2012年09月19日

ヨナ書から見た神様

ヨナ書から見た神様
全4章のヨナ書は分かりにくい旧約聖書のほかの預言書よりはとても分かりやすく
教会学校の子供たちも楽しく学べるところです。
ヨナはイスラエルがヤロブアム2世の治世であった期間の預言者でその名前は”はと”という意味です。
そして、同時代に活躍した預言者はイスラエルに対して予言をしたアモスです。

ヨナ書は強力な国になりつつあったアッシリヤという国の首都、ニネベの町に出された
神様の予言にまつわるヨナの行動が書かれています。
神はヨナを召してニネベの民に悪事をやめなければ滅びますという神の言葉を伝えるように言いました。
しかし、アッシリヤはイスラエルの敵だったのでヨナは行きたくありませんでした。
それでヨナはニネベとは正反対のタルシシュ行きの船に乗り継ぎます。

けれども神様から逃れることはできませんでした。
ヨナを乗せた船が大嵐にあったのです。
そして、自分のせいだと感じたヨナは乗船者たちを救うために自分を犠牲にします。
しかし、神様は救いの道を備えていました。

大きな魚に飲み込まれたヨナは3日3晩魚の中で自分のそむきの罪を反省し神の助けを祈り求めました。
そして、神様はヨナの祈りを聞いてくださったのです。
魚のおなかから助け出されたヨナは今度は神の言葉に聞き従い
ニネベの町に行って神様の言葉を伝えます。

驚くことにニネベの人々は王様を始めすべての人々がヨナの言葉を聞いて悔い改めたのです。
そのニネベの人々の悔い改めの様子は徹底的でした。
ヨナ書3章7,8節ではこのように書かれています。
「王と大臣たちの命令によって次のような布告がニネベに出された。
人も獣も牛も羊もみな何も味わってはならない。
人も獣もあらぬのを身にまとい、ひたすら神にお願いしおのおの悪の道と暴虐な行いから立ち返れ。」

そしてこのようなニネベの人々の姿を見た神様はニネベを滅ぼすことを思い直しました。
その町を許したのです。
しかし、そのような神様の哀れみ深い心をヨナは喜びませんでした。
すねているヨナを神様はどうごまを通してどんなに悪い罪人さえも悔い改めるなら許してくれる
すばらしい神様の愛と哀れみを教えてくださったのです。

このヨナ書を通して私たちは四つのことを学ぶことができます。
一つ目は神は全世界の神であり、いかなる民でも悔い改めて
神に立ち返ることを望んでおられるということです。
ヨナ書の3章10節にはこのように書かれています。
「神は彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。
それで、神は彼らに下すといっておられた災いを思い直し、そうされなかった。」

二つ目は神に選ばれた預言者、イスラエル、教会は異邦人に対して宣教の責任を負っていることです。
宣教の責任を負っている人々は自分の感情や立場よりもまずはじめに神様の言葉に聞き従う
ことが求められることを常に覚えておく必要があります。

三つ目は神の命令を拒んだり、その勤めを捨てて逃げることは許されないことです。
神の命令を受けたものがその勤めを捨てて逃げようとしてもそれは絶対に不可能だと知ることができます。
そして、その一人のせいで周りの人々がまきこまれて大変なことになるのです。
タルシシュに向かっていた水夫たちはヨナのせいで身の危険や経済的な損失
または精神的な苦痛まで味わうことになるのです。

ヨナ書の1章5節には「水夫たちは恐れ、彼らはそれぞれ自分の神に向かって叫び、
船を軽くしようと船の積荷を海に投げ捨てた。」と書いています。
そして、1章の14節にはヨナの命の責任を逃れるためにこのように祈っています。
「どうか、この男の命のために私たちを滅ぼさないでください。
罪のないものの血を私たちに報いないでください。」

最後に3日3晩魚の腹にいてそこから生き返らされたヨナはキリストの型であり
ニネベの民は真の悔い改めの模範であることです。
ヨナ書を通して罪人の悔い改めにはいつも許してくださる情け深く哀れみ深い
神様を知ることができるのです。
  

Posted by 青い鳥 at 15:51Comments(0)

