2015年02月25日

映画ー風と共に去りぬ


映画ー風と共に去りぬ
毎日のようにドラマや映画が作られます。
ラジオやテレビしか無かった時代には多くの人々が
少ないチャンネルや番組に満足するしかありませんでした。

しかし、今は全世界で作られた様々な種類の見ものを楽しむことが
出来るようになりました。
知識や情報の洪水の時代です。
次から次へと発表される物を見るだけでも追いつかず
ダウンロードした映画やドラマを見る時間がありません。

生活が単純だった昔から時間は相変わらず1日24時間しか無く
その中で純粋に娯楽や趣味に当てる時間はもっと限られているからです。
好きな小説を再読したり好きな映画を時間が立ってから
また吟味する事は出来なくなりました。

しかし、溢れでている作品の中でも時間とともに
その価値が薄れずついついまた見てしまう映画があります。
映画”風と共に去りぬ”もその中の一つです。

数百ページに至る原作小説も学生時代に翻訳本で読みました。
果たしてこの映画は何回見たでしょう。
テレビで放送された映画を録画して所々飛ばしながら
好きなところだけ見ました。

今回は特に映画の最初の文章がとても印象に残りました。
古き良き時代,紳士道が生きていて奴隷が存在していた
時代が風とともに去っていったという文が何故か哀歌と
ように心に響きました。

経済的にも余裕があり時間にも余裕があったので
味わう事の出来たあの時代への懐かしさがこもっています。
南部時代が南北戦争により永遠に消えていきました。
今全世界に影響を与えた多くの感動的な映画を作った
アメリカの良き時代も過ぎ去ったような気がします。

学生時代に楽しんでいたアメリカのドラマや映画が沢山ありました。
しかし、いつからか私はハリウッとのドラマや映画を
殆ど見なくなりました。
あまりにも下品で必要以上に露出した体や服装で
嫌気がさしてチャンネルを変えたり目を逸らします。

マーガレット・ミッチェルが消え去った良き南部時代を懐かしんだように
久しぶりにまたこの映画を見ながら何故か全世界に良き影響を与えた
多くの作品を作り精神的に導いたアメリカの映画を懐かしみました。
失った物や時間を取り戻すことが難しいように
アメリカの良き時代は二度と戻らないでしょう。

キリスト教の真理に基づいた生活から築き上げた経済力が
招いた傲慢と道徳的な堕落が今の状況を呼び寄せたでしょう。
あまりにも悲しい教訓でその時代を覚えている多くの国が
どうか二の舞を演じる事のないように祈ります。  

Posted by 青い鳥 at 11:01Comments(0)

2015年02月23日

ドラマートキメキ弘文学院

ドラマートキメキ弘文学院
恋愛ドラマが大好きで面白いドラマに出会うと夢中になって見ています。
40回以上もある中国ドラマを毎回録画してついに最後まで見ました。
日本語訳ではトキメキ弘文学院です。

ドラマは好きだけれど時代劇は好きではないので殆ど見ていません。
日本で人気のある韓国の時代劇の殆どを未だに見ていません。
数年前から中国ドラマにハマるようになリマしたが
私が見たものは殆ど現代劇ばかりです。

そんな私が偶然このドラマをテレビ番組で見つけ一話を録画して見ました。
”トキメキ☆成均館スキャンダル”というタイトルで放送された
韓国のドラマに似ているところが多かったです。
”トキメキ☆成均館スキャンダル”は私が最後まで見た
2つの韓国時代劇の中の一つです。

弘文学院という学院での日常を面白く描いたドラマです。
勢力争いという見えない背景の元で弘文学院で出会って恋をして
友情が芽生え先生と学生達の交流を通して人々が変わっていく様子が
面白く感動的に描かれています。

一人の尊敬できる人格者の先生が色々と立ちはだかる
事件や問題を知恵とおもいやりを持って解決していきます。
その過程を経験していきながら人々は心を捉え
次から次へと良い方向に変わっていくのです。

このドラマに出演していた男女俳優たちが
17歳の歳の差結婚をしたという話をインターネットで知りました。
ドラマの中でも二人の恋人たちの戯れる場面が笑みを誘います。

多くの中国ドラマは親や家族の仇に復習する話が出ます。
しかし、このドラマは復習することで人生を無駄にするなと
言い残す死に際の一人の父親の姿があります。
その息子が教訓を守り復習するよりも許す愛によって
もっと素晴らしい人生を歩む機会を得ることも感動的でした。
久しぶりに良いドラマを見て楽しい時間を過ごしました。

