2014年02月26日

ハンナの祈りと決断

ハンナの祈りと決断
だいぶ前のことです。
電車のない地方都市に住んでいた時に用事があると
庶民の交通手段としてバスをよく利用していました。
その時路線バスでよく見かけたのが写真があります。
運転手席の左側の出入り口の方に可愛い女の子が祈るブロマイド写真です。

おとうさん、今日も無事にという文句が書いていました。
多分クリスチャン会社だったでしょう。
白い肌の巻き毛の子供がワンピースのような服を来て
ひざまずいて祈る姿がとても印象的でした。
後になってそれがイスラエルの士師であるサムエルと人物で
女の子ではなく男の子だど知りました。

イスラエルの偉大な王、ダビデの時代に活躍したサムエルの話は
出生からとても劇的です。
なかなか子供のできないハンナという女性が神様に祈り
授かった赤ちゃんがサムエルでした。
ハンナはもし赤ちゃんが出来たらその子を神様に捧げますと請願しています。

請願を建てたとしてもその子と離れて一人で帰ることは難しかったはずです。
しかし、ハンナは乳離れした子供を神様の神殿に祭司に預けて帰ります。
その箇所を読みながら何故か止まらない涙に戸惑いました。

十日間神様の働きのために大事な選択を迫られました。
楽な道に逃げたい自分の気持ちとは裏腹に神様が望む道が違うという
悟りが自分を苦しみます。
そのせいか胸に重たい重りがのしかかっている気がしました。

もしかしてハンナは不安と心配な気持ちで
幼いサムエルを神殿に残して故郷に向かったかもしれないです。
しかし、神様はそのサムエルを守り導きイスラエルの歴史の中で
偉大な士師としての人生を歩ませたのです。

神様を信頼し歩んだハンナの祈りと決断に
神様は素晴らしく答えてくださったのです。
  

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2014年02月25日

祝福の種を蒔く人々

祝福の種を蒔く人々
クリスチャンとして祝福を受ける財政の使い方を教える
女性実業家がいます。

祝福の種になるお金の使い方を聞きながらとても共感しています。
十分の一の献金や教会新築の時の献金や普段の生活の中で
貧しい人に施したお金が神様の国の銀行に着々と高い利率で増えていくのが
目に見える気がします。

この世でいくら高利でも20%以上の危険のない投資はないでしょう。
しかし、神様の国に増えていく高利は少なくとも
30倍から100倍になると言います。

ユーチュブで見たこの女性実業家の講義を見た妹は
早速この祝福の公式を実践しています。
そして、目に見える神様の奇跡を体験しています。

共働きで二人の幼い息子を小学校と幼稚園に送りほぼ朝食抜きの生活です。
講義を聞いてから毎日会社に行く駅の近くのホームレスに千won ずつ施しました。

ある日のことです。あいにく財布を忘れて出勤しました。
幸いにもポケットに1,500wonありました。
心に葛藤がありました。
千wonをホームレスに上げると500wonしかありません。
朝食のための海苔巻きを買うお金が不足するからです。
けれども千wonを渡して会社に向かいました。

近くのパン屋により500wonで買えるパンを求めました。
しかし、一番安いパンが2つ入の一袋が1,000wonでした。
1個でも売ってくれるように頼みましたが断られました。

失望して店を出て会社に向かいました。
お茶で空腹を忍んでいた時です。
ある部署の人が2つ入りの海苔巻きを持ってきました。
行事があり海苔巻きを購入したのに多すぎるので食べてくださいと持ってきたのです。
今まで一度もそんなことがなかったので神様の奇跡を感じました。
また高いから買ったことのない高級の海苔巻きを食べながら神様に感謝しました。

もっと驚く奇跡の話です。
家賃のため古い1軒屋を借りた妹は雨の度雨漏りに困りました。
専門業者に依頼して工事をしましたがなかなか直りません。
3回にも渡り工事をしたのですがまだ雨漏りがするのです。

