2014年11月29日

映画ー太陽の歌

映画ー太陽の歌
狭い部屋で本とパソコンやテレビの画面を眺める時間が多いので
外出する時は目が眩しい時が結構あります。
乱視と近視や弱視まで重なっているので真夏が痛くて
サングラスが必要になります。

数年前に韓国語で翻訳された太陽の歌の本を読みましたが
ユーチューブでその映画を見つけました。
記憶が薄れているのではっきり覚えてませんが
ほぼ本と同じのようでした。

紫外線アレルギーという珍しい病気にかかって
生涯太陽の紫外線を避けていきた少女の物語です。
毎日のように家から見下ろせる大通りで見かけた
少年に恋した少女の姿を見て何故か星の王子さまの
狐の話を思い出しています。

王子様を待つ楽しみを増すためにどのように自分に近づけるべきかを
語るシーンにはいつも感心してしまいます。
同じ時間に近寄る足音に胸が騒ぐように
麦畑の黄金色に喜びが湧き上がる気持ちが
彼女の姿から連想されるのです。

パソコンから流れてくる映画ノアの重い雰囲気の歌と共に
映画の後の余韻に浸っています。
当たり前のように思う日常の出来事が誰かには
死を招く理由にもなるという事実が驚きです。

病名を知らない病気や原因さえ知らない病気で
今日も人々は苦しみながら死を向かいます。
知らなかった世界にいる彼らの話を本や映画などで接する度
彼らを憐れむ気持ちと意識もしないで生きてきた日常に感謝するのです。

正月には新年の日の出を見る度人々は出かけます。
暗闇から登ってくる太陽の姿に人々は歓声をあげます。
眩しいほどの真昼の太陽、赤く染まる夕日の荘厳な風景
しかし、そんな余裕さえなくして私達は生きています。

そんな私達とは反対に思いっきりそれを楽しみたくても
命に関わる障害で太陽の光を避けていきた一人の少女の話は
寂しさと申し訳ない気持ちさえ残します。
最後まで希望を捨てずに生きた少女の話は思い出と歌の中で
覚えられる一つの作品になりました。

いつでも楽しむことのできる太陽の光、時間に制限されない生活、
けれども私達はそれを感謝して生きているのでしょうか。  

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2014年11月28日

映画ー戦火の馬

映画ー戦火の馬
激突という映画を始めスティーヴン・スピルバーグ監督の映画を数多く見ています。
彼の作品の中で特に私の記憶に残っている映画はインディ・ジョーンズシリーズ
シンドラーのリストやプライベート・ライアンとA.I.等があります。
他にも彼の作品を数多く見ていますがこれらの作品は
いつまでも心のなかに余韻を残しています。

戦火の馬という題名で放映された彼の映画を見る機会がありました。
美しいイギリスの田舎の風景の中で描かれた最初の光景は
あまりにも美しくその映画の撮影地をいつか実際に見に行きたい気持ちです。

第一次世界大戦という戦争の中で翻弄された1頭の馬と
その馬を愛した一人の少年の物語です。
1982年に出版されたマイケル・モーパーゴの児童小説を
スティーヴン・スピルバーグ監督が映画にしたのです。

人間たちが起こした戦争で犠牲になるのは人間だけではなく
罪のない動物までも苦しまれ死んでいく姿の中で
戦争の虚しさと反戦の思いを伝えています。

ジョーイと名付けられたサラブレッド馬を愛した人が戦争という
酷い環境の中で次から次へと死んでいく姿が悲しく描かれています。
幸いにも映画は多くの困難を経てその馬は結局奇跡のように
元の飼い主と再会出来て故郷に帰る結末で終わります。

戦争は誰からも大事なものを奪うんだという心にしみるセリフが
いつまでも心に響きます。

戦争に駆り出された二人の兄弟がいました。
母親から弟を守るように頼まれたお兄さんが離れそうになった
弟を守るためにとった行動で結局二人の兄弟は銃殺されてしまいます。

その光景を見ながら今も国民の義務として軍隊に行っている若者たちを
思い出しました。
南と北と別れて対置している韓国では今でも軍隊で事故や事件で
家族のところに二度と帰らない人々がいます。

無事に帰ってくるように祈っている母親や兄弟がいます。
しかし、その祈りも虚しく彼らに届く悲しい知らせがあるのです。
家族の元に常にいつでも起こりかねない戦争のために備えて生きる
必要のある国の国民たちは絶対に戦争のない世界を望みます。

