2014年01月31日

大腸内視鏡検査

大腸内視鏡検査
去年の夏から始まった病院通いで改めて健康の大事さを悟る日々です。
この前は大腸内視鏡検査でとても調子が悪くなりました。
検査が終わり診察台から立ち上がるのもままならぬ倒れそうになりました。

看護師が支えていたので良かったものの長い間隣の部屋で
点滴をして休みました。
点滴が終わってからもなかなか体調が良くなりませんでした。
しかたなく家にかえって休みますと言って帰ってきました。
何をする元気もなくすぐ横になりました。

後悔はいつも遅いという言葉がずっと記憶の中に残っています。
私たちは自分が持っているものをいつも当たり前のように思いかちです。

健康な体、家族や職場や持っているお金や名誉を誇ります。
しかし、その全てが神様に与えられていることを忘れています。
それで時には与えられた大事なものを疎かにしたり
怠けたり壊したり失くしたりします。

健康を始めお金や名誉、家族や人間関係などがあります。
それを当たり前のように思い疎かにしたり愛を持って接しないとき
それはもろく壊れやすいものです。

体のことで長い間病院通いと薬付けをしています。
日々の生活の中であまりにも怠けていた健康管理と
感謝を忘れていた時間を反省しています。
私はいつ自分の人生に満足する日が来るだろうか。
  

Posted by 青い鳥 at 17:36Comments(0)

2014年01月29日

茶髪の若者

茶髪の若者
人の心を見ることが出来ないので私たちはほぼ人を見た目から判断します。
それで時々誤解したりせっかくの出会いのチャンスを逃したりします。
最初は気難しいと思った人が長い付き合いの後に
相手のことを理解することが出来るときもあります。

日本に来て長いこと住んでいる中で3度ぐらい見た目で判断して
思いとのギャップに自分のことを反省したことがあります。

一回目は乳母車に子供を乗せて尋ねた展示場の事です。
降りるエレベータに乗ろうと急いで歩きました。
すると閉じかかったエレベータを中の人が開けてくれました。
そこには茶髪の耳にはピアスを空けた黒い服の若者が乗っていました。
少し怖くてもごもごとお礼を言った記憶があります。

この前も似たような経験をしました。
視覚障害者の友人を案内してコンビニから出ようとした時です。
夜の遅い時間コンビニの外でタバコを吸っていた茶髪の若者が
走ってきてコンビニのトアを空けて私たち二人が通るまで
待っていてくれました。

親切にされると誰でも嬉しくなると思います。
その相手が茶髪で不良のように見えるときはもっと驚きます。
そしてその度自分の頭の先入観を裏切る事への反省と
人を見た目で判断してはならない事への警告として受け取っています。
  

Posted by 青い鳥 at 18:54Comments(0)

2014年01月28日

映画ーブラインド

映画ーブラインド
数年前に点訳を習ったことがあります。
その講習の中に1日視覚障害者を体験して案内する訓練がありました。
視覚障害者の立場になってどのように案内されるほうがいいかと
体験するためです。

せっかく習った点字も今では記憶の中で綺麗に忘れてしまいましたが
一番印象に残っていることが目を隠して歩いた商店街のことです。
何も見えない道を歩くことがどれほど怖かったか知りません。

光の世界を当たり前のように思って生きていました。
しかし,事故や病気でいつでも明かりを失う危険性はあります。
世界が一瞬にして暗闇の中に変ったひとびとには
どれほど深い絶望が待っているか計り知れません。

知り合いの視覚障害者は徐々に目の視力を失ったそうです。
完全に失明した時彼女は病院の屋上に連れて行ってくださいと
母親に頼みました。
けれども娘の気持ちを知った母親はその願いを
聞き入れてくれませんでした。

久しぶりに見た韓国映画ブラインドは事故で失明した
一人の女性が犯罪者と関わりそれで起きる恐怖の体験を描いた映画です。

数十年前まで朝早く盲人に会うと縁起が悪いといわれた事があるらしい
韓国では今でも障碍者が住むにはあんまりいい環境ではありません。

そんな文化背景の中で視覚障害者に希望と望みを与えるような動機で
この映画は作られたような気がします。
しかし、いくらこのような映画を作っても障害者と共に生きる人々が
弱者に対する思いやりと配慮がなければあまり意味がありません。

