2013年12月31日

MRI検査初体験

MRI検査初体験
胃癌検査から始まった病院生活が長引いています。
個人医院の領域から今は県立病院まで進出しました。

生まれて始めてMRI検査を受けました。
音が大きいと言って大きな耳栓を貸してくれました。
ガウンを着て体をテープで縛られ本格的な検査が始まりました。

耳を防いでいましたが工事現場で聞こえてきそうな
ラッパのようなかなづちのような大きな音を30分間聞きました。
MRI検査は難聴患者を作るには最高の方法のようです。

筒のようなところに入り耐える時間に胸苦しい
閉塞感や圧迫感を感じました。
検査が終わりやっと開放されたときには手が強ばっていました。
あ、あ、病院から開放されたい!!!
  

Posted by 青い鳥 at 13:52Comments(0)

2013年12月30日

郵便受けから見える家柄

郵便受けから見える家柄
毎年年末になると色々と忙しくなります。
開拓教会であまり華やかな集会も無いけれど
カレンダを作り配るために結構時間を取られます。

ある宣教師が書いた絵をカレンダにしているので
それを買って来て枚数にあわせて組み立てして家事に配ります。

日曜日の午後礼拝が終わってkら500セットの4,000枚のカレンダを
宣教師と二人で半日以上掛けてカレンダに仕上げました。
そして、クリスマスの日に教会の近くの住宅街に配りました。

教会の前で左右に分かれて紙袋に重く詰め込ん
カレンダを1時間以上掛けて郵便受けに投函しました。

200セットぐらいのカレンダを配る中で色々な思いがしました。
あるマンションの郵便受けには無断に投函する人は警察に
通報すると書いていたのでひやひやしながら早々と投函して
逃げるようにその場を去りました。

色々な形の郵便受けで戸惑ったり詰まったままの郵便受けには
その人の家柄まで伺えました。

ある時泥棒さえ玄関に散らばる靴の形で
その家の事情を知るという話を聞いたことがあります。
確実に住んでいるけれど沢山詰まっている郵便やチラシの山、
そして、郵便受けの入り口のところをテープで塞いでいる家もありました。

そんな人は世の中に心を閉ざしているような気さえします。
1時間弱の散歩とカレンダ配りで普段思わなかったことを思いました。
どうか、地域の人々が教会を訪問しイエス様に出会えますように!!
  

Posted by 青い鳥 at 17:15Comments(0)

2013年12月28日

スマホ中毒者たちにご注意

スマホ中毒者たちにご注意
用事があり大阪に出かけた日の夕方です。
電車を乗り換えるために地下道を歩いていきました。

擦れ違う3人の人々を見ながら私の周囲に完全に定着しつつある
スマホ使用者たちの姿に憂いを感じました。

20代の若者が60代のような男性が10代の娘が
スマホに目を向けたまま私の隣を通り過ぎていきました。

イヤホンをつけて音楽を聴いていた時周りの音に
全然気がつかなかったことを思い出します。
スマホの世界しか関心の無い人々が増えています。

携帯が普及してから教会でも礼拝が始まる前に決まった
コメントが流れるようになりました。
携帯の電源を切るかマナーモードにしてくださいという案内です。
しかし、それでも時々携帯のけたたましい音で気が散ります。

今は亡き天才が作ったスマホが全世界に中毒者を作っています。
いつの間にか人々は電車の中で教室で歩いている時まで
スマホを手放すことが出来なくなっています。
果たしてスマホは未来をどのようにかえっていくだろう!!!
  