ずっと連絡を取りましたが業者はあきらかに避けている様子でした。
そんなある日のことです。ホームレスに施すために財布を確認しました。
あいにく5千wonさつ1枚しかありませんでした。
惜しい気持ちがしたのですが妹はその5千won札を勇気を出して渡しました。

会社につき何となくその雨漏りの業者に電話を入れました。
すると驚くことに電話に出たのです。
雨漏りの件を言って工事を頼みました。
すると業者が興奮した声で工事代金を返すと言って電話を切ったのです。

半分信じずにいましたが。数日後業者が直接自宅まで来て
工事代金で払った50万wonを返してくれたのです。
3回も雨漏りの工事をした後の事なので絶対に神様の働き、奇跡だと
妹は日本にいる私に電話をして興奮して報告しました。

神様の計算の仕方は人間の計算とは全く違うことを
身にしみて悟っているこの頃です。  

Posted by 青い鳥 at 14:20Comments(0)

2014年02月24日

春はもうすぐそこまで

春はもうすぐそこまで
部屋の中に座っていると体の芯まで寒さが染みてきます。
郵便局へ行く用事がありついでにピアノ練習に行きました。

マフラを首にまき服は3重にしました。
ひんやりした風の中を歩いていると並木の下にある草が目につきました。
薄緑色がとてもかわいかったのです。

神学校に向かう坂道の一軒家では垣根の下に生えてきた草取りを
しているおじさんがいました。
足音に気がついたのか私の方に振り向きちょうど目が会いました。
ほおえみながら会釈するとこんにちはと元気な声で返事をしてくれました。

大チャペルで久しぶりにピアノを弾きました。
滑らかではない指の使い方で練習不足が自分でもわかります。
メロティを弾いたりコードを弾いたり練習が終わり帰ってきました。

住宅街の空き地にあった田んぼは種を蒔くために綺麗に耕されていました。
行き来する人々の服装はまだ重苦しい格好です。
肌に感じる風もまだひんやりしています。
しかし、春はもうすぐそこまで来ています。
寒かった冬も春に席を譲る時が知らぬ間にすでに来ています。
  

Posted by 青い鳥 at 16:08Comments(0)

2014年02月23日

工事現場のラジオ体操

工事現場のラジオ体操
朝早く出かける用事があり駅の方に向かいました。
4月のオープンの工事現場は徐々に未来図のような形に近づいています。
日に日に華やかさを増して素敵な外見を見せています。

毎日のように警備の人が歩行者を案内したり行き来の車の整理に忙しく
工事現場から聞こえてくる騒音や化学薬品の匂いで嫌な思いもしました。
しかし、本大好きの私は新築建物の中にもっと広い空間の図書館が
新たな姿で出来上がる予定ですので楽しみにしています。

電車の時間に合わせて急ぎ足で歩いている時です。
工事現場の様子がチラッと見えました。
ヘルメットをかぶって作業着を来ている人々が熱心に
ラジオ体操をする姿が目に止まりました。

作業の前にラジオ体操から仕事を始めている様子です。
それを見ながら神学校で毎朝行っていたラジオ体操の様子を思い出しました。
毎日朝5時半にはスーツを着た男女神学生たちが
礼拝堂の前の敷地内に集まりラジオ体操をしました。

スーツ姿のラジオ体操はあまりにも滑稽で未だに笑ってしまいます。
それも今は楽しい思い出になっています。
寒い天気の中、もしかして後輩たちは温かい礼拝堂の中で
また違う体操で苦しんでいるでしょうね。^0^
  

Posted by 青い鳥 at 20:58Comments(0)

2014年02月22日

説教―艱難から栄光へ

説教―艱難から栄光へ
神学校の入学から卒業するまで私は沢山の人々に出会いました。
その中には視覚障害者も一人います。
病気のせいで20代の時に失明した人です。
徐々に視力を失っていく中で彼女はどんな思いで過ごしたでしょうか。