社会的な偏見と差別を取り除きある部分が不自由な
少し不便な生活を強いられる人として障碍者を認識して
必要な助けを自然に与えることが望まれます。

健常者でさえ不可能に見えることを成しとけた
健常者よりもっと優れた多くの障害を持っていた人々の話を聞きます。
彼らは障害を理由に諦めなかったからそのようなことを成就できたのですね。

色々な事で悩みやる気を無くしていたのですが
この映画を見ながら私に残された多くの物を数えています。
当たり前のように思ったことが奇跡の世界を生きている人々に
あまりにも悪いのでもうもっと感謝する生活を心掛けたいです。
  

Posted by 青い鳥 at 19:03Comments(0)

2014年01月27日

説教ー70年目に実った種

説教ー70年目に実った種
私は2011年3月に神学校を卒業しました。
思っても見なかった神学校の入学は宣教訓練の時出会った
一人の宣教師の強い勧めからでした。

迷いと悩みの末に入った神学校では人々の前で賛美リードをしたり
説教を語るなど大変な日々でした。
とても内気な性格で緊張するとすぐお腹を壊すので
説教の当番や司会の当番が回ってくるとお腹の事で
いつも苦しんでいました。

卒業と共に永遠におさらばだと思った説教をこれからは
毎月1回はすることになっているので戸惑っています。
妹は神様の働きが出来るのだから喜んで仕えなさいと
姉の私を勇めています。

それでは今日の御言葉に移ります。
「イスラエルはヨシュアの生きている間、またヨシュアのあとまで
生き残って主がイスラエルに行われたすべてのわざを知っていた
長老たちの生きている間、主に仕えていた。」

今、宣教師は毎週創世記の主要人物を詳しく語っています。
アブラハム、イサク、ヤコブとヨセフに至るまでそれぞれの人生の
色々な試練と試みの中で彼らはどのように信仰の道を進んでいたのかが
赤裸々に表れています。

私が今日導かれた聖書箇所はヨシュアが亡くなってからの
イスラエル民族のことを示しています。
ラケルの息子ヨセフはエジプトに奴隷として売られていきました。
夢見るものというあだ名で呼ばわれたヨセフは時には奴隷として
時には牢屋の囚人としての生活を強いられました。
しかし、神様が与えた夢はついに実現したのです。

全世界の人々を巻き込んだ大飢饉のせいで
ヨセフの兄弟たちはエジプトに食糧を求めに来ます。
そして、ヤコブの家族はエジプトに移り住むようになるのです。
最初ヤコブの家族達はエジプトを大飢饉から救った英雄
ヨセフの親族として迎えられたのです。
しかし、時が過ぎの人口が増え強くなっていく中でエジプト人は
そんな彼らに恐れと脅威を感じるようになります。

そしてついには奴隷としてエジプト人に仕え
最後には思い苦役と生まれてくる男の赤ちゃんを王の命令によって
殺さなければならない所まで来ました。
そんなイスラエル人の叫びと祈りが聞かれ登場した人物がモーセでした。

十の災いの末イスラエルの民はついにエジプトでの長い奴隷の生活から開放されます。
そして、神様が約束した乳と蜜の流れる地に向かう旅路が始まります。
砂漠地帯、特に生き物が殆ど生きることの出来ない荒野で
神様は昼は雲の柱と夜は火の柱で彼らを導きました。
天から降りてくる命のパンであるマナで彼らを養いました。

時には大きな岩から飲み水を出す奇跡や肉を欲しがる彼らのつぶやきに
鳥の肉を食べさせたりします。
着るものや履物が減ることの無い毎日神様の臨在を眼で見て
奇跡を体験した彼らでした。
しかし、いくら素晴らしい神様の奇跡や愛を体験しても
彼らの頑ななの心は何か起こるたびいつも神様に向かって
つぶやく事の繰り返しでした。

荒野での流離の日々の中で結局神様の多くの奇跡を眼で見て
体験していた人々がすべて亡くなります。
唯同じ世代の中でカレブとヨシュアだけが神様が約束した
カナンの地に入ることが出来たのです。