Posted by 青い鳥 at 18:08Comments(0)

2013年12月27日

クリスマス集会

クリスマス集会
精密検査の前の晩、クリスマス集会があり参加しました。
ゴスペルがありメッセンジャとしてシドニーオリンピックで
テコンドーの銅メダルリストの岡本よりこさんが出ました。

舞台でのテコンドーの実演やダイエットに効果があるという
テコンドーを応用した踊りもありました。
頭の上に載せたりんごを足蹴りで撃破する場面には
見ているだけでもひやひやしました。

テコンドーで銅メダルを取ってからもっといい成績を
出さなければならない負担感を感じ苦しんでいた彼女が
出会ったイエス様の話はとても感動的でした。

教会に行くのがあまりにも幸せだった彼女は
殆どわからない韓国語で行う礼拝に毎日のように参加しました。
滑らかでも立派な神学も無かったけれどたどたどしい
彼女のメッセージはなぜか涙を誘いました。

彼女がイエス様に出会い7年が過ぎました。
しかし、イエス様を知る喜びは未だに色あせていません。
喜びと感謝に溢れて歩む彼女の信仰の話に時間を忘れ聞き入りました。

自分の状態を振り返りながら彼女のように喜びに溢れる
信仰生活を送れる方法は無いのだろうか自問しています。
  

Posted by 青い鳥 at 17:03Comments(0)

2013年12月26日

かわいいバイバイ

かわいいバイバイ
クリスマスの集会があり出かけました。
数年前から関西地域の3つの教会が集まりクリスマスを共同で祝っています。
集会に参加するために電車を乗り換えました。

地下鉄のホームを歩いているとちょうど反対の路線の電車が止まりました。
大勢の人々が電車から降りてきました。
混雑した人々の行列の中でかわいい声が聞こえました。

バイバイ、バイバイ、何度もいう子供の声に誰だろうと
その声の主を探しました。
お母さんと手をつないで歩いている親子の姿が見えました。
5歳ぐらいの女の子と3歳ぐらいの男の子でした。

ひっきりなしにバイバイを言いながら
片手を振っているのは男の子でした。
乗客の様子を見ていた駅員も微笑みながら
熱心に手を振っていました。

長い景気の低下の中で華やかだったクリスマスも勢いを失っています。
黒や濃い冬の服装と笑顔の無い人々が通りすぎっていく中で
無邪気でかわいい子供の声で久しぶりに笑みが浮かびました。

精密検査の前日、気持ちが沈んでいましたが
その子の明るい声と仕草に私の気持ちまで明るくなりました。
あの子が大きくなっても周りを幸せにする
すばらしい人生を歩みますように!!!
  

Posted by 青い鳥 at 16:53Comments(0)

2013年12月22日

説教ー沈黙の代価

説教ー沈黙の代価
今は教会で宣教師の働きを手伝っていますが
私はまったくキリスト教の土壌とは関係ない環境で育ち
キリスト教の文化や用語にも無知でした。
思わぬ方向で人生が進み入学した神学校も奇跡のように卒業しました。

3年間の神学校で聖書を勉強してもなかなか理解できませんでした。
イスラエルの文化や風土などを知らないまま読む聖書の話は
いつも悩みと疑問の連続でした。

1年に1回は聖書を単位として通読しなければなりません。
日本語の学びも兼ねて毎日聖書を音読しました。
なかなか発音しにくいカタカナの地名や人名には特に苦労しました。
そのたびイエス様が韓国人だったらいいのにと思ったりもしました。

話が展開するなかで名前で表す意味や全然わからない文化の中で
又2千年の前の話は理解に苦しみました。
それで、イスラエルに実際に行って見たいと思いました。

卒業旅行としてイスラエルの旅行の話が盛り上がった時があります。
教室にも食堂にもイスラエルの地図を張り
聖地巡礼の夢を告白し祈りましたが結局
イスラエルの旅行はまだ出来ずにいます。
果たして、その夢の地、イスラエルは何時いけるでしょうか。

それでは今日の聖書箇所に移ります。
マタイの福音書23章37節から39節までをお読みします。
「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し
自分に使わされた人たちを石で打つもの。

私はめんどりが雛を翼の下に集めるように
あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。
それなのにあなた方はそれを好まなかった。