戦争の危険を持っているだけで今日も地球のどこかでは
人は大事なものを奪われていくのです。
愛する息子や愛する父親を時には心の平安を、、、  

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2014年11月26日

20円で救える命

20円で救える命
あまり日本語を使う機会がなくますます日本語で文を書くのが
億劫になっています。
中国歌手のフシャの歌を聞きながら数日前から頭を過っている
事を冴えない頭で整理しながら書いています。

数年前に神学校に入るために全く知らない街に引っ越してきました。
あまり外出しない性格なので3年間の寮の生活で
たまに図書館に行くか教会に行くための外出以外は
ほとんど神学校で篭もる生活でした。

日本の中でも夏は蒸し暑く冬はもっと寒い地域で
坂の多い街はあまり馴染めず好きにならずにいます。
卒業したら多分二度と来ることはないだろうと宣言してたのに
あんなにも嫌っていた街にまた住むようになっているので
人間の縁とは本当に不思議なものです。

本を借りに図書館に足を運んだり近くのスーパや店で
食料品を買うための外出が主ですので努めて用事を作って
外に出ようと努力しています。

市広報紙に募集していたボランティア体験バスツアーに申し込んで
参加したことがありました。
それから2弾めの企画が実行されその誘いの電話がありました。

知らない世界を見る機会で幸い予定が入ってなかったので
参加することにしました。
一番目のコースは川沿いの国道の掃除を長年やっている
掃除ボランティア団体の人々と軍手をはめて
実際に火ばさみを持って吸い殻やゴミを拾いました。

最後のコースは公園の生い茂る雑木林に入り人が通り易くするために
木を切り倒すボランティアの活動にも参加して
生まれてはじめてこぎりで木を1本倒す経験もしてみました。

のこぎりが木に食い込む感覚を味わいながら
もしかして私って才能あるかもしれないと思ったりしました。
父が数多くの住宅を建築し大勢の人夫や大工を指揮して
女子中学校と高校の私立学院を建てました。
父のもとで働く人々から親分と呼ばれた記憶が残っています。
大工の娘だったのでやはり血は争えないのかも知れません。

5つのアイテムで進行されたボランティア活動の中で
心を占めていつまで頭に残っているのが飲料水のキャップを集めて
リサイクル業者に売った金で貧しい国の幼い子どもたちの命を
救うためのワクチンを送る活動でした。

集めたキャップをいちいち選別して籠に入れました。
キャップに付いているシールを取るのが本当に大変な作業でした。
飲料水の会社の人々はぜひキャップにシールを貼らないで下さい。

世界で今でもポリオや百日咳など6つの病気で5歳未満の命が
一日に5千人ほど亡くなると言います。

20円するポリオのワクチンで一人の命が助かるのです。
キャップの収去によるボランティア活動で今まで2万5千人以上の命が
助かったという報告を聞きながら胸が熱くなりました。

私が住んでいる街は他の地域よりもっとゴミの出すほうがややこしいのです。
それでゴミを捨てる度ついつい面倒くさいと思っていたゴミの分別です。
こんなに選別したものが実際に活用されるのだろかといつも思っていました。
しかし、集めたキャップが人の手を経て尊い命を救う働きを
しているのを聞いて感動しました。
これからはゴミを捨てるとき面倒くさがらずゴミの分別に協力したい
気持ちになりました。

1円10円を軽んじる社会に住んでいるけれど地球の向こうでは
だった20円のワクチンがなく死んでいく子どもたちがいるのです。

恵まれた環境でいることで甘んじるのではなく
自分ができる事を見つけて周りの人々や
いまは地球村と呼ばれるこの地球の貧しい国の人々にも
関心を持って行動する必要が有るのかもしれません。
それが飲み終わった飲料水のキャップを集める活動であっても。
その小さい心掛けで助かる命があるのです。  

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2014年11月24日

映画-単身男女

映画-単身男女
久しぶりに中国映画を見る機会がありました。
単身男女という映画です。
一人の女性に恋した二人の男性の恋の駆け引きの物語です。

惹かれた女性がいるけれどまた色気のある他の女性に
目が移る男の本能が引き起こすすれ違いが面白く描かれています。

その中で私がはっとした場面は二人の恋敵の格闘の瞬間を
職場の同僚がスマートフォンで撮影してその場に居なかった
女主人公にライブの動画を送る場面でした。

時間と距離の壁を越えて遠くはなれている人が
その激しい喧嘩の様子を見ているのです。
それを見た瞬間何故か私の頭に浮かんだ事は
聖書に予言されているイエスキリストの再臨の記録でした。