完全に自分の世界が暗闇に変わったときに彼女は看病に来ていた母親に
病院の屋上に連れて行ってくださいと頼んだといいます。
しかし、娘の気持ちを知っていた母親は聞いてくれませんでした。

今彼女は目の見える私よりもっと元気に歩き回る生活をしています。
生き残るために身に着けたたくましさで人生を切り抜いています。
大きな艱難を乗り越えてまた違う人生を歩んでいます。

それでは今日の聖書箇所に移ります。
創世記50章15節から22節を共に読みましょう。
ヨセフの兄弟たちが彼らの父が死んだのを見たとき
彼らはヨセフはわれわれを恨んでわれわれが彼に犯した
すべての悪の仕返しをするかもしれないと言った。

そこで彼らはことづけしてヨセフに言った。
あなたの父は死ぬ前に命じて言われました。
「ヨセフにこう言いなさい。
あなたの兄弟たちは実にあなたに悪いことをしたが
どうか、あなたの兄弟たちのそむきと彼らの罪を許したやりなさい。」と

今、どうか、あなたの父の神のしもべたちのそむきを赦してください。
ヨセフは彼らの言葉を聞いて泣いた。

彼の兄弟たちも来て、彼の前にひれ伏して言った。「私たちはあなたの奴隷です。」
ヨセフは彼らに言った。
「恐れることはありません。どうして私が神の代わりでしょうか。
あなたがたは私に悪を計りましたが、神はそれをよい事のための計らいと
なさいました。それは今日のようにして、多くの人々を生かしておくためでした。

ですから、もう恐れることはありません。私はあなたがたや
あなた方の子供たちを養いましょう。」
こうして彼は彼らを慰め、やさしく語りかけた。
ヨセフとその父の家族とはエジプトに住み、ヨセフは百十歳まで生きた。】

神学校の時、聖書の人物の中で誰が好きですかと聞かれたことがあります。
頭の中で聖書の話を思い巡らしながら答えたのがヨセフとダニエルでした。
男前が好きだと前から言っていたのでその姉妹から
やはり男前を選んでいるとからかわれました。

ただ男前だけの理由ではなく若いときのヨセフの人柄が何となく
私に似ているからです。
12人の兄弟の中でも特別に父親からひいきされた事や
兄たちの悪いところを父親に告げる馬鹿正直さや空気の読めない行動が
私に似ているからです。

創世記37章2節にはその様子がこのように書かれています。
これはヤコブの歴史である。
ヨセフは十七歳のとき、彼の兄たちと羊の群れを飼っていた。
彼はまだ手伝いで父の妻ビルハの子らやジルパのこらと一緒にいた。
ヨセフは彼らの悪いうわさを父に告げた。

また4,5節にもヨセフの行動が書かれています。
彼の兄たちは父が兄弟たちの誰よりも彼を愛しているのを見て
彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。
あるとき、ヨセフは夢を見てそれを兄たちに告げた。
すると彼らはますます彼を憎むようになった。」

ヨセフはヤコブの年寄り子でした。
また4人の妻の中で一番愛していたラケルの息子でした。
なかなか子供のできなかったラケルからはじめて生まれた息子である
ヨセフをヤコブはとてもひいきしました。
ヤコブはヨセフに袖つきの長服を着せたと聖書には書かれています。

4人の妻とそれぞれの母親の違う12人の兄弟、
そして目に見えるひいきは兄弟たちの仲を穏やかにはさせませんでした。
そしてその結果が兄弟を殺したいほどの憎しみに変わっていったのです。

父親に愛されすばらしい未来を予告されていた夢見る少年ヨセフは
一瞬にして転落の道を歩むようになります。
エジプトで奴隷としての生活が始まり濡れ衣を着せられ
囚人の身分まで落ちてしまうのです。