見なさい、あなた方の家は荒れ果てたままに残られる。
あなた方に告げます。祝福あれ、主の御名によってこられる方にと
あなた方が言うときまで、あなた方は今後決して私を見ることはありません。」

今日私は聖書の舞台になっているイスラエルの地で
ユダヤ教徒ではなくイエスキリストを信じている
メシヤニックジューと呼ばれている人々の話をしようと思います。

イエスキリストを信じて聖書を読んでいるクリスチャンの中では
イエス様が生まれて生きた地、いつか又来られるというイスラエルを
訪問することを夢見ている人々が多くいると思います。

実際イスラエルに行った人々も多いでしょう。
戦争の中でいつも緊張した雰囲気にあるイスラエルを
今も全世界の人々が訪れています。

私はまだ1回も行った事の無いイスラエルを40回以上
訪れた一人の韓国人がいます。
彼は金鐘哲という名の映画監督です。

回復というドキュメンタリ映画をはじめ証や許し、第3神殿に至るまで
イスラエルを舞台にしたドキュメンタリ映画を作っています。
元々は彼はあるテレビ局のプロデューサーでした。

1994年努めていたテレビ放送局から思わぬ1ヶ月の休みを貰いました。
小学校5年の時からイエス様を信じクリスチャンになっていた彼は
教会で聞いた説教や聖書の中で読んだイエス様の故郷である
イスラエルを訪れるのが夢でした。

放送局の現場ではなかなか得られない貴重な時間が取れたので
彼は小さいときからの夢だったイスラエルを訪れることにしました。

インターネットの無い時代イスラエルに関する情報は
まったく得れれず何も知らぬまま旅立ちました。
長い飛行機のたびが終わりに近づくごろ彼はイスラエルに関する
様々な心配で悩まされました。

イスラエルではどんな言葉を使うのだろう、到着すると
夜中の1時を過ぎているのに泊まれるところは有るのだろうか。
食事するコンビニのような店はあるだろうか。

様々な心配の中で一度も頭の中をよぎることの無かった事があります。
4回を過ごすことになるイスラエルでの礼拝に行く教会のことでした。
イスラエルからはるかかなたにある東邦の異邦人の国、
韓国には沢山の教会があります。

ましてイエス様の国ではもっと沢山の教会があると信じました。
しかし、実際にイスラエルに着いて彼が直面したことは
予想をはるかに超えたものでした。

イスラエルで迎える初めての日曜日、彼は聖書と賛美歌を持って
ホテルを出ました。
しかし、1時間以上教会らしい建物を探して歩きましたが
見つかりませんでした。
そして、奇跡のように導かれた教会は普通の一軒家の地下室でした。

地下室に下りる階段の前には一人のイスラエル人の男性が
椅子に座っていました。
近寄って挨拶する彼に男性は警戒の眼差しで用件を尋ねました。

そして彼は自分を韓国から来た旅行者でクリスチャンとして
礼拝を捧げたいと伝えました。
どうやってこの場所が漏れたのだろうと不思議がりながら
男性はパスオートを要求しました。
出されたパスポートと顔を代る代る伺いながら
やっと地下室へ降りることを許可してくれました。

地下室の階段を下りていく彼の足音ですでに集まって
礼拝の準備をしていた人々が一斉に振り向きました。
いぶかる彼らを先の男性が説明して納得させました。

地下室に下りて彼は人々の様子を見ていました。
地下室には光が入ってくる小さい小窓がありました。
その小窓を厚いブラインドで遮りました。
参加する人々が揃ったらしく最後に入り口の鉄の扉が閉められました。

彼がイスラエルで迎える初めての礼拝が始まりました。
その礼拝にはギターやドラム、ピアノなど
楽器らしいものは何もありませんでした。

普段の声より3分の1ぐらい低い声で出す賛美の声でした。
出来る限り声を出さないように一生懸命に努める彼らの顔は
高まる感情を抑えるために歪んでいました。
音が漏れることを極端に恐れながらそれでも賛美したい心を
抑えきれない彼らの姿に韓国人の彼は驚きました。