いつか全世界の人が天から雲にのって地上に降りてくる
イエス様の姿を見ると聖書には書かれています。

電話やテレビも無かった時代の人々は手紙のやり取りだけで
数ヶ月を費やす時もありました。
しかし、文明の発達と共に遠く離れている人の顔を見て
話をする時代になりました。

専門家ではない普通の人が何気ない日常を撮影してその動画を
ライブで地球向こうの人と共に楽しむ時代に私達は住んでいます。
それは遠くない未来に人類は今度は救い主ではなく裁き主として
来られるイエス様の姿を目撃するようになるという事です。

全世界の人が同時にそれを目撃できるという話を
電話やテレビの無い時代の人々が聖書に記録した
聖書の記者たちは自分が書くその内容の意味を想像すら
出来なかったでしょう。

しかし、まさにその時代を生きている私は
映画の中の場面で怖気立つ気持ちでした。
イエス様を伝えられる時間がますます短くなっているような気がします。
私達に与えられた時間はあまり残されてないのかもしれません。

生きている時だけに許された救いのチャンスです。
あなたは今そのイエス様を心の中で迎えていますか。
イエス様を信じていますか。
愛する人にそのイエス様を伝えていますか。

目まぐるしく激変していく時代の中で私達は住んでいます。
そして、着々とイエス様の再臨は近づいているのです。
どうか、救いの列に間に合う私達でありますように。
  

Posted by 青い鳥 at 04:39Comments(0)

2014年11月18日

ガイド付き観光

ガイド付き観光
天気が寒くなりなかなか出かける機会が少なくなっていたので
市報に載っていたガイド付き観光の参加者募集に応募しました。
当日、急に気温が下がり出かけるか悩みましたが
ダウンジャケットを着て外出しました。

集まる最寄りに駅につくとすでに案内する人が待っていました。
申し込んだ人を確認して順番に出発しました。
集合時間の後半についたわたしは他の参加者をまつはめになりました。
しかし、申し込んだ人の10人ぐらいが欠席して
5人だけのチームになりました。

ガイドの案内を聞きながら神社を見物してきつい坂を登りました。
寒かった身体が汗がでるほど暑くなりました。
紅葉にはまだ早い時期で所々赤色に染まった木が見えました。

参加者を色々なメニューで振り分けて前もって予約した店で
昼の食事を済ましてから下り坂をゆっくり歩いて行きました。
一人ではなかなか遊びに行けないのでこんな機会がなければ
見られない風景を見て歩くうちに4時間が過ぎました。

ボランティアのガイド達は歴史にも詳しくもしかして退屈するかも
しれない道のりを時間が経つのを忘れるほど楽しい時間でした。
日本の歴史や文化を知らないのでわからないことが沢山あり
もっと勉強する必要があります。

狭い部屋でパソコンやテレビの画面ばかり覗いていたので
緑や紅葉の自然の色で疲れた目が癒やされる時間になりました。
四季のある日本では変わっていく季節の自然の中で
神様の存在を身近に感じる素晴らしい環境です。

人間が作った石像や仏像のまで熱心に拝む信心深い人々が
本当の神様に出会えますよう心から祈ります。

  

Posted by 青い鳥 at 08:08Comments(0)

2014年11月17日

スマートフォンが支配する世界

スマートフォンが支配する世界
外の世界に触れる機会がなかなか無いので
外出の際には出来る限り人々の様子や景色を見ています。

この前のことです。
用事があり駅に向かっていると前を歩いている女性の動きが
何かぎこちないのです。
横を通り過ぎなからチラッと見ると
スマートフォンで何か熱心に見ています。

結構混んでいた電車の中でも座席の乗客がほとんど
スマートフォンを覗いています。
1両の電車の中で本を読んでいる人は僅か
5,6人ぐらいしかいませんでした。

耳にイヤホンを差し込んだまま液晶画面を覗く人々
あまりにも同じ姿勢の彼らの姿がとても異様な感じです。

二人の若者が会話をしながらも片手でスマートフォンを持って
ひっきりなしに指を動かしていました。

耳と目が完全にスマートフォンやアイフォンなど
携帯端末に支配されている彼らの様子にぞっとしました。

電車の中で結構本を読んでいる人々を見かけていた
数年前のことを思い出しています。
日に日にそんな人々は少なくなっていく現状です。

横断歩道を渡りながら携帯端末の画面から目が離せない人
自転車を漕ぎながら携帯をいじる人がいます。
混雑した駅のホームで幼い男の子がウロウロしている中で
携帯を覗いている若いお母さんがいます。