その艱難と苦しみの時間をヨセフはどのように生きたでしょうか。
ヨセフは耐えられないほどの年月の中で真実な神様に頼ることを学んでいきます。
奴隷として売られたエジプト人の家で神はヨセフのゆえにその主人の家を祝福します。
創世記39章5節にはこのように書かれています。
「主人が彼に、その家と全財産とを管理させたときから主はヨセフのゆえに
このエジプト人の家を祝福された。
そして、主の祝福が家や野にある全財産の上にあった。」

父親から愛され平安なときよりヨセフはもっと神様に近づいていったのです。
美男子であったヨセフに目をつけた主人の妻とのエピソードを通して
私たちはヨセフの信仰を知ることができます。

ヨセフに毎日言い寄る主人の妻に対して彼は聞き入れず彼女の傍に寝ることも
彼女と一緒にいる事もしなかったのです。
そしてヨセフは主人の妻にこのように告げます。
「ご主人はこの家の中では私より大きな権威を振るおうとはせず
あなた以外には何も私に差し止めてはおられません。
あなたがご主人の奥様だからです。
どうして、そのような悪事をして、私は神に罪を犯すことができましょうか。」
この告白のようにヨセフは艱難を通して神様への信仰を深めて行ったのです。

奴隷と囚人の生活が終わり定めの時期が来たので
ヨセフはエジプトで王の次の座に着くようになります。
それから、飢饉のために食糧を求めてエジプトに来た兄弟たちと再会し
ヤコブの家族全員をエジプトに呼び寄せます。
死んでいたと思っていたヨセフに会えたヤコブの喜びは
計り知れないほどのものだったでしょう。

しかし、そのヤコブが亡くなったとき一番心に恐怖を抱いた人々は
ヨセフを殺そうとして奴隷として売り払った兄たちでした。
彼らは死んだ父のことまで言い出して命を乞います。
そんな兄たちの言葉を聞いたヨセフは泣いたと聖書は書いています。

ヨセフは兄たちの悪を神に代わって裁こうとはしませんでした。
多くの人々を生かしておくための神の計らいだと告白します。
悪を計ってした行動まで神はよいことのための計らいとされたと
神様を賛美しています。

私たちは生きている中でいろいろな艱難や苦難に会います。
出口の見えないトンネルを歩くような時もあります。
時には自分のおろかさのゆえに、また時には親しかった人々の悪い計らいに
陥るときもあります。

そんな時人々は二つの道を選びます。
一つは自分のおろかさや人生を呪いいつまでもその場所に留まっている人です。
もう一つは人生の艱難や苦難の中で神様に出会い神様を信頼して生きる人です。

まさにヨセフは自分に降りかかった災難や苦しみの中で
整えた人格者に変わり神様にもっと近づく人生を歩みました。
苦しい事や悪いことの上にも一番よい方向に導いてくださる神様に出会ったのです。

この地上に生まれ生きている多くの人々がいます。
顔形や体格、性格や生活環境も違います。
そんな人々はまたそれぞれ違う形でイエス様に出会います。
ある人は雄大な自然の中で神様に出会ったかもしれません。
友達に誘われ訪れた教会学校で素直に神様を信じた人がいるかもしれません。
しかし、罪びとの子孫である私たちは残念ながら
なかなかそのように簡単に神様を信じることが出来ません。

癌になって神様に信じるようになった、離婚や親しい人の裏切りから事業失敗して
イエス様に出会ったと証をする人々がいます。
私たちは平安な時にはそれほど神様を必要としないからです。

絶望の中で自殺を試みたり誰かを殺したいほど憎む環境の中で
人々は神様に目を向けるのです。
心の奥底から神様に助けを求めます。
そして、その艱難や苦しみから神様に出会った瞬間、私たちはどんな災いや
悪巧みさえもよい方向に導いてくださる神様の偉大な計画を悟るのです。

あなたは今、イエス様を信じていますか。
この世、目に見える宇宙を造った神様のことを知っていますか。
罪のゆえに私たちはその神様に近づくことが出来ません。

しかし、約2千年前にイスラエルに人間の姿で生まれたイエス様が十字架の死により
私たちの罪の代価を払ってくださいました。
イエス様により私たちは神様の前に出られるようになりました。
そのことを信じ告白し心にイエス様を受け入れた時から
私達は罪の奴隷の身分から神の子供に変わります。
しかし、人々はそのことをなかなか信じようとしません。