礼拝が終わりました。
あまりにも信じられない彼らの様子に監督は質問したのです。
そしてメシヤニックジューと呼ばれている彼らの苦しい状況を知りました。

ユダヤ教徒の国、イスラエルでイスラエル人でありながら
イエス様を信じる彼らに対する迫害は激しいものでした。
彼らは公にイエス様に礼拝を捧げることができません。
彼らが集まる場所が知られるといろいろな攻撃があります。

今の場所も彼らの攻撃から逃れるために3回目に移った場所でした。
ある時は人々が中で礼拝していることを知りながら
わざと建物の外に火を放したこともありました。

あるメシヤニックジューの家庭には花束の中に設置された
爆弾を届けた事件もありました。
メシヤニックジューと知られた人々の写真は
数キロはなれている町まで貼られます。
そして仕事から解雇されたりスーパーや店では販売を拒んだり
学校でも酷いいじめに会うのです。

驚くことにその加害者達が同じユダヤ人であることです。
それには悲しい歴史の悲劇が隠されていました。
イスラエル人として生まれたイエス様、しかし新約聖書という本を見た
事のないイスラエル人はそのことさえ知りません。
キリスト教は異邦の人々が信じる宗教として知っているだけです。

なぜイスラエルのユダヤ人たちはそこまでクリスチャンになることを
忌み嫌うのでしょうか。
そこにはキリスト教が全世界に広まる中で国をなくし世界に散らされた
ユダヤ人がクリスチャンたちの国で受けた多くの迫害が原因でした。

一つの大きな事件として世界の人々が知っていることは
ドイツのヒトラーによる600万人のユダヤ人虐殺です。
ガス室で殺されていた600万人のユダヤ人の中には
150万人の子供たちが含まれていたといいます。

ヒトラーのユダヤ人虐殺で子供たちが殺されていく現実を
ユダヤ人たちはバチカンの教皇に歎願の手紙を書いたそうです。
しかし、バチカンの返信にはユダヤ人の子孫として生まれたので
受け入れるべきことだというような内容が書かれていました。

世界の警察と自ら名乗っているアメリカは
今も全世界の多くの政治に関わっています。
又、多くの人命に関わる事件や災害が起きると
色々な国々で援助したり助けに行きます。

しかし、10万、20万ではなく600万人の人々が
惨い仕打ちを受けて死んで行きました。
けれども、クリスチャンの国で誰一人それを止めようとしませんでした。
少数の人々がそれを阻止しようと行動したかもしれません。
愛を叫ぶクリスチャンたちがイエス様の民族であるイスラエル人たちが
嘆きと苦しみの中で死んでいったとき沈黙を守りました。

イスラエルは歴史の中で完全に無くなりました。
2千年間彼らは全世界に散らされました。
そして、1948年イスラエルという国が建国されるまで
彼らがクリスチャン達に受けた多くの迫害を
彼らは忘れることも許すことも出来ないでいます。

クリスチャン国家であるイギリスのヨークという地方で起きた
悲しい事件もありました。
クリスチャンたちがユダヤ人たち150人をユダヤ教の会堂である
シナゴグで監禁して扉を閉めて火で燃やしました。

熱く燃える炎の中で死の恐怖の中で彼らの目に焼きついたものは
十字架の旗を持ってイエス賛美を声高く賛美する
クリスチャンたちの姿だったといいます。

又、十字軍戦争の時はイスラム教徒と一緒に299,000人のユダヤ人たちが
十字軍によってエルサレムで殺されました。
イスラエル人たちが受けた多くの苦難や迫害の中で十字架や
クリスチャンの意味は絶対に許せない存在なのです。

十字という文字を嫌い殆どのイスラエルの道には十字路が無いといいます。
全世界で共通して使う赤十字やプラス記号を使わない国
アラビア数字の中でも十字を思わせるものを使わないという国
イスラエル、そこにはクリスチャンに対するあまりにも深い溝があるのです。