翻訳されない字幕の無い中国ドラマを見たくて中国語の勉強を始めました。
韓国語や日本語で時には英語の力を借りて中国ドラマを見ています。
見たいドラマが言葉の壁でぶつかるたびもどかしさを感じるので
早く中国語を身につけて好きな物語を字幕の助けなしで見たいですね。
さて、その日はいつ訪れるのだろう。  

Posted by 青い鳥 at 09:12Comments(0)

2015年02月21日

筆ぐるめとの格闘

筆ぐるめとの格闘
やっと安定していた生活に慣れてきた時進められた神学校入学に
半年以上の迷いの末に神学校に入学しました。
神学校3年間の期間大勢の人々に出会いました。
しかし、卒業してからはなかなか会えなくなっています。

思いも寄らなかったのですが今私はその神学校の出会いの中の一人である
神学校の先輩の教会に出席しています。

色々な奇跡の話のある教会で神学校の1年には
毎週火曜伝道集会が開かれ駅前や商店街で伝導トラックとを配ったりしました。
2年以上貸しビルで礼拝を捧げていましたが新しい場所が見つかり
今は3月の開所式のための工事が行われています。

新しい教会の開所式の案内状を作っていた先輩から電話が掛かってきました。
地図を葉書に取り込んで印刷したいのにその方法を知らないので
解決方法を聞いてきたのです。

神学生1年の時に祈りの答えとして奇跡的にノートパソコンを貰いましたが
3年間一度もパソコンでレポートを書いたりしたことはありません。
ワードファイルの保存ができずに多分3年間唯一私だけが
手書きのレポートを出し続けました。

新しいことや学びに興味があるから機会がある時は出来る限り参加しています。
パソコン検定の資格も持っていたのですが実務で活かされた事が無いので
レッスン内容やプログラムの機能など今は殆どわかりません。

電話口で説明するのは難しいのでとりあえずファイルを添付して
メールで送るように頼みましたがその方法を知らないとのことです。
諦めて一々貼り付けると言っていたので私が出張すると連絡を入れました。
ついでに昼食を一緒に取りましょうと言われ
その時間に合わせて家を出ました。

工事に来ていた大工さん二人も一緒に昼を取りました。
食事の後のお茶会まで終わりパソコン作業が始まりました。
ワードプログラムだとばかり思ってたのに私の前に開かれたのは
名前も知らない筆ぐるめという年賀状などを作るソフトでした。

地図をどのように挿入するかを知り合いの人や妹に質問して
ある程度の内容は把握していきましたが全く知らないプログラムの前で戸惑いました。
イメージファイルに保存して取り組むように言われて色々やってみて
やっと案内状に地図を取り込むことが出来ました。
しかし、印刷のプレビューで確認するとはっきり写ってません。

また色々と格闘していると70代の大工さんが毎年正月に年賀状を送っていると言って
印刷すると綺麗に出力されると言ったので早速やってみました。
ついに成功した瞬間拍手と喜びの歓声で祝いました。

それからも次から次へと色々な問題が発生しました。
その度、3人は頭を揃って解決方法を巡り悩んだり作業を進めていきました。
工事の合間に呼ばれるたび大工さんはパソコン画面を覗きながら
指導をしてくれました。

地図の取り込みから案内文面や往復葉書の前と裏面の住所や名前を印刷して
やっとすべての作業が無事に終わり家に帰るまで
半日間の長い道のりが終わりました。
実力の無さを幾度も嘆いた瞬間です。

幾ら学んでもそれを実務で使わなければ実力として結びつかないことを知り
もっと実務に活かすようにしなければなりません。
とにかく時間は長くかかりましたが3人の大人達が頭を抱えながら
共同作業で成功的にミッションが終わったことに感謝しています。

さて、その案内状を受け取った人たちはこんな苦労の時間を想像できるだろうか。
開所式にはぜひ多くの人びとが集まり喜び素晴らしい時間になるよう祈っています。

  

Posted by 青い鳥 at 08:14Comments(0)

2015年02月19日

映画ー一枚のハガキ



映画ー一枚のハガキ
反戦映画として記憶に長く留まっているのが
フランス映画の「禁じられた遊び」があります。
最近の映画は日本映画の「貝になりたい」や
「火垂るの墓」があります。
映画を見終わってから後味の悪い気持ちが
いつまでも残りました。