苦しい艱難や不治の病など自分自身の力ではどうにもならなくなった時
人々は縋りたい思いで神様の名を呼びます。
どうか、平安のうちに神様に出会えるように祈ります。

それでは正面衝突というあまりにも悲惨な交通事故を通して
神様に出会った一人の韓国人の話で終わります。
今はアメリカで牧師をしていますが彼の親は真実な仏教徒でした。
小さい時からそんな環境で育ったので誰もが一度や二度は行く
クリスマスの時にも教会には一度も行ったことがありませんでした。

結婚のために見合いをする時でも一番最初聞いた質問は
教会に行っていますかの事でした。
そして、彼は教会に行ってない女性を選んで結婚しました。

二人の子供が生まれ平凡な生活を送っていた時です。
ある日、彼は自分の妻が教会に通い始めたことを知りました。
見つけたその日、彼は自分の妻を家に連れて行き
結婚して初めての大げんかをしました。
教会には絶対に行くなと厳しく妻に警告しました。

それからしばらくの時間が過ぎた時です。
幼稚園に行っている娘が朝食の食卓でこのように祈り始めました。
イエス様、お父さんが教会に行くようにしてください。
もみじのような手を合わせて毎日祈る娘の姿が心にしみました。

彼は結婚したらやさしい夫、優しい父親になると決めていました。
5歳の娘の願いに答えられる優しいお父さんになりたかったのです。
生まれて初めて出席した教会では色々と物珍しいことが沢山ありました。
しかし、ただ形式的に参加する教会の礼拝は一つの日課に過ぎませんでした。

ある日曜日、彼は家族を乗せた車を教会ではなく高速道路に入る
インターチェンジの方向に走らせました。
家族旅行のためにコンドミニアムを予約していたからです。
前の晩、自分の妻に旅行の話をしたところ珍しく
妻は条件付きで承諾してくれたのです。
それは一番早く始まる礼拝に出てから出発しましょうのことです。

妻にはあっさりとそのようにすると約束したものの
彼にはその約束を守る気持ちは全くありませんでした。
日曜日の朝、旅行のための準備が整え4人家族は車で出発しました。
しかし、教会とインターチェンジの2つの方向に別れる道で
彼は高速道路に向かう方に車を走らせていたのです。

教会から遠くなっていく車の中で彼の妻は方向を変えるようにずっと頼みました。
すでに高速道路を走っている車の中で彼はあまりにもしつこく
教会に行こうという妻にこう言ったのです。
”あまりにも宗教にハマりすぎてもダメだ。
イエスが私達を養ってもくれるのか。
神が生きているなら出てきたらどうだ。”

あまりにも高慢で愚かな人間の姿がそこにあります。
しかし、その3時間後彼には正面衝突という悲惨な事故が待っていたのです。
山の坂道を走っている彼の車に居眠り運転手の車が突っ込んで来たのです。
5メートル前から中央線を超えて走って来る車の前で
彼はブレイクを踏む余裕さえありませんでした。

彼の意識が戻った瞬間車の中は地獄の模様に変わっていました。
助手席にいた妻の体がぺちゃんこになった車の下敷きになっていました。
ゲガをした妻の右腕からは止まる様子もなく血が流れていました。

後ろに乗っていた5歳の娘は前のガラスにぶつかり顔中に破片が刺されていました。
チャイルドシートの息子も意識がありません。
そして車のボンネットには火が燃えていたのです。
いつ爆発するか分からない絶体絶命の危機に
どこからか砂の雨が降ってきました。


今にも爆発しそうな車を見てその事故を目撃していた人々が
ちょうぞ車道の端っこにあった雪のために用意されていた
すべり止め用の砂を車にふっかけていたのです。
意識不明の家族3人を車で病院に先送ってから
彼は事故現場でひざまずきました。