ヨシュアはイスラエルの人々が今も一番尊敬している人物である
モーセの後を着いた人です。
荒野で40年間神様と共に歩んだモーセは残念ながら
唯1回の神様に背いた罪により約束の地に入りませんでした。
そんなに待ち望んだ約束の地を両目で見ることが出来たのですが
モーセはその血に入れなかったのです。

実際にその地に入りすでに住んでいた住民を滅ぼし
神様が命じた通りに任務を全うしたのはヨシュアでした。
ヨシュア記23章には老人になっていたヨシュアが
全イスラエル長老達やかしらたち、裁き司たちやつかさたちを呼んで
語り宣言した言葉が書き記されています。

約束の地に導きいれた神様に仕えるか他の神々に仕えるかという
厳しい選択の道を人々に示し私と私の家族とは常に仕えると宣言します。
そしてイスラエルの民にいつも共にいて導いてくださった
神様に仕えることを進め外国の神々に仕えることに対する
戒めを厳しく語り誓わせます。

しかし、ヨシュアが亡くなりまた主がイスラエルに行われた
すべてのわざを知っていた長老たちが無くなってからのイスラエルの民は
早くも神様を忘れ自分勝手な道を走ってしまうのです。
ヨシュアの死後の歴史が書かれている士師記には
人々はめいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていたと
締めくくられています。

神さまから離れて自分勝手な行動に走るたび神様は周りの民族を動かして
イスラエルの民が自分に戻ることを求めました。
その度人々は神様に叫び神様に頼りましたがその苦しみが去っていくと
いつものように神から離れていきました。

旧約聖書に絶え間なく書かれていることは唯一つです。
神様から離れているイスラエルの民を切に呼び求めている姿です。
自分の愛する人々を呼ぶ神様の愛を感じるたびいつも心が痛くなります。

そんなイスラエルの人々は長い歴史の中で今もメシアの到来を祈っています。
今日もイスラエル人たちは嘆きの壁で黒い服装で違うイエス様を待っています。
しかし、かれらが待ち望んでいるメシアはもう既に2千年前に来られました。

乙女マリアの胎に宿り33年の短い生涯を生きたイエス様、
全人類の罪を背負い十字架にかかったイエス様こそ
彼らがそんなにも熱心に求めているメシアであることを
彼らは未だに知っていません。
異邦人の救いのために神様はイスラエルの目を暗ませたと
聖書には語っています。

神様の愛に触れ救われた喜びに感謝した多くの異邦人たちは
今もイエス様を信じず滅びの道を歩んでいる人々に
イエス様のことを神様の御言葉を伝えています。

去年年末の晩11時近くの時間に携帯がなりました。
知り合いの宣教師でした。
夜分遅くすみませんの挨拶から始まり3歳の女の子を病院に
連れて行きたいけれど症状をどのように説明したらよいかの
問い合わせの電話でした。

普段あまり使わない表現だからたぶんそのように言うのではないかと
いう言葉を教え電話を切りました。
電話を切ってからしばらく宣教師たちの事で色々複雑な気持ちで
なかなか眠りに付くことができませんでした。

神学校の入学から知り合いになった韓国人宣教師や
日本の牧師たちが数人います。
人口の1パーセントも満たないといわれている日本のクリスチャン
そんな厳しい状況で神様の働きをしている牧師、特に宣教師には
毎日が大変な苦労の連続ではないかと思います。

まず言葉の問題、そしてビザや経済的な問題、
子供たちの教育問題も有りますが一番宣教師たちを悩ませるものは
イエス様を伝えることです。
色々な事で人々に福音を伝えたり教会に人々を集めたりしますが
なかなかイエス様を信じ救われる人々がいないことです。

数ヶ月から1,2年家賃や生活費で苦しんだ挙句
日本宣教を諦めてしまう宣教師もいます。
移民宣教の楽な道に走ってしまう人もいます。
しかし、厳しい現実でも唯神様だけを頼って進んでいる人もいます。

神様、一回でも良いから私にも給料をくださいと祈りながらも
せっかく日本に来ているのだから厳しくても日本人にイエス様を伝え
神様が喜ぶ生き方を教えたいとその宣教師は言っていました。

