2013年10月31日

写真ー奈良

  

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2013年10月30日

映画ーゼネラルルージュの凱旋

映画ーゼネラルルージュの凱旋
大通りに面しているせいか教会にいる時は
救急車やパトカーのサイレンがよく聞こえます。
二つともあまり良いことを知らせる音ではないのでやっぱり気になります。

何処かで誰かがまた事件や事故にあった可能性があるからです。
時にはそこがなじみのある場所だったりまれには
知り合いがその悲劇の主人公になったりします。

録画したまま溜まっていく番組を裁くために久しぶりにテレビをつけました。
最近はほぼユーチューブに嵌っているのであまりテレビを見ていません。

ゼネラルルージュの凱旋というカタカナの多い推測の難しい映画を見ました。
大学病院の救急センターに纏わる話です。
一人でも運ばれた人の命を失いたくない思い出で必死に動いている
医師や救急センターの話はなかなか体験できない世界でとても面白かったのです。

地震の多い日本では幼いときから幼稚園や保育園に入ると
定期的に被災のための訓練を受けます。

保育園の近くに住んでいたごろは近くの保育園で行われる
被災訓練をよく見かけました。
地震の時に避難するために頭に頭巾をかぶり保育園の先生について行く
小さい子供たちの姿がとてもいじらしかったのです。

映画の中で行われる救急センターの整備された患者を迎えるための
マニュアルには日本人の知恵がよく現れていました。
大勢の人数の人々が次々に救急センターに運ばれてきます。
そして医者がその患者を一人ずつ瞬時に把握していきます。
赤、黄色など色を使って優先順位を決めていくのです。

まだ生きているのに処置しないまま放置されている人がいます。
それは黒の色に分けられた人です。
見込みが無いのでまだ希望がある人のために切り捨てられるのです。

ジャングルや世界の奥地を旅行したハンビヤという人も言いました。
貧しいアフリカなどの国に世界から参加した国境なき医師や宣教団体がいます。
しかし、そこには人手も薬物も食料がいつも足りません。

そして、彼らには押し寄せてくる人々を分別する辛い役目が待っています。
多くの人を救うためには誰かは犠牲を払わなければなりません。

今も医療現場の多くの人々は一人でも多くの患者を癒すために
きつくて大変な働きをしていると思います。
誰かの命を救う喜びの笑顔を見るために彼らは日々を過ごしています。
しかし、多くの人たちがお金の亡者となりつつある世の中で
本当に患者が信頼できる医療現場になることを心から願っています。
  

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2013年10月29日

本ーフェイスブックが危ない

本ーフェイスブックが危ない
パソコンの調子が悪くて役に立つ本は無いかと探していた所
図書館の本棚から目に付いた本があります。
フェイスブックが危ないという刺激的なタイトルです。
早速借りてきて読み始めました。

守屋英一という人が書いた本です。
日本IBMに入社してから色々とセキュリティ関係の働きをしている人です。

パソコンでは主にメールのやり取りぐらいしかできなかった私が
IT授業に来られた先生の話を聞いてブログやツイッタなど
今はフェイスブックまで手を広げています。

フェイスブックでは実名で会員登録して知り合いから友達になって
またその友達までどんどん人脈が広がる素晴らしい世界です。
ブログではなかなか得られない反応やいいねというクリックなど
面白い仕掛けが沢山あります。

距離的に離れてなかなか連絡を取れない昔の知人や親戚や友達の近況が
ライブのように中継されるので(?)とても興味深々です。
しかし、この本を読んでいく中で全然知らずにフェイスブックを利用していた
人々の情報が筒抜けになっていたことを知りました。

会員登録してから自分のプロフィルを作成しますがアップロードされる
すべての情報が初期設定で完全に公開になっていることです。
実名から誕生日や携帯電話番号や住所や出身学校など、、、
それをいちいち設定して変えるのは本人の責任です。
全然知らずにいろいろな情報をそのまま載せていました。

別れた彼女や彼または元妻や元だんななどフェイスブックで検索して
繋がる可能性のある人間関係は沢山あります。
そして、その群がりが悪用されたらどうなるのかを著者を心配します。
実際にフェイスブックで知り合ってストーカ被害に会い
殺された女子高校生の話も聞きました。

またいつの間にか友達のリストから削除されていたり
自分だけイベントの招待が来なかったりとネットの中でのいじめにも発展しています。

面白そうなアップリを利用して巧みに個人情報を引き出す人々の話など
また広告利益を得るためにわざとすべての情報を緩くしていく会社のやりかたなど
読んでいるうちにだんだん不安になってきました。

ポルワッショ牧師はフェイスブックから離れなさいと辛口で説教していました。
フェイスブック中毒になりつつあったのでこの際に
しばらくフェイスブックを離れる決心をしました。