事故前の妻の様子がパノラマのように頭の中に蘇りました。
そして、彼は心から神に助けを求めました。
”神様、信じたくてもどうしても信じることができません。
生きておられるならどうか、私の家族を助けて下さい。
神様、あなたは生きているでしょう。
障害者になってもいいです。どんな状態になっても構いません。
命だけは助けて下さい。これからは私は神様の働き人になります。”

数時間前彼は神が生きているなら出てきたらどうだと大口を叩きました。
しかし、そんな彼の叫びさえも神様は答えてくださいました。
109針を縫った彼の娘は成長するたびミミズのような顔の傷で痛み苦しみました。
それを悲しむ彼に娘は笑顔でこのように答えたといいます。
”この傷を見るたび思うのよ。神様が家族を助けてくださったことに
感謝しているのよ”

正面衝突というあまりにも大きな対価を払ってイエス様に出会った人がいます。
聖書のヨセフは奴隷や囚人という艱難の中で信仰を深めていきました。
自分を殺そうと話しあう兄弟たちの声を聞きながらヨセフはどれほど
兄達に助けを求めたでしょうか。
その時の弟の様子を兄達はいつまでも忘れることができませんでした。

創世記42章の21節にはこのように書かれています。
”彼らは互いに言った。ああ、我々が弟のことで罰をうけているのだな。
あれがわらわれに哀れみをこうた時、彼の心の苦しみを見ながら
我々は聞き入れなかった。それで我々はこんな苦しみにあっているのだ。”

兄達に哀れみを請い求め苦しみましたが
彼のその叫びは聞き入れられませんでした。
そして、忠実に仕えたエジプト人の家でも彼はぬれぎぬを着せられ
囚人の生活を強いられます。

しかし、彼は一つ一つの事件の中でますます神を信頼することを学んでいきます。
そして、そんな彼の信仰は悪さえも神は良いことのための
はからいにされたと告白するに至っています。
いろいろな艱難が多くの人々を活かすための偉大なる神の計画だと悟っていくのです。

楽しい家族旅行が正面衝突の悲劇に変わった一人の男がいます。
無残な姿になった車と意識不明の家族、血の海のような事故現場で
彼は生きておられる神様を呼びました。
そして、彼はその艱難を通して神様に出会い今は多くの人々を
イエス様に導く牧師になりました。

ヨセフを通して多くの人々を助けたように彼は今もイエス様を知らず
滅びの道に向かっていく多くの人々を救っています。
それではローマ書8章28節を読んで終わります。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私達は知っています。」
  

Posted by 青い鳥 at 13:29Comments(0)説教

2014年02月19日

朝のホテル街

朝のホテル街
都心にある教会で開かれる講義を聴くために毎日外出しています。
朝9時から始まる講義に間に合わせるために
込んでいる電車を久しぶりに利用しています。

近くの駅から教会まで同じ道を朝と夕方2回も通りたくないので
色々なルートを探しています。
朝通った道にはラブホテルがずらりと並んでいました。

夜には華やかなネオンが人々の目を誘っているはずですが
明るい光の中で浮かび上がっている様子は原色のけばけばしい
化粧をした年老いた遊女のような感じです。

超安値の文句が書いていたりカラオケや色々な設備の完備の誘い文句が目に付きます。
赤い服を着たサンタのおじさんの銅像が飾られていたりと色々です。

大学で流行っている冗談で処女は化石で童貞は天然記念物だという話を聞いたことがあります。
性的に純潔を保つことがからかわれるほど性的な堕落がひどくなっていると聞きました。
密集しているホテル街を歩きながらこんな風潮で生きる若い世代は
どのように誘惑から自分を守るかが気になります。

霊的にも肉体的にも深い繋がりを持ち影響を与えるのが性的な関係です。
聖書ではイエス様を信じるクリスチャンの体は聖霊の臨在する宮と書かれています。
しかし、性的な堕落を促すものや場所があまりにも多い世の中です。