自分がもしこの世を去っても又韓国に戻ることがあっても
必ず誰か教会を守り人々にイエス様を伝えるようになることが
自分のビジョンだとその宣教師は語っていました。

今自分が蒔いた種を自分が刈り取ることは出来ない。
しかし、その種が必ず実を結び誰かの手に刈り取られることを夢見て
今日も1枚1枚伝道のチラシを配る宣教師がいるのです。

伝道者の書11章1節にはこのように書かれています。
「あなたのパンを水の上に投げよ。
ずっと後の日になってあなたはそれを見いだそう。」
又、同じく11章6節にはこのように書かれています。
「朝のうちにあなたの種を蒔け。
夕方も手を放してはいけない。
あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか知らないからだ。
二つとも同じようにうまく行くかも分からない。」

それでは最後にある牧師の証で終わります。
刑務所や大きな教会に招かれて集会をしたりと
忙しい日々を送っていた一人の牧師の話です。

ある日教会に集会の電話がかかって来ました。
地方の県庁所在地からだいぶ離れた小さな都市、その都市からも
二つの山を越えた火田民村の教会の牧師からでした。
電話の向こうから聞こえてくる内容は呆れるほどのものでした。
山奥の教会で信者は牧師家族4人と唯一人の信者でした。

また一つの条件として集会の1日前に来て人々を集めて
集会をしてください事でした。
心の中ではこんなに忙しい私がこの集会は無理だと思っていました。
火田民村の牧師は電話を切る前に最後にこのような言葉を残しました。
”神様に出会った牧師ならきっと来てくださるでしょう”

けれどもまったくその集会に行く気はありませんでした。
しかし、祈るたび山奥の火田民村の牧師が最後に残した言葉が
頭に蘇りました。
2週間悩んだ末牧師はその火田民村の教会にいくことを決心しました。
山道を走りやすい車を用意し不動産やの信仰の厚い信者さんに
300万ウォンぐらいの宣教費を用意するように頼みました。
もう一人はビデオカメラを持って集会の度協力する信者さんを誘い
3人は車に乗って山越え山奥のその教会に着きました。

集会の場所に着いてみると隣は小学校で5人しかない教会なのに
とてもかわいい教会が立っていました。
チャイムを鳴らすと戸をあけて一人の盲人が現れました。
しかも片足が無い状態でした。

びっくりして3人は言葉も出ませんでした。
中に案内され火田民村の牧師の信じられない証を聞きました。
彼は地方の県庁所在地で数百人が集まる結構大きな教会の牧師でした。
忙しく教会の働きをしていた所ある日突然目が見えなくなりました。
いくら調べても原因不明の失明で牧師は絶望しました。

そんな牧師の状態に信者さんの反応は二つに分かれました。
障碍者の教会ではないので早く辞めてくださいという人々と
こんな状態の牧師を追い出すのはあんまりだと反対する人々です。
争いが続く中牧師は思い気持ちで辞表を出しました。
長いこと一緒に教会に使えていた人々が止める気配も無く
用意してた退職金をすばやく計算して渡してくれました。

信じていた教会の信者たちの態度に牧師は深く傷つきました。
教会の門を出た彼はタクシーに乗りました。
行き先を聞くタクシーの運転手に彼はこう告げました。
”お金はいくらでも払いますのでとにかく空き家が多く
人の気配の無いところに連れて行ってください。”
牧師の言葉にタクシーの運転手はしばらく考えた末こう答えました。
”お客さん、それなら結構遠くても良いですか。”
それで県庁所在地の都市から連れて行かれたところが
今の火田民の村でした。

ちょうど今の教会が建っていた場所が空き家で彼はそこを借りました。
神様を信じている一人の牧師として自殺は出来ませんでした。
彼は大きなやかんを借りて水を沢山入れました。
お腹がすくと彼はやかんの水を飲みました。
その日から断食しながら祈りひたすら死を待っていました。

意識もうろうしていたある日彼の名を呼ぶ声がしました。
”どちらさまですか”と質問する彼にその声の主は答えました。
”私は神である。私が望むことがありお前をここに呼び寄せたのだ。
今まで多くの人たちをここに呼んだけれどすべてここから去っていった。
私が望むことがありお前をここに呼んだのだ。”

牧師になって彼は再び神からの使命を受けたのです。
あまりにも嬉しさに彼は立ち上がり部屋から外に出ました。
出会う人々に大声でイエス様を伝えました。
しかし、耳を傾けてくれる人はいませんでした。