いくら人間のためになるシステムや文明の利器があっても
結局それを良く使うも悪く使うのも人間の思い次第です。
フェイスブックというサイトがこれからまたどのように発展していくのかは
それを運営し又利用している人々にあります。
よい方向に使わされることを祈ります。
  

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2013年10月28日

風邪を引いて

風邪を引いて
京都で開かれたエンパワード21が終わってから
酷い風邪で2週間以上苦しんでいます。
くしゃみと鼻水から始まった風邪でティッシュが2箱分無くなりました。

あまりにも沢山鼻をかんだので肌がひりひりしています。
くしゃみとせきでのどが痛くて通訳に行った時は酷い状態でした。

せきが続き数日間は胸の痛みで眠れないほどでした。
やっと落ち着いてきたのか鼻と唇の間に赤い出来物が出来ました。
鼻をかむ度に触れると痛くてたまりません。

我慢していたのですが傷跡が残るから塗り薬を塗りなさいと
母に言われて家にあった薬を塗ってからはだいぶ治まりました。
2箇所に薄くなりつつまだ赤い傷跡が残りました。

まだまだ痰と鼻水が続いているので何をしても集中できずにいます。
運動不足もあり確実に体が弱っています。
胃癌検査で引っかかり医者からは胆嚢や肝まで調子が悪いといわれて
薬を飲んでいます。

食後に飲む薬の数が益々増えているので体中が薬に満ちている感じです。
化学薬品ではなく聖霊に満たされなければならないのに悲しい現実です。

やることが沢山溜まっているのになかなか出来ずにもどかしい日々です。
お金や名誉を失うよりもっと大変で取り返しのつかないのが健康です。
健康の大事さをしみじみ感じているこのごろです。
季節の変わり目にくれぐれも体に気をつけてください。
  

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2013年10月26日

奈良



  

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2013年10月26日

最高のカメラ、目

最高のカメラ、目
焼けそうな暑さが続いた今年の夏もやっと終わりました。
訪れた秋の空には見渡す限り澄んだ青色が広がっています。
所々真っ白な綿菓子を思わせる雲が浮かんでいます。
その美しさが消え去るのが惜しいので時々携帯を取り出して写真を撮ります。

日曜日の朝には雨が降りました。
電車の時間に合わせて教会に行くために家を出ました。
向こう側の山には霧がかかり幻想的な世界が広がっていました。
あまりにも美しくカメラに収めたくて携帯を出しました。
しかし、全然その美しさをカメラの中に取り込むことが出来ません。

雨水に濡れた歩道を歩きながら道沿いに咲いている草花を見ながら
神様の造った素晴らしい世界について考えました。
自然の美しさをいくら綺麗に取ったカメラが有っても
神様が造った人間の目には適わないことをつくつく思います。

どれほど人間の知恵が発達してすぐれた文明の利器を作っても
神様の領域に及ぼすことが到底出来ません。
しかし、そんな自分たちのことを悟らず私たち人間は
神様の領域に挑戦したり神様を嘲る愚かな行動をします。

カメラではどうしても自然の美しさを納めらることが出来ませんでした。
しかし、素晴らしい神様のカメラで私は記憶の奥底に忘れられない
素晴らしい風景を収めました。
想像できない偉大な創造者であり発明家である神様に感謝します。

  

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2013年10月25日

知らずに出会ったイエス様

知らずに出会ったイエス様
ユチューブという素晴らしいサイトを通して多くの情報を得ています。
今はテレビを見る時間よりノートパソコンの狭い画面を眺める時間が
もっと長い気がします。

アップロードされているキリスト関連の多くの動画の中を見て
楽しい時間を過ごしています。
聖書を読む時間やほかの勉強の時間が疎かになっているのが
結構気になっています。

最近はまっているのがダニエルキムという30代宣教師のメッセージです。
日本語、韓国語、英語や中国語まで話せられます。
彼が出会ったイエス様は最も小さいものの姿で現れました。

人種差別で苦しみを味わったアメリカの陸軍士官学校で
彼は色々な姿で現れたイエス様に出会いました。
卒業1週間前に退学することになって自殺を思いめぐらしながら
眠れない夜を過ごしていた一人の学生でした。

時には病院のベットに寝かされ意識不明に陥った黒人として
また、厳しい訓練で心が弱くなっている学生の姿でした。

意識を失しなったまま誰も訪れない病院のベットに横になっていた
黒人学生がいました。
その黒人学生を憐れみ一晩中彼は出を握り祈っていました。
誰も知らないその光景を神様はしっかり見ていたのです。