それでユダヤ人たちはそこまで自分たちを苦しめた
クリスチャンになることを反対しているのです。
そんなイスラエルの国に不思議なことが起きています。
同なじ民族であるイスラエル人の迫害の中でも着実に
メシヤニックジューと呼ばれる隠れキリスタン達が増えているのです。

2千年前イエス様はイスラエルのベツレヘムの町に生まれました。
そして、イスラエルの民を自分のところに集めようとしました。
しかし、イスラエル人たちはイエス様を十字架に掛けて殺しました。

神様が彼らに使わした多くの預言者たちを殺し、
自分たちに使わされた人々を石で打ちました。
そして、神様の御子であるイエス様まで拒み殺したのです。

自分を迎え入れない自分の民にイエス様は警告しました。
「祝福あれ、主の御名によって来られる方に」と言うまでは
イエス様を決して見ることは無いと。

それから今までユダヤ人たちは相変わらずイエス様を信じず
他のメシアを待っています。
しかし、少しずつではあるけれどそんなユダヤ人たちの中で
イエス様をメシアとして信じる人々が増えているのです。
あんなに長いこと拒んでいたイエス様を燃えるような情熱の賛美と
共に待ちわびる人々が現れているのです。

このことは何を意味しているのでしょうか。
それはイスラエルから始まって世界に広がった福音が
ついにイスラエルまでたどりついたということです。

異邦人の救いのために暗くしていたユダヤ人たちの目が
見えるようになっていることです。
そしてそれは異邦人である私たちがイエス様を受け入れる時間が
益々少なくなっていることを意味します。

ヒトラーの時代600万人のユダヤ人たちが殺されるとき
全世界は沈黙を守りました。
今、韓国のすぐ近くの北朝鮮では食べるものが無く死んで行った
人々が300万人を超えていると聞きます。
そして、日本には1億以上の人々がイエス様を知らず
永遠に消えない火に向かって一歩一歩進んでいます。

私たちが沈黙を守るときその血の代価を
神様は私たちに問うといいます。
イスラエルの預言者エゼキエルに語られた神様の言葉を読むたび
私は恐れと恐怖を感じます。

エゼキエル書33章7節から9節の言葉です。
「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張り人とした。
あなたはわたしの口から言葉を聴く時、わたしに代わって
彼らに警告を与えよ。

わたしが悪者に悪者よ、あなたは必ず死ぬというとき
もし、あなたがその悪者にその道から離れるように語って
警告しないなら、その悪者は自分のとがのために死ぬ。
そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う。

あなたが悪者にその道から立ち返るよう警告しても
彼がその道から立ち返らないなら、彼は自分の咎のために
死ななければならない。しかし、あなたは自分の命を救うことになる。」

今も全世界でイエス様がうまれて生きた国イスラエルを
自分の目で見たくて多くのクリスチャンたちがイスラエルを訪れます。
観光地にされた所で写真を取り記念品を買って自分の国へ帰ります。
しかし、彼らはクリスチャンだということでイスラエル人たちが
自分たちをどのような目で見ているかを知っているでしょうか。

又、イエス様を信じるという唯一つの理由で命を危機を感じながら
隠れて礼拝を捧げているイスラエルの隠れキリスタン
メシアナックジューのことを知っているでしょうか。

まったく知らなかったイスラエルの事情の知りながら
クリスチャンたちの沈黙の代価を身にしみて感じています。
声を出して言わなければならなかった時、
行動を起こさなければならなかった時、沈黙した場合
それが罪になることさえあります。

イエスキリストを信じ救われた一人のクリスチャンとして
わたしたちはまだイエス様を知らず死の道を歩んでいる人々に対して
声を出して語らなければなりません。
その血の責任を沈黙の代価をわたしたちが払わなければならないからです。
どうか、イエス様を伝える私たちでありますように。
  