小学校で遊んでいる子供たちに今日は何曜日かと尋ねると
日曜日だったので彼は子供たちを誘いその日から礼拝を始めたのです。
それから人々にイエス様を信じるように伝道を始めました。
しかし、目の見えないよそ者の牧師の話に耳を傾けてくれる人はいません。

3年間彼は15人の子供たちと礼拝を捧げました。
一人の大人も来ない教会の現実に彼は怒り落胆しました。
そんなある日のことです。
牧師婦人と二人の子供は学校の問題で外出していませんでした。
部屋から庭に出ようとした時古かった板が崩れ落ちました。
その瞬間錆びた大きな釘が彼の右足に深く刺されました。

隣の村が2キロは離れている山の中で痛みと出血で苦しみながら
いくら叫んでも助けの手は現れませんでした。
1日が過ぎその半日後にやっと発見され彼は大きな病院に運ばれました。
生き残るためには片足を切断するしかありませんでした。

あまりにも悲惨な状況を彼は韓国の教会に訴えました。
しかしどこからでも助けの手は現れませんでした。
そんな彼に助けの手を伸べたのはアメリカの盲人宣教団体でした。
その宣教団体が今の教会を建ててくれたのです。

せっかく教会は出来上がっても大人は誰も教会を訪れません。
どのように人々を教会に導くか悩んでいた時です。
一人の牧師のテープを聞きとても感動したので
そのテープの主人公である牧師を自分の教会の集会に招いたのです。

興奮して語る盲人の牧師の証を聞き3人は言葉も出ませんでした。
集会に招かれた牧師はこんな状況でどのように人々を集めて
集会を進めるが悩みとにかく神様に祈りました。
それで考え出したのはくじ引き券つきの景品が当たる集会を思いつきました。
そして、景品集会という人生で始めての集会が始まったのです。

村の村長に大きなギフトセットをプレゼントしました。
そして集会の広報を頼んだのです。
集会に来る人には1日目には焼肉、2日目、3日目と
美味しいご馳走が用意されまた景品の当たる集会があると
知らせるスピカーから聞こえる村長の知らせが何度も山奥まで響きました。

集会が始まり人々が参加しました。
その人たちに毎日景品が当たるくじ引き券が配られました。
美味しい食べ物も与えました。
空き家の多い山村に全部120件の家がありました。
それが1日目には50人の参加者が2,3日目には55人が集まりました。
その地域の人々はすべて集まりました。
誰もいない家には番犬しかいません。

おじいさん、おばあさんたちしかいない集会で賛美は
一番簡単で歌いやすい曲の1節だけでした。
1日、2日、3日美味しい料理と心に響く証でイエス様のことを伝えました。
最後の集会のことです。
いつものように2日間歌った賛美歌を歌おうといました。
すると参加者の中の一人のお婆さんが言いました。
”先生、私たちの知っている賛美歌を歌っても良いですか。”

教会の無い山村の山奥で生涯教会へは一度も
行ったことの無いはずの人々です。
そんな人の口から聞こえてきた言葉に牧師はびっくりしました。
”どうして賛美歌を知っていますか。”
と牧師は参加した人々に聞き返したのです。

するとびっくりする答えが返ってきました。
”私たちはみんな教会学校の幼稚部出身です。
70年前にアメリカ宣教師に教えられて覚えている曲があります。
その曲を歌いたいのですがあるのかしら。”
それから歌いだした歌が「主われを愛す」という曲でした。

楽器も一つ無い教会で讃美歌の本も有りません。
そんな状況でおじいさんやおばあさんたちは1時間半を
その曲を歌い続けました。
70年前の子供のように歌い続ける彼らの上に聖霊は働きました。
賛美が終わり祈りの時間は涙と感動の時間でした。

集会に招かれた牧師は人々に訴えました。
”神さまはあなた方を愛しています。
あなた方を救うために70年前に一人のアメリカの宣教師を
ここに送りました。そして、この教会の牧師の目を見えなくし
片足を取ってまで今日このようにあなた方を集めてくださったのです。
どうか、私たちの罪のために十字架にかかったイエス様を信じてください。”