2012年09月19日

説教ー神の愛、許す愛

説教ー神の愛、許す愛
神学校卒業する前の3年の時書いた説教です。
いつも似たような内容になってしまうのでちょっと、、、

伝道集会に来られた皆さんを心から歓迎します。
私は今奈良県生駒市にある生駒聖書学院で学んでいる神学生です。
3月4日に卒業を控えている3年生です。

生駒聖書学院では主に聖書を学びその教えを人々に伝えるための訓練を受けています。
毎朝5時から始まる学院の生活は夜の10時半の消灯時間で一日の日程が終わります。
授業の時はスーツを着るのが義務つけられていて毎朝行うスーツ姿のラジオ体操や草刈は
今でも馴染めない風景です。

原則的に寮生活で家族寮と独身寮があります。
山の中間にある5,000坪の敷地は見晴らしがよく青く広がる空は見上げるだけで
最高に幸せな気分になります。
いつか時間があったらぜひ立ち寄ってください。

それでは第一ヨハネ4章16節をお読みしてから本論に入ります。
「私たちは私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。
愛のうちにいるものは神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。」

生駒で寮生活をしている私は毎週の礼拝を和歌山教会に来て捧げています。
土曜日の晩泊まって日曜日に学校に戻ります。
牧師先生の家で先生の家族と食事をともにしながら1週間のできことを話人生相談などをします。
たいてい自分の失敗談が多く楽しい時間をすごしています。

夕食が終わりいつも泊まる部屋で教会にある本棚から持ってきた
一冊の本を読んでいるうちにとても心に響く話がありました。

ヒットラの時代、ガス室で600万人のユダヤ人が殺されたといわれています。
そのとき、不思議なことで生き残ったコリーテンブムというポランド人の話です。
彼女は時計屋を経営していた父の四人の子供の末っ子でした。

ユダヤ人の迫害がひどかった時、彼女のお父さんは子供部屋の裏にある
秘密の部屋にユダヤ人を隠していました。
クローゼットの小さい戸の裏には7人から8人ぐらいの人が立てられる空間がありました。
しかし、誰かの密告により彼女と彼女のお姉さんのベップ、そして84歳のお父さんは
収容所に送られました。

年寄りのお父さんはまもなく死に彼女のお姉さんも病にかかり収容所でなくなりました。
お姉さんの死後1週間後に彼女は解放されました。
しかし、彼女が解放されてから1週間後彼女と同じ年の女性たちがすべてガス室で殺されたのです。
数年後彼女が再びその収容所を訪れたとき知ったことはささやかな書類上のミスによって
彼女は死を免れたのでした。

彼女はお父さんとお姉さんを殺し、死ぬほど自分を苦しめたドイツ人たちをなかなか許せませんでした。
しかしある日祈りの中で神様の声を聞きました。
罪責感で苦しめられているドイツ人たちに神様の許しを伝えるように言われたのです。
なかなか従えない気持ちで彼女はドイツ全国を回りながら神様の許しの愛を伝えました。
そして多くのドイツ人たちが神様の愛によって生きる力を得ました。

彼女が行く講演場にはいつも人々が彼女に握手を求めました。
ある日、講演が終わり握手を求めている人々を労わりながら歩いている彼女の体は強張りました。
収容所で彼女を死ぬほど苦しめた拷問官が握手を求めていたのです。

彼女は心の中で”絶対あの人を許しません”と思っていました。
その時です。”私はあなたのために死にました。私があの人を許したのであなたも許しなさい”という
神様の声を聞きました。
彼女は恐る恐る手を差し出しました。すると、彼女の心に驚くほどの平安と喜びが湧き上がったのです。
自分自身どうしても許せなかった憎むべきドイツ人の拷問間を許せるようにさせたのは神の愛でした。
彼女の心を平安で満たした神の愛について皆さんは知っていますか。

日本では毎年12月近くなると街角の店には華やかなツリーや楽しいクリスマスソングが流れています。
そして、クリスマスにはケーキを買って家族と過ごし恋人たちは楽しい時間を過ごします。
そのクリスマスこそ罪びとである私たち人間を許すために来られた神様、
イエスキリストの誕生を祝う日なのです。

人々は生まれてから人生を歩む中でいろいろな罪を犯します。
法律で定められた罪だけでなく心で思ったあらゆる悪い思いさえも神様の前では罪なのです。
そして神様の前では私たちは一人として正しい人はいないのです。
すべての人は罪人なのです。
そして罪人なる人間は神様との交わりを持つことができません。
神様は清い方だからです。