文明の利器、スマートフォンは確実に人々から
考える時間や真剣に人々の話を聞く機会を奪っています。
一瞬にして命を奪われるかもしれない環境の中でも
判断する力を失って夢中になっている彼らの姿が
見ている人を不安にさせます。

このような現状がますます進んでいくと果たして
全世界はどのようになるだろうかと気になります。
狭い四角画面に支配される時代、
目を離す事ができないほど人々を誘惑する
携帯端末の魔力から逃れる人はどれほどいるでしょうか。

それほど人々を夢中にさせるその画面の中の世界には
何が写されているでしょうか。大変興味があります。
  

Posted by 青い鳥 at 08:36Comments(0)

2014年11月14日

素晴らしい恩師たち

素晴らしい恩師たち
多分神様が私を創った時にもしかして一つの部品を忘れたのではないかと
時々呟く時があります。
あまりにも不器用で人が普通にできることができない
自分の事がもどかしい時思わず口にするのです。

スマートフォンにしてから相変わらず色々と知らない機能で戸惑っています。
その度スマートフォンの使用者の宣教師に世話になっています。
それでその宣教師を恩師と呼んで勝手に弟子になりました。

インターネットの検索をしている時何をどのように触ったかのか
急に検索の文字が小さくなりました。
読み辛いので色々探ってみてもどうしたら良いかわかりません。

仕方なくカカオトークで恩師なる宣教師に助けを求めました。
デスクトップの写真まで取って解決方法を説明して送ってくれましたが
私のパソコンにはそのような表示が見えません。

どうしても私の力では無理だから実際に会って教えてくださいと
メッセージを打っているとまた他の方法が送られてきました。
やっと解決方法が見つかり感謝のメッセージを入力していると
今度は電話がなりました。

メッセージのやり取りでは難しいと思って電話を掛けてきたのです。
アナログ時代を生きた私と世代の差を感じる瞬間です。
特に行動や雰囲気の把握にも鈍い私と若くて行動の素早い若者の世代の差を感じ
そのやり取りがおかしくて思わず爆笑しながら電話を受けました。

私の人生で出会った多くの恩師たちを思い出しています。
人生の岐路で悩んでいる時に歩むべき道を導いてくれた先生がいます。
毎月のように問題を起こして困っている私のパソコンのために
時間を割いてれる先生がいます。
またスマートフォンの使い方の案内まで色々と助けてくれた人がいます。

人生で一番持つべきものはやはり恩師たちのようです。
素晴らしき出会いと感謝すべき恩師たち
そしてその出会いを用意してくださった神様に感謝しています。  

Posted by 青い鳥 at 07:59Comments(0)

2014年11月10日

本ー松浦 弥太郎の仕事術

本ー松浦 弥太郎の仕事術
久しぶりに訪問した図書館で面白そうな本を見つけました。
早速その本を借りてきて二日間で読み終わりました。
松浦 弥太郎の仕事術という本です。

仕事をする人のための有益な情報がたくさん書かれていました。
その中で服装に対する内容がとても印象に残っています。
身なりが相手への敬意の現れだという言葉です。

自分の顔は鏡で見てない限り見えません。
表情や化粧と服装は自分よりは自分を見ている人のためだということも
他の本で読んだ記憶があります。

亡くなったおじは女の人が化粧もしないで人の前で出るのは失礼だと
厳しく言っていました。
相手を敬う気持ちで着る服装という思いがあればそれは知らぬ間に
相手にも伝わるものでしょう。

そんな話を聞いてからは教会の礼拝に出るとき出来る限り
服装に気を付けるようになりました。
礼拝はこの世を創りこの世を治めている神様に出会う場だからこそ
最高の敬意を表すべきではないかと思ったからです。