牧師の熱い呼びかけに何と45人の人々がイエス様を受け入れ
死ぬまで教会の礼拝に来ることを約束したのです。
集会の最後の祝祷の時、盲人の牧師は涙で祝祷が出来ませんでした。
”神様、この魂のために私は目が見えなくなったのですね。
片足を失ったのですね。私はそのことを絶対に恨みません。”
目の見えない牧師はこの告白をしながら嗚咽したのです。

70年前にアジアの貧しい国、韓国にイエス様を伝えに来た
一人の宣教師がいました。
地方の県庁所在地で宣教をするために行きました。
しかし、断られたので馬に乗り山越え今の教会のある火田民村に来ました。
彼は7年間そこでイエス様を伝えました。
肌も目の色も髪の毛さえ違う外人の宣教師の教えに
大人はあまりにも迫害が酷かったので幼い子供たちに
イエス様を伝え賛美を教えました。

その宣教師が母国アメリカに帰るため子供たちに別れを告げるために
柳の木の下に子供たちを集めました。
別れを惜しむ集まった子供たちを抱いて彼は涙を流して祈りました。
今は年を取りおじいさん、おばあさんになった彼らはその祈りを覚えていました。

”神様、私はこの国に来て成し遂げたことがあまりにもありません。
どうか、この子達の魂だけは見捨てないでください。
彼らの魂を救ってください。”
まだたどたどしい韓国語で涙を流しながら捧げた宣教師のことを
神様は覚えていたのです。

70年前にアメリカから遠く離れた国にイエス様を伝えに来た
一人の宣教師、彼が蒔いた種は彼が捧げた祈りは
無駄にはなりませんでした。

幼いときにきいたイエス様の話を賛美を綺麗に忘れていました。
しかし、70年の年月の後神様は一人の牧師の目を見えなくし
片足を奪ってまで彼らを救い一人の宣教師の祈りに答えてくれたのです。

それではペテロの手紙第1の1章23節から25節を読んで終わります。
「あなた方が新しく生まれたのは朽ちる種からではなく
朽ちない種からであり、いける、いつまでも変ることのない神の言葉によるのです。
人はみな草のようでその栄えはみな草の花のようだ。
草はしおれ花は散る。
しかし、主の言葉はとこしえに変る事がない。とあるからです。
あなたがたが述べ伝えられた福音の言葉がこれです。」
  

Posted by 青い鳥 at 22:42Comments(0)説教

2014年01月22日

マガモと中学生たち


マガモと中学生たち
近くに有った図書館が新しいビールに移転することになりました。
それで20分以上かかる図書館へ運動も兼ねて出かけたりしています。

肌寒い天気でダウンチャケットとマフラーに手袋をはめて家を出ました。
くねくねの坂道を熱心に歩きました。
歩いていると体が温かくなります。

いつもの道を歩いていると住宅街にある池につきました。
池の周りには6人の制服姿の中学生たちが何かわいわいしていました。

何度か見かけたマガモを見て騒いでいるのです。
それぞれ用意したパンくずをマガモのほうに投げているのです。
俺のものを食った。
ボスがやっぱり沢山食べてる、まだまだ食べてるなどなど。

いつもは静かな池の周りが興奮している中学生たちで
活気に溢れています。
止めた足を動かしながら男の子達はやはり権力や組織思考だなと思いました。

3羽のマガモたちを見て普通家族だと思うはずなのに
上下のある組織のボスだと思う発想が面白かったのです。

苛めや家庭や色々な理由で自殺していく若い学生たちが多くなっています。
暗いニュースが気になる中で久しぶりに楽しそうに騒いでいる
中学生たちの姿になんとなくほっとした気持ちです。  

Posted by 青い鳥 at 23:02Comments(0)

2014年01月21日

映画ー豚がいた教室

映画ー豚がいた教室
あまり料理は上手ではないけれど毎日の食事のために
スーパーに買い物に行きます。
いつも似たような材料ばかりで簡単で手の込まない料理を
作っています。

殆ど家では野菜ばかりでたまに教会で焼肉や魚のおかずを食べています。
料理の腕も悪いし台所事情があまり良くないので
1週間で1回日曜日にまともな食事が出来るのです。