また、もっと大事なことはいつか必ず通る死の道で罪を持った人間は
誰一人神様のいる場所天国に入ることができません。
そんな人間をあまりにも愛した神様が人間の体で2千年前に
イスラエルのベツレヘムという町に生まれました。

イエスきりストこそ私たちの罪を許すために十字架にかかった救い主です。
このことを信じ受け入れるときあなたの罪は許されあなたは天国での永遠の命を得ることができます。
ぜひイエス様を信じ心に受け入れましょう。
  

Posted by 青い鳥 at 15:51Comments(0)説教

2012年09月19日

生と死の分かれ道

生と死の分かれ道
近くに図書館がありよく利用しています。
本館ではないので本の数は少ないです。
自分の好きな本はほぼ読んでしまったので今はパソコンで検索して
読みたい本を予約しています。

テレビ番組で興味を持った本があり予約しました。
長い間結構待ったされてからやっと図書館から連絡があり本を取りにいきました。
フランクルの夜と霧という本です。

アウシュヴィッツ駅から降ろされた千人以上のユダヤ人たちを待っていた
人間選別の話を読みながら本当に恐ろしいかったです。
持ってきたわずかな荷物さえも貨車に残しユダヤ人たちは
男女別々に一列になって一人の親衛隊の高級将校の前に歩いていきました。

彼は右肘を左手に支えて右手を掲げ人差し指をごく控えめにほんのわずか
あるときは左にある時は右に動かしたと書いています。
心あらずただ何度なく決めたその仕草によって一人の人間の人生が決まりました。

一方はガス室へ片方は労働のためにしばらく命が引き伸ばされたのです。
そして驚くことに貨車に乗ってきた90パーセントの人たちが
その日ガス室で殺されていったのです。

想像できないほど悲惨であまりにもむごい話を読みながら
私はあの時のユダヤ人たちには何の選択もできなかったけれど
今の私たちには選択の機会が与えられたことに感謝しました。
生き残れる機会と死への宣告が一人の人間に与えられていました。

しかし、私たちには自分で生と死の選択ができます。
この世のはかない短い人生においてもあの世の永遠の時間のことも
今、私は自分で決めることができることにどれほど感謝したことか。

救い主イエスを十字架につけた先祖の過ちの代価を
イスラエルの子孫たちは払わなければなりませんでした。
ひとつの過ちで起こされた多くの犠牲と悲しみの日々

そして、私たちに与えられた大事な選択に私たちはどう反応すべきか。
私たちの罪を償うために十字架で死なれたイエス様を信じるか否かによって
あの世の永遠という時間の生と死が決まります。

どうか、今私たちに与えられた大事な選択に命の道を選ばれるよう心から祈ります。
わたしたちを愛し、自分の命さえも惜しまなかったイエス様の愛を受け取ってくださるように。
  

Posted by 青い鳥 at 15:50Comments(0)

2012年09月19日

本ー夜と霧

本ー夜と霧
神学校に入る前からあまりテレビを見ない生活をしていました。
3年間寮にはテレビ自体がなくほぼ音楽だけ聴きました。
生駒に引越しテレビがあるのでついつい見ています。

100分で名著という番組で夜と霧という本を知りました。
とても興味があり早速図書館で予約しました。
同じ思いを持っている人が多かったらしく結構待ったされてから
順番が回ってきました。

本を家に持ち帰り早速読み始めました。
小文字で目が疲れ時々休みながら一気に読み終わりました。
悪名高いアウシュヴィッツから生き残った一人の医者の記録は
瞬間瞬間死を向かい合った生活から学んだ深い悟りが入っていて
とても心に感動を与えました。

人を死に追いやるのは絶望と語った人がいます。
自分の人生に何の希望も期待も持てなくなるとき人は死んで行きます。
しかし、この本の著者 フランクルは自分がしなければならないことを
やるのが生きる意味だといっています。

この世に生まれた人々にはすべて神様から与えられた使命があります。
その人しかできない何かが必ずあります。
自分の使命に早くきずき回り道しないで歩む人がいる反面
いつまでもその使命が見つからず時間を無駄にしている人もいます。