世の中は自分の人生に助けになる人に関心を見せます。
親切にします。自分の時間を捧げます。
しかし、力のない貧しくて弱い立場の人には関心を寄せず
さげすみ差別しさけて通ります。

しかい、何の見返りも期待でない人々や最も小さい者たちの中で
イエス様はいたのです。
返すことのできない人に見せた関心と愛、親切を
神様は天の御国で喜びを持って見ていたのです。

今日一日私たちは知らぬうちにイエス様に会っているかもしれません。
自分の人生に疲れて自殺を思い悩んでいる友達の姿として
病気になり誰かの訪問や看病を求める一人暮らしの老人の姿として
刑務所の中で人生に絶望している一人の囚人の姿などの
最も小さいものの姿として私たちの傍を通り過ぎているかもしれません。
どうか、イエス様に出会える素晴らしいチャンスを見逃さないように祈ります。
  

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2013年10月24日

奈良

  

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2013年10月24日

エンパワード21の風景

エンパワード21の風景
京都国際会館で4日間に渡り開かれたエンパワード21に参加しました。
準備委員会のメンバだった宣教師の勧めもあり疲れるなと思いながら
断る理由も見つからず参加することになりました。
日帰りの3日間は久しぶりの重労働です。
最終的に5千人の人々が駆け付けたこの集会はとても感動的でした。

私たちが今生きている21世紀はもしかしてこの世の週末が
訪れるのではないかと心配されています。
神様は日本をイスラエルや世界宣教のために用いられると
多くの神の人たちは語っています。

400年間封印されていた殉教者の国がついに羽ばたく時が来たようです。
会場の前の駐車場に設けられたブースには神学校や
クリスチャン用品と信仰の本などが売られていました。

地下鉄の車両やホームなどに置き忘れた傘を売っている
障碍者施設の団体もありました。
集会はセミナーの内容によりいくつかの会場で設けられました。

自分の興味のある集会に出る為に忙しく動き回る様子には
時間に厳しい真面目な日本人の性格がよく表れています。

大勢の参加者の中で奉仕に来ていた神学生たちの姿も見えました。
しかし、周りを見回しても知り合いの人はなかなか見あたりません。
幸いにも会えた人は同級生のS姉妹と先輩のS兄弟です。
名古屋から教会の信者さんたちときたK兄弟も見えました。

集会が終わると一斉に集まる人々により特に女子トイレは長い列が出来ました。
会場の飲み物の自動販売機は早々と売り切れになっていました。
昼食になると臨時の食事会場になったイベントホールで持ってきた弁当を食べたり
川沿いの芝生の上で昼食を取っている人々や子供たちの様子が楽しそうに見えました。

蒸し暑かった夏の暑さも無くなりからっとした涼しい気候の中で
情熱に溢れた人々が集まりとても素晴らしい集会になりました。

最後の集会では会場の集会と路傍伝道の二つに分かれました。
宣教師は路傍伝道に行くと言っていたのですが神学校でも大の苦手だったので
私は路傍伝道に参加することを断ったのです。

7、80代の老牧師たちが路傍伝道で力強く伝道していた様子も
路傍伝道に参加していた宣教師から後で聞きました。
日本にも救いのためにこんなに熱い情熱を持っている
牧師や若者たちがいることにとても驚き感動したと宣教師は言っていました。

神様の勇士たちよ、聖霊の与える武器を持って前進せよと
一人の講師の牧師は熱く語りました。
日本のクリスチャンたちよ
神様を信じ日本の救いのために恐れず前進してください。
  

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2013年10月23日

手話ー声なき賛美

手話ー声なき賛美
エンパワード21に参加しています。
3,500人が事前登録したと聞きました。
広いイベントホールには椅子が列に合わせてびっしり並べられています。

アメリカなど外国から駆け付けた人々のための席や障碍者
特に聴覚障碍者のための席も設けれています。
集会の度聴覚障碍者のために手話の通訳がありました。

スーツ姿の通訳者たちが数分事に交代していました。
それぞれ個性がありとても興味がありました。
その中の一人の手話通訳者がとても眼につきました。

はっきりしたまた大きな手の動きで喜びに満ちている
彼女の手話賛美を目で追いながらとても感動しました。
賛美にも色々あります。
口先だけの賛美や熱のこもってない心が伴っていない賛美があります。
または唯自分のスキルを自慢するように賛美する人がいます。

そのような歌声よりは何十倍も見ている人々の心に響きました。
障害を持ってない健常者の素晴らしい歌声はありませんでした。
しかし、喜びに溢れる声なき手て体で捧げる賛美を
もしかして、神様はもっと喜ぶかもしれないと思いました。

どんな形であれ心の中に神様を敬う、神様を褒めたえる気持ちが
溢れる時それは神様、いいえ人間さえも感動させるものなのですね。
  

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