久しぶりに見た日本映画の豚がいた教室は
命や食べ物に対することを真剣に考える時間になりました。
好きな俳優の一人である妻ぶき聡という人が教師役で出演します。

命と食べ物に対する実験として始めた子豚の飼育から
小学生たちは普段考えたことの無いことを学ぶ機会になります。

生きていくために人は野菜又肉や魚を食べなければなりません。
私たちはスーパーで並べられている得体の知らない肉の破片を手にします。
生きた物からその生命体が殺され肉という塊で人間の口に運ばれる
すべての段階を接する機会は殆どありません。

消費者の私たちは唯パックに入った綺麗に切り落とされた
肉の欠片を目にし手にするだけです。
しかし、その肉は一頭の豚や牛または鶏や魚という
生命体から来ているのです。

物が溢れ日本全国で今も捨てられる食べ物のかすは多いと思います。
ダイエットや満腹を理由に捨てられる多くの食べ物
どうか、その命の元を考えるようになるよう祈ります。
  

Posted by 青い鳥 at 18:16Comments(0)

2014年01月17日

病院へ行く道

病院へ行く道
去年8月から始まった病院巡りは今年も続いています。
なかなか症状がよくならないので胃と腸の専門病院へ移りました。
いつも混んでいて本当に行きたくない所だけど仕方ありません。

予約制で前もって診察日を予約しました。
診察の日、ちょうど知り合いの宣教師が家を訪問することになりました。
前の日から当日まで散らかっていた部屋の大掃除が始まりました。

診察時間が迫ってきたので急いで家を出ました。
二人が横になるといっぱいになる細い坂道を走りました。
しかし、前に三人のおばさんたちが話しながら歩き
道を防いで進むことが出来ません。

やっと前に進むことができ又走り出しました。
間もなく二人連れに会いました。
走る速度を落として後ろでゆっくり歩いている時です。
前を歩いた二人の中で年上のおばさんがそんな私のことを気づき
道を譲ってくれました。

会釈してから病院へ急ぎました。
急ぎ足で歩きながら二組の人たちの様子を思いだしました。
自分たちの話に夢中になり道を塞いでいた人たちと
すぐ気が付いて道を譲った人のことは何が違うんだろう.!!
  

Posted by 青い鳥 at 19:26Comments(0)

2014年01月16日

一枚のカードから伝わる愛

一枚のカードから伝わる愛
パソコンの画面が固まることなく楽しむことが出来るので
家にいるときはずっとユーチューブに嵌っています。

最近見た動画では思わぬことで異国の地で
少年家長の生活を強いられた一人の韓国人の話を聞きました。

離婚してアメリカに渡った母親と一緒に暮らすために
飛行機に乗り海を渡った二人の兄弟がいました。

高校1年の兄と小学生4年の妹でした。
久しぶりに会えた母との生活もつかの間
お母さんは2週間の予定で韓国に戻りました。
しかし、不幸にもお母さんが戻ったのは5ヵ月後の事でした。

信用カードが仕えなくなり電話料金が滞納され電話が切れました。
家賃を取りに来て荒々しく罵る大家の外国人にはThank youという
返事しか出来ない言葉もままならぬ二人がいました。

車社会のアメリカで数キロも離れているスパーに自転車で行き
朝食に食べる牛乳1本に喜ぶ日々が始まりました。
やっと買えた洗剤で久しぶりに食器が綺麗に洗えた時が幸せな日々でした。

しかし、1ヶ月2ヶ月3ヶ月と待っても待っても帰ってこない
母親のことで二人は不安になりました。

英語が出来ないので学校でも苛めに会う日々の中
高校生の兄はお金の無い厳しい生活に疲れ果てました。
そして、兄は小学校4年生の妹に自分は遠くへ行きたいと
死にたいということを仄めかします。

その日も高校生の兄は先の見えない生活の疲れに悩み
部屋に篭っていました。
すると物音がして戸のしたから何かが入ってきました。
一枚のカードでした。

そこには3つの文が書かれていました。
お兄さん、死なないで、愛してる。
小学校4年の妹がお兄さんに送った応援のカードでした。

彼はそのカードを読み熱い涙を流しました。
そして生きる勇気を得たといいます。

今彼はハーバード大学を卒業して韓国で
少年院や施設や学校に出かけて若者たちに
勇気と夢を与える講演をする仕事をしています。

生きている中で人々は時々人生に絶望して自殺を考えたりします。
その時誰かの一言で小さな親切や思いやりで勇気つけられたりします。
相手から伝わる愛に触れる瞬間人々は生きる勇気を得るのです。