いつ自由のみになるか分からない動物よりひどい扱いの中で絶望していく人々に
フランクルは自分が生きていくための何かを探すよう励まします。
ある人は愛する子供が自分の帰りを待っていることが
ある人にはまだ終わってない研究が生きる目的になりました。

著者のフランクルはこの記録を通して自分に与えられた使命のために生きる人生について、
またどんな環境でも自分で選べられる尊い生き方について語っています。
生と死を分ける命のようなパンを自分よりもっと大変な人に与える人がいました。
ガス室に向かう道にも平安を持って祈りをささげていた人がいるのです。

どんな苦境でも希望を持って善意を忘れず生きた人々がいます。
反面ちょっとした権力を悪質に使った人々がいます。
この世には二つの種類の人がいると彼はいっています。
どんな生き方を選ぶかは本人次第です。

ドイツ人によるユダヤ人の迫害の記録はいつ読んでも心が痛い話です。
しかし、どんな厳しい環境の中でも笑いを忘れず神様を信頼して生きる
彼らの姿にはいつも感動します。

テレビの影響は大きく10年も前に発行された本がこんなに反響を起こし
読まれるとはすごいことです。
時間が合ったらぜひ一読する価値のある本だと思います。
  

Posted by 青い鳥 at 15:49Comments(0)

2012年09月19日

違う道が開かれ

違う道が開かれ
8月6日に生駒へ引っ越しました。
宣教師と一緒に住んでいたときは宣教師のパソコンを借りてメールのやり取りをしました。
しかし、引越ししてからはインターネットを使える環境になっていません。
いくら探してもネットカフェがありません。

メールやブログの更新ができず悩んでいます。
2年契約をしなければならないと聞いているのですが
いつまで生駒に住むことになるかさえも見当がつきません。

工事をしなくてもすむソフトバンクを利用したほうがいいという意見もありましたが
9月から始まるパソコン教室で用を済ますつもりでした。
しかし、9月1日家を訪問した知り合いの韓国人宣教師から
水曜日の礼拝の通訳をしてくれるようにとの話を聞きました。

毎日川辺に行って猛声祈祷をささげている宣教師夫婦です。
私の家を訪問したその日の朝もいつものように夫婦で祈っていました。
教会に通訳の人が必要だと切に祈っていると
生駒に引越ししてきた私のことを名指して頼むようにとの声を聞いたそうです。

祈りが終わりこんなに近くに神様が用意してくれた人がいたのに
全然気づかなかったと二人で大笑いしたそうです。
せっかく生駒に引越ししたから1回遊びに行きたいと電話がかかってきたのは
三日前の晩でした。
しかし、そのときもこんなことになるとは想像もしたなかったといっていました。

とりあえず神様の思いを伝えたのでお祈りして決めてくださいと言い残してから
宣教師は帰りました。

日曜日礼拝に参加したとき教会の宣教師に相談したところ
”助けになるなら行って手伝ってください”と言われました。
快く許可してくれたのでびっくりしました。

引越ししてから1ヶ月の間9月から始まる職業訓練があり受講の手続きをしました。
しかし、なぜかものことがうまく進みません。
何度もそんなことがありどうしてこんなにスムーズに進まないんだろうと悩んでいました。
もしかして9月に何か違う働きが用意されているかなと手探りの状態でした。

パソコン教室から私の住まいに送った合格通知書が住所不明で宅配会社に
戻されたと聴いた瞬間神様がほかの道を用意していると確信しました。
しかし,それでも諦めず手続きを続けました。
心のどこかでは最終的に9月3日まで神学校やどこかで何か連絡が来るのではないかと待っていました。
そして、本当に思いもよらなかった形で働きの話が舞い込んできたのです。

9月3日の朝、諦めきれない気持ちでパソコン教室と職業訓練の担当者に電話をしました。
1年以上日本を離れ日本語もほぼ使わない環境で暮らしていたのに
通訳それも聖書関連の話になるので自分の実力のなさに心配しています。

毎日のように借りてきた本ばかり読んでいたのですがあせりの気持ちで1日何度も
聖書の朗読をしています。
ある牧師先生からは聖霊の助けを求めゆだねるようにと助言されました。

このために私は生駒に引越ししたのでしょうか。
神様の計画と導きはまったくわかりません。
どうか、神様の働きに益になりますように。
  

Posted by 青い鳥 at 15:48Comments(0)