現代を生きるわたしたちは聖霊の宮である自分の体をきれいに
保つことがどれほど難しくなっているだろう。
そんなことを思いながら華やかさとは程遠いホテル街を歩るいて教会に向かいました。
  

Posted by 青い鳥 at 18:27Comments(0)

2014年02月17日

クリスチャンのお金の使い方

クリスチャンのお金の使い方
妹の紹介で見た動画はとても有益で良い内容でした。
裕福な生活をしていたクリスチャンの女性事業家が
親しい友達の借金の保証人になり一瞬にして乞食のような生活に陥り入ります。
何度も自殺を図る絶望の中で出会った神様の話と
クリスチャンの正しいお金の使い方の講演でした。

彼女が悟ったクリスチャンたちが祝福を得る方法は
聖書に基づき神様の約束に沿っています。
女性事業家が教えるクリスチャンの正しいお金に対する生活をご紹介します。
1. 十分の一の献金
2. 貧しい人への救済
3. 神の人への捧げもの
4. 借金をしないこと

いくらお腹が空いても春に蒔く種を取っておく農夫のように
祝福を得る種になるお金を正しく使いなさいと彼女は力説します。

自分の生活が苦しいから十分の一の献金ができないという人がいます。
しかし、マラキ書の3章8節には十分の一は神の物だといっています。
それを捧げない人たちに神様のものを盗んでいると言っています.
十分の一は自分の物ではない神様の物で祝福の種になるのです。
『わたしがあなた方のために天の窓を開き溢れるばかりの祝福を
あなた方に注ぐかどうかを試してみよ」と約束しています。

また貧しい人たちへの救済では申命記14章29節に書かれています。
レビ人や在留異国人、孤児ややもめへの救済のことです。
そして神様はすべての手の業を祝福してくださると約束しています。
相続地を持ってなかったレビ人や弱者の代表として書かれている
孤児ややもめなどはいくら施しを受けてもそれを返すことができません。
そんな貧しい人々にした救済に対して神様が彼らの代わりに報いてくださるとの約束です。

そして、神の人への献金や援助は本当にその人が忠実に神様の国のために
人々をイエス様に導く神様の働きにそのお金が用いられた時
すばらしい報いが祝福が約束されています。

最後に自分の経済状況にあった生活がとても大事です。
借金まで作って贅沢をしたり見栄を張る生活など
正しいクリスチャンとしての生活ではないことを知りとても参考になりました。

妹はこの動画を何度も繰り返し聞いて今はそれを実践しています。
貧しい人やホームレスを見るときはお金を施すことを始めたと言います。
そして、次から次へと起こるすばらしい神様の奇跡と祝福を体験しています。
  

Posted by 青い鳥 at 20:49Comments(0)

2014年02月15日

勇気のないゆえに失った栄光

勇気のないゆえに失った栄光
謎に満ちている聖書の内容は何度読んでもなかなか理解できない書物です。
士師記を読みながら今まで知らなかったことを知るよい時間がありました。
王のいない時代イスラエルの民を納めていた士師たちの話はいつも心の痛い内容です。

神様を忘れ偶像崇拝に走る度神様はイスラエルの周辺国家を通して
また彼らが神様の戻ってくるようにします。
士師の中で唯一の女性のデボラの時代の話ではいつも首を傾げていました。
聖書の中でも残酷な殺人の記述が書かれているのが士師記の4章です。

シセラというイスラエルの敵国の将軍は寝ているときにこめかみに
天幕の鉄の杭が打たれて死にました。
それを行動に移したのが親しくしていた人の妻である一人の女性でした。