去年市役所の廊下には学校での苛めによる自殺者たちの展示会がありました。
小さくは小学生から大きくは高校生たちの写真が展示されていました。

今は叶えられない彼らの夢や生まれてくる赤ちゃんに期待を込めて
つけた名前を読みながらとても心が痛かったことを思い出します。

今も日本全国で色々な悩みを抱えて自ら命を絶っている人がいると思います。
最悪の選択を下す前にどうか、自分を愛している人々を思い出して欲しいです。

この世に誰一人として自分を愛する人がいないと思われる時は
どうか、2千年前に私達一人ひとりを救うために命までも惜しまなかった
イエス様の名を呼び助けを求めるように心から祈ります。
  

Posted by 青い鳥 at 18:57Comments(0)

2014年01月14日

ある中学生の姿

ある中学生の姿
友人から新年の挨拶の電話が掛かってきました。
ついでに食事の誘いがあり出かけました。

あいにく雨が降り傘など荷物が重なりました。
普段家に篭っていると殆ど体を動かしていないので
外出するときは努めて歩くようにしています。

エレベータやエスカレータを避けて
出来る限り階段を利用しています。

電車に乗るため30以上はある階段を
息を切らしながら上っていったときです。

後ろから急いで階段を走って上る足音が聞こえました。
私の横を一人の中学生らしい男の子が制服姿で
カバンを肩に掛けたまま走っていきました。

走って間もなく彼はちょうど階段を下りてきた
一人の男性をぶつかりました。
運悪く肩に掛けていた男性のカメラの蓋が
大きな響きと共に階段に落ちました。

急いで階段を上っていた学生は数段の上で立ち止り
ふかふかと頭を下げてすみませんを連発していました。

当てられた男性は何も言わずカメラの蓋を拾い
そのまま立ち去りました。
しばらくその後姿を見つめていた男の子も
静かに歩いて階段を上っていきました。

礼儀、作法などを知らない世代が増えていると呟いている
世の中ですがまだ日本の若者は礼儀正しく思いやりがあります。
この少年の姿を見て何だかわたしが嬉しくなりました。
あまり好きではない雨の日の幸せな出来ことです。
  

Posted by 青い鳥 at 18:13Comments(0)

2014年01月13日

ある牧師の健康法

ある牧師の健康法
よく利用しているユーチューブには本当に
色々な動画がアップされています。
講演が好きで時間が許す限り見ています。

神様が作った最高傑作品は人間であるという
キリスト教の創造論の奥義の元で語る
一人の韓国人の牧師の健康法はとても有益でした。

解剖学と東洋医学の知識を元にわかりやすく
説明する牧師の話は共感できる話です。

人間は5臓6部の5臓の状態は顔に表れると言います。
目は肝、鼻は肺、耳は腎臓と膀胱、唇は胃と腸の状態を
前もって知らせるといいます。

寒い日に外出して涙もろくなっていたら肝の機能が弱っているから
目よりは肝を強くするようにといいます。

耳が遠くなることや夜のトイレが近くなっていることも
腎臓や子宮の問題だといいます。

鼻炎やアトピや蓄膿症の鼻に関する病気も
肺を強くしたらよくなるといいます。

どんな手術も必ず何か後遺症を残すといいます。
体にメスを当てると気の流れを止めてしまうので
体には絶対によくないといいます。

胃の経絡が走っている目の上を二重の手術をした人には
イエス様の再臨まで消火不良で苦しまなければならないと主張します。

彼が主張する健康法とは正しい姿勢と出来る限り歩くことです。
4つの簡単な健康法と楽しく語る牧師の話は結局
最高の傑作品として作られた神様の創造物である人間が
正しい生活と運動を通して健康になり神様の偉大さを悟ることです。

色々なことで病院続きの日々を送っている私にはこの牧師の話が
よい知らせとして素晴らしい知識を知るよい機会でした。
神様の最高傑作品である私の体を最高の状態に戻すためにかんばろう!!!
  

Posted by 青い鳥 at 16:16Comments(0)