Posted by 青い鳥 at 20:11Comments(0)説教

2013年12月20日

クリスマス


  

Posted by 青い鳥 at 20:03Comments(0)

2013年12月19日

旅人の人生

旅人の人生
去年6月に再び日本に戻りました。
1年半の時間を日本で過ごしています。

小さい旅行鞄一つで始まった日本の生活は狭い空間ですので
出来る限り物を増やさないように努力していますが
必要で買いまた貰ったものなどであっという間に増えています。

こんな状態が続ければ引越しをするときは確実に
引越しやか専門の業者を呼ばなければなりません。

裸で生まれこの世を去るときは何一つ持っていけない人生です。
しかし、私たちはこの世に永遠に生きるように日々を過ごしています。

朝、聖書の民数記を読みながら目に止まった箇所がありました。
民数記9章21節の御言葉です。
「雲が夕方から朝まで留まるような時があっても
朝になって雲が上れば彼らは直ちに旅立った。
昼でも夜でも雲が上れば彼らはいつも旅立った。」

イスラエルの民がエジプトから出発した時
大人の男だけでも60万人はいたと書かれています。
女や子供たちなどを入れると200万人ぐらいと推定しています。

荒野で天幕を張って生活した彼らは常に旅立つ準備をしていました。
それが長くて1年や一ヶ月もしくは半日だけでも雲の動きを見て
神様が動くとすぐに旅立つ生活をしました。

そのためには彼らは常に動きやすいように
常に緊張した生活を強いられたと思われます。
赤ちゃんやもしかして妊婦や病人などがいたかもしれません。
しかし、全員が動くためにはお互いに協力して旅を続けたはずです。

益々便利で豊かになっていく世の中で安逸になりやすい私たちです。
しかし、今の安定した生活は仮の住まいです。
私たちも常に神様の導きを頼りに旅を続けなければなりません。

イスラエル人たちの荒野の生活を読みながら
自分の生活を振り返っています。

私は神様の導きにすぐ応答できるように今準備しているのだろう?
すぐ出発出来るにはあまりにも物を持ちすぎているような気がします。
重い体も増えすぎた物もダイエットする必要を感じています。
  

Posted by 青い鳥 at 18:07Comments(0)

2013年12月18日

シャンションを歌う会

シャンソンを歌う会
引きこもり傾向にいるので努めて外出するようにしています。
寒い部屋の中で毛布を被って生活しています。

寒いので体が縮んでいるせいか動くのが億劫になっていて
着替えるだけでもなかなか勇気が要ります。

市広報に載っていたシャンソンを歌う集会があり出かけました。
脳の活性化のためにいろいろなことに挑戦しているのです。
フランス語の歌ではパリの空の下という映画の音楽をよく聴きました。
あまりにも沢山聞いているので最初の出所は口ずさむことも出来ます。

太陽がいっぱいや禁じられた遊びなど昔のフランス映画が好きです。
華麗なアクションと迫力はあるがあまり心に残らないアメリカ映画より
何だか切なく映画が終わった後も心が痛むフランス映画が好きです。

結構年配の人々が50人ぐらい集まった教室で
グランドピアノの伴奏に合わせてコード事に歌の練習をしました。
クリスマスシズンで発表会もあるのでぜひ参加してくださいと
一人の会員から熱心に勧められました。

結構歌には自身のある人が集まったようです。
前に座っていた年配の男性は綺麗な歌声で歌っていました。
たぶん合唱の経験があるのではないかと思いました。

年寄りが元気な国日本の現実を又体験しました。
年を意識しないで彼らはいつまでも好奇心旺盛で
色々なことに熱心に挑戦しています。
素敵な人生の生き方に感心しています。
私ももう少し人生に意欲を持って歩いていこう!!!
  

Posted by 青い鳥 at 18:54Comments(0)

2013年12月18日

クリスマス

クリスマス
  

Posted by 青い鳥 at 18:12Comments(0)