一枚のハガキも戦争によって一般の人々がどれほどの苦しみと
悲しみに会うかを描いた映画です。
二人の息子が時代の流れで強要された愛国心に煽られ
戦争で殺された老夫婦の死は悲惨なものでした。

赤札をもらい喜ばれない家族の気持ちを裏腹に
死の場所に万歳や嬉しそうに送り出す人々の様子が滑稽に見えました。

映画の素材になった一枚の葉書は戦場に行った愛する夫の不在を悲しむ
妻の気持ちを書き綴り戦争の惨さを訴えた映画です。
返事に収める内容は山ほどあるけれど検閲の厳しい状況で
フィリピンに行くことになっていた夫はその葉書を
同じ部屋にいた人に預けます。

生き残る可能性の低い自分よりまだ希望が見えていた彼に
妻が送った葉書を確かに受け取ったとまた自分の気持ちを言葉で言い聞かせ
愛する妻に届けてくれるように頼みました。

徴兵された100人の民間人の中で戦争の後に
彼らの帰りを待っていた家族の元に何人戻ったでしょうか。
一人ひとり遣わされた戦場によって彼らの生死は決まりました。
そして、彼らの運命を決めたものはくじ引きでした。

自分の手ではなく上の人々が引いたくじが人々の運命を左右しました。
まさに、くじを引くという簡単な行為があの時代には
生き延びるか否の死のくじになったのです。

今も世界の至る所で人々は愛国心や使命など
綺麗に包装した様々な理由の元に人々を殺人ゲームに駆り立てます。
その殺人ゲームで傷つき、嘆くのは子どもや女また弱者たちです。
歴史の中に刻まれることの無い大勢の無名人達の死の行列があります。

大勢の死者の一人で終わってしまった彼らにも
それぞれ生きて帰ってくることを切に祈っていた家族がいたでしょう。
けれども、多くの人々は愛する人の元には二度と帰ることができませんでした。
彼らの死に対する怒りと無念さ、そしてそんな犠牲を要求する戦争という
終わりなき悪を思います。

今の時代にも実際に色々な名前で歴史教科書に残る色々な戦争
その地獄を生きた人々がまだ生き残っています。
彼らが体験した地獄を乗り越えって今の平和な時代があります。
戦争という名のもとに流された血と愛する人の死を痛んで流した涙の上に
この平和が保ったれています。

戦争を知らない世代として大きな犠牲を払って手にした
この平和の意味を身にしみって味わうことはできませんが
映画を通して体験した人々の話から悲惨だった状況を見聞きする機会があります。
今の平和を心から感謝し長く続くように切に祈ります。  

Posted by 青い鳥 at 15:18Comments(0)

2015年02月16日

本ー子供たちと一緒に読みたい詩100

本ー子供たちと一緒に読みたい詩100
貸出本が12冊になったので普段あまり立ち寄らない書架をゆっくり回りながら
久しぶりに詩集を借りてきました。
子守を頼まれた時この本を思い出して読み聞かせました。
やはり詩は音声を出して読むほうが言葉の響きを感じることが出来るので
もっと心に届くような気がします。

100編の詩を読みながら書いた人々の感受性に感動しています。
日本の名詩として紹介された本も目にしました。
雨にも負けずの宮沢賢治の詩だけ馴染みのある詩でした。

薄い恋を歌ったり平和や政治に関する詩もありました。
色々な物を見て感じた詩の世界は表現力やそれぞれの思いが
共感できたり時にはあまりにも難解で
何回読み返しても結局分からずのままの詩もありました。

ちかげちゃんという詩や人間をかえせという詩は
読みながら心が痛む内容でした。
5人だけのクラスの一人ちかげちゃんの死は耳が悪い故に起きた
悲しい出来こともさることながら残った4人のこの寂しさが伝わり
もっと悲しかったのです。

世界原爆詩集から引用した”人間をかえせ”はとても易しい言葉で
綴られたけれど心の底からの叫び声が本当に心にしみました。
父や母をかえせと叫ぶ著者の怒りに満ちた嘆きに涙しました。
命を落とした愛する人をかえせと取り戻せない日々の平和をかえせと
いくら叫んでもそれはいつも弱い人の届かない悲鳴で終わるのです。

色々な詩の中では言葉の遊びのような詩や
農家のおばさんが育ってたトマトに対する愛を
芸術品として歌った平凡な生活を歌った詩もありました。
美しい詩の朗読を楽しんだ良い読書の時間でした。