デボラの時代にイスラエルを苦しめている国を滅ぼすために神様はバラクという
人を選び出しました。
しかし、彼はそんな神様を信頼で素直に従えませんでした。

そして、彼の勇気のない告白によってその戦争に勝ったけれど
敵国の将軍を殺したのは一人の女性の手柄になってしまったのです。
子供のために書かれたやさしい聖書でそのことを知りとても感動しました。
聖書に書かれている何気ないように思われる内容でもそこには聖書の著者が
必ず伝えたい何か大事なメッセージが隠れていたのですね。

神様からのミッションや使命また招きを聞いた時
私たちは疑いや恐れを捨て直ちに神様を信じ従わなければなりません。
その時私たちは損なうことのない晴らしい栄光を得られるでしょうね。
  

Posted by 青い鳥 at 15:00Comments(0)

2014年02月14日

雪の日に

雪の日に
中々雪の降らない地域に住んでいるので10センチ以上積もる
雪を見るのは初めてのようです。
朝目をさめてからカーテンを開けると外は白い雪が降っていました。
もうすでに数センチの雪が屋根の上や住宅街の道路には積もっていました。

朝食を取ってから予約していた病院へ向かいました。
鍵を掛けて外に出たものの3回も戻ることになりました。
雪道ですべるので靴を履きかえったり通行人のみんなが
かさをさしていたのでかさを取りにと慌てました。

積もった雪道を歩きながら滑らないようにあまりにも気をつけたので
体がこわばりました。
小足で鉄のものを避けて歩きました。

並木には白い雪の花が咲いてとても美しかったです。
裸の木が寒そうにしていたのですが綺麗な雪を載せた模様が
あまりにもすばらしかったので思わず携帯を取り出して写真を撮りました。

普段は買い物客で賑わう商店街にはほとんど通る人もすくなく
がらんとしていました。
喫茶店や散髪屋など暇そうに外を覗いたりお話をしていました。

いつも込んでいた病院も患者さんが少なく早々と終わりました。
帰りよった薬局には一人の先客が帰ると私一人でした。
お客は私一人で薬剤師は4人の普段とは違う様子でした。

のろのろ運転の車やタクシーが走る道路は解けた雪で汚くなっていました。
降り続く雪の中を帰途に着きました。
積もった雪で山の木々は幻想的な美しさを披露していたのですが
携帯では中々その美しさを取れないので両目に捕らえて記憶に残しました。

雪が解けなかったら明日はどうなるのだろう!!!
避難対策にはまだ程遠いので早く正常な日々に戻れるよう祈っています。
  

Posted by 青い鳥 at 22:57Comments(0)

2014年02月11日

命のビザ

命のビザ
みんなそれぞれ優秀なせいか現代の韓国にはなかなか尊敬できる
人物は存在しない気がします。

行動や行き方また言葉や思想を通して誰かを好きになったり
従うようになったりしてもいつの間にかメディアや悪質な噂の餌食になります。

外国に出て平凡だった人が優秀な成績や結果を出します。
しかし、そんな彼らも韓国だったらそのようにうまく行けなかったでしょう。
そのことを知っているので憂鬱になります。

本当に尊敬できる人物や英雄を嫌い、潰してしまう国、韓国
その韓国の歴史の中で学生たちは誰を見習うべきか迷います。
誇るべき歴史と資産が沢山あるけれどそれを知らずいつも
内分や争いでそれを活かせなかった祖国のことが悲しいです。

ドイツの迫害やソ連の危機から命へ繋ぐビザを発行し続けた
一人の日本人の話をテレビで見ました。
杉原千畝、彼が救った6千人のユダヤ人たちは今は20万人になっています。

シンドラーのリストという映画をとても感動的に見ました。
そこで一人を救うことは世界を救うというような話が出ました。

国のために今現在どのように行動すべきかを考え行動した一人の日本人、
彼の生き方と‘人間として当然のことをしただけです‘の告白に
心から涙が流れました。

その涙のわけは彼のような人物を出せない韓国の環境が悲しかったからです。
どうか、これからの時代には韓国にも彼に負けないすばらしい人物が
多く出てくることを祈っています。
  

Posted by 青い鳥 at 20:24Comments(0)