

食するときも寝るときも全てのことが主のために、主の栄光のために生きることが
どれほどすばらしいことかを血を吐くように熱心に語る牧師先生の姿を見ながら
胸が熱くなるのを感じました。

中途半端な生活の末、永遠の命さえ得られないならば
それこそ取り戻せない悲劇で悲惨なことです。

日々、私は果たして主の栄光のために主のために実際に生きているのか?
もしも誤って生きているなら悟らせるように切に祈っています。







  

Posted by 青い鳥 at 13:50Comments(0)

2011年07月21日

梅雨明け

梅雨明け

長い長い梅雨がやっと明けました。
ノアの洪水を思い浮かぶほど連日降り続けた雨で
部屋の中はあっちこっち雨漏りでカビが入っています。

あまりにも毎日降り続ける雨に疲れた母は
”雨はもううんざりだわ。お日様がほしい。”と呟いていました。

梅雨が明けると今度は猛暑が始まりました。
30度を超える日照りの中で農作業に出かけた年寄りが数人命を失いました。

梅雨のときは傘を今は日笠をさしてパソコン教室に行っているのですが
日照りで熱くなった地熱と自動車の排気ガスーですごい暑さです。   

パソコン教室もそろそろ終わりに近づいてきました。
最初は20人定員で始まりましたが最近はいろいろな事情で
多くては15人、少ないときは7人ほど集まります。

授業で使う教材は3冊目の本が終わり今は634ページの分厚い教材を学んでいます。
あまりにも重く肩が痛くなったので二日だけ教室に持っていったきり
家の本棚に預けたままです。

4時間の授業には休み時間も入っているのですが
ほとんど休まずみんな一生懸命にパソコンで練習しています。

同じ階で3つの教室が開いています。
税務会計やほかの教室の受講生たちは休み時間に
廊下でコーヒを飲んだりわいわい騒いでいます。

自動販売機の前に群がり楽しい話で笑い声が響くときもよくあります。
しかし、私のクラスは優等生たちの集まりで誘惑に負けず
講師の勧めにも構わず熱心です。

すばらしいおばさんたち!

時々パソコン授業ではない特別講義が入ります。
就職に必要な心構えや履歴書、自己紹介書の書き方、
面接のときいい印象を与えるための細かい注意事項なども学びました。

模擬面接の時間には2人づつ実際に練習をして
みんなから評価を聞き、助言を与える時間もありました。
練習だと知りながらもやっぱり緊張してしまいます。

パソコン教室も残りわずか2週間になりました。
梅雨の中、としゃぶりの雨にも負けず日照りの中で
通い続けたこの学びが活かされてよい道に導かれるよう祈っています。





  

Posted by 青い鳥 at 14:05Comments(0)

2011年07月13日

雨の日に

雨の日に

今年は特に雨がよく降っています。
雷とともに来るにわか雨や小雨までいろいろなバージョンの雨です。

湿気があり少し動いただけが汗びっしょりになります。
雨の日が大嫌いな私には毎日がいやな気持ちでした。

しかしこの前の日曜日の朝、教会に向かう道端で見た風景で
そんな自分を大いに反省しました。

風が強く降る雨の日の朝でした。
教会の礼拝に参加するために急ぎました。

大きな傘を差しているけれど風が強くいつの間にか
服もだいぶぬれてきました。

文句を言いたい気持ちで歩いている私の目に
とてもすばらしい眺めが入りました。

団地の花壇に植えられている花や食物たちが
雨の中で腕を伸ばして喜びの声を上げていました。

今にもどこかへ飛んで行きたいように生き生きした様子で
雨のシャーわをわびていました。

目を留めて見ている私にもその喜びが伝わってくるのです。
毎日の生活の中でいろいろな天気に文句をつけてきました。
特に雨の日はいつもいやでした。

その反面、雨が降る日はあまりにもうれしくていつも散歩に出ると
告白していた友達がいました。
そのとき、私にはその言葉が理解できなかったのです。

しかし、青々した木の葉や植物の喜びを発見したとき
彼女の気持ちに同感できました。

夏になるといつも招かざる客が訪れてきます。
それは台風です。

しかし、私たちが嫌がるその台風までも神様のすばらしい計画と目的があることを
「希望の声」という本で読みました。

台風の働きは汚くなった海をきれいに掃除してくれるから
もっと豊かな海産物が取れると書いていました。

天気の日は動物たちが雨の日は植物が喜びます。
すべての天気がそれぞれ神様のすばらしい目的の中で
与えられる神様の恵みであることを心から悟りました。

すべての日は天国の日であると毎日のように告白している
院長先生の言葉を思い出します。

私の嫌いな雨の日も誰かには喜びになる日だったのですね。
久しぶりに叫びたくなりました。

今日もまたすばらしい天国の日です。
なんだかとても懐かしい響き。

皆さんにも毎日が天国の1日でなるよう心から祈ります。


  

Posted by 青い鳥 at 13:57Comments(0)