ある牧師は教会に来るときは一番綺麗な服装で来るように言っていました。
神様の前に捧げる礼拝の時には気持ちを初め全てにおいて
心を込めて行うようにと言われました。

一国の最高指導である大統領や天皇に会うために
出かけるとき人々は果たしてどのような気持ちでどんな服装をするでしょうか。

神様に捧げる献金をアイロンで当てて綺麗にしていた人の話を覚えています。
ある人は正月になると前もって1年間の献金を新札で用意していると聞きました。

神様を敬う気持ちで自分の信仰生活を振り返ると
まだまだ足りないところが多く目につきます。
相手への敬意の表れとしての表情や服装を思うと
わたしは果たしてどれほどできているだろう。
無表情で近寄りたいといわれているので
まだまだ至らないわたしに反省しています。  

Posted by 青い鳥 at 06:39Comments(0)

2014年11月09日

映画ー知らない女から届いた手紙

映画ー知らない女から届いた手紙
”たいあいに”という中国の歌を聞きながらこの文を書いています。
国や言葉は違うけれど愛に対する感情はあまり変わらないようです。
切なく流れる音色と映像が悲恋の雰囲気を漂わせる曲です。

内容も知らない言葉で綴る愛の歌を聞きながら
しばらく前に見た中国の映画を思い出しています。
日本でも上映されているか知りません。
20年以上の年の流れの中でも変わらなかった一人の女の悲しい恋物語です。
昔作られたアメリカ映画の中国版のようです。

思春期の多感な時期に年上の男に恋をして死ぬまでその恋が続いたけれど
名前さえ覚えられなかった彼女の人生はあまりにも切なく
胸の痛い思いをしました。

色々な愛の形の中でも特に悲しい恋がもしかして片思いかもしれません。
いくら思いが積もっても相手に届かない恋は虚しくもどかしいものです。
隠れて眺める愛する人の姿と形見のように大事に育てた息子の死で
生きる意欲さえなくした女が死ぬ前に自分の愛を綴った手紙を送ります。

男が知らない女から届いた手紙を読んでいく中で
映画は展開されていきます。

聖書をある人は神様が人間に書き送った恋文だと言います。
すると聖書は66巻の分厚いラブレターです。
しかし、みんなそれぞれ神様の恋文である聖書を開いて読む時期が違い
またその深い意味を悟る人もまれです。

ある日知らない女から届いた手紙を通して
自分を死ぬ時まで愛してくれた名も覚えてない女を浮かぶ男がいます。
その男のようにある人は死ぬ間際に自分を愛して命まで犠牲にした
神様の存在に気づくかもしれません。

もっと不幸な人は結局神様の手紙を手にすることさえ出来ずに
この世を去って行きます。
人生の色々な時期に自分を愛し見守り眺めていた女に気付かなかった
その男のように自分を愛していた神様に出会うことが出来ずに
自分が逃した大事なものに気づかずに去るのです。

誰かの人生には名も無き存在として終わるかもしれない神様の手紙
もしも今手にすることができたら遅くならないうちに
神様に出会うことができるよう心から祈ります。
  

Posted by 青い鳥 at 06:10Comments(0)

2014年11月08日

信号無視自転車

信号無視自転車
エズラ聖書講座があり出かけた日のことです。
講座が終わり夜の9時過ぎの人の出も少なくなっている道を
駅に向かって歩いていました。
ビールの立ち並ぶ街には車もだいぶ少なっています。

少しはひんやりしてきた夜道を急ぎました。
早く家について横になりたい気持ちです。
横断歩道の信号が青になるのを待って1歩道路に踏み出した瞬間です。
私の目の前に2台の自転車が迫ってきました。

ぶつかりそうだと気がついても体が素早く動きません。
体を少しそれましたが右手に持っていたガバンが引っかかりました。
幸いにも自転車も私もぶつかって倒れたりはしませんでした。
ひやっとしてぼっとしている私が突っ立ていると
自転車は止める気配もなく走り去りました。

それを眺めている私の耳にごめんなさい”という
男の子の声が小さくなっていきました。
気を撮り直して青信号の横断歩道を渡りました。

駅に向かって歩きながらいくら信号を守っても
規則や信号を無視する人々がいる限り
自分の安全は保証できないことに気が付きました。

神様の守りがなければ一秒たりとも安心して生きることは出来ません。
信号待ちのバスに思わぬ事故が降りかかり
歩道を歩いている人々に飲酒運転の車が突っ込んで来たりします。

1歩先を知らず私達は生きています。
いくら愛しても24時間子どもや家族を守ることは出来ません。
神様の守りを願わくはいられない出来ことで
守ってくださった神様に感謝し新たに人間の無力さを感じています。
  

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