文学の最高峰と言われる詩の世界は今の私にはあまり縁の遠い世界です。
鋭い感性が見られ練られた言葉で表現される世界に親しく接することは
普段の生活でも素敵な会話につながるでしょう。

この本を読みながら遠い昔小学校の廊下額に入って飾られた
小学校5年に書いた詩を思い出しました。
その前を通るたび誇らしい気持ちと照れが色あせて蘇ります。
今はその内容を全く思い出すことのできないけれど
あの時私は何を書いていたのだろう。

本の中に収めていた紙の中で心に残る平和を訴えた
ニンゲンをかえせを書き写します。
この世に平和が早く訪れますように。
```````````````
にんげんをかえせ
父をかえせ、母をかえせ
年寄りをかえせ、
子供をかえせ、

私をかえせ、私につながる
ニンゲンをかえせ

ニンゲンのニンゲンのよのある限り
崩れぬ平和を、平和をかえせ。  

Posted by 青い鳥 at 17:33Comments(0)

2015年02月15日

12年後の奇跡

12年後の奇跡
生きている中で私たちはどれほど多くの人々に出会い
また別れていくのでしょうか。
数十年間人生を共に過ごす人がいる反面
通行人で終わる大勢の人々がいます。
誰かがまず声を掛けなければ多くの出会いはただの知らない他人で終わります。

その中ではもしかしてこの人と知り合いになったら
何か利益を得るかも知らないと思って自ら近寄った人もいます。
しかし、ほとんどの人は正常ではない人や社会の中で
疎外されている人に声を掛けたり関心を寄せたりはしません。

一つの出逢いが12年間の年月の中でどのような素晴らしい奇跡を
運んできたかを証しした宣教師の話を聞きました。
中国で癩病患者の世話をしながらイエス様を伝える韓国人宣教師の話です。

彼がチベットの古い仏教の寺院を訪問した時から話は始まります。
その寺院の有名な高僧にイエス様を伝えるために訪れ
そこで世話になっていました。
そして、彼はその寺院に預けられている一人の若者に出会いました。
二十歳ぐらいの若者が気が狂って異常な行動をしたり
裸でウロウロしたりしていたのです。

散歩に出かけたある日彼は噂で聞いていたその若者とばったり会いました。
他のお坊さんに聞いたとおり裸のままです。
彼の前で突っ立ている若者に彼は声を掛けました。

それからその若者は彼の後ろを追うようにいつも一緒でした。
幾ら方法を探してもまともにならなかった若者が
何故か彼の前では大人しくなるのでお坊さんたちは
その若者の面倒を彼に頼みました。

一緒の部屋でお祈りをしたり聖書を読んだりと時間が立ちました。
しばらくの後若者は正常になり自宅に帰りたいと願い出ました。
そして、寺院を離れる時若者は自宅の住所を教えて
必ず訪問してくれるように熱心に頼んで去って行きました。

小さい時からお坊さんの道を歩んでいた高僧がイエス様を信じ
これ以上寺院に留まる理由もなくなったので
彼は寺院を去ることにしました。
その時、若者の頼みを思い出したので住所を頼りにその家を訪れました。
驚くことにその若者のお父さんは軍隊の将軍で家の周りは
警備員の軍人たちが厳しく周りを巡回していました。

知らせを聞いた若者がとても喜んで玄関まで走って迎えにきました。
親にも紹介され盛大な食事やもてなしを受けました。
その家をでる前に彼はその若者や親にこのように言い残しました。
”病気はいつでも再発する可能性があります。
それで2つの薬を服用しなければなりません。
それは新約と旧約です。”

そのことがあって3年後地下教会に送る食料を運ぶ運送手段がなかった彼は
道を走る軍隊のトラックを止めました。
そして、そのトラックを貸してくれるように頼みました。
質問する軍人たちに彼は3年前に出会った若者のお父さんの名前を出し
連絡を取るように言いました。
それで結局無事に食料を届ける事が出来ました。

寺院で若者に出会ったから年月は12年が過ぎたある日のことです。
自分が伝導して世話をしていたある村を訪問した時です。
村の人々がみんなお腹を壊して横になっていました。
衛生的では無い地下水を飲んで腸炎を起こしていたのです。

病院に行くようにも近くの病院が数キロも離れているのです。
近くの病院は民間人の利用できない軍隊用の病院でした。
その話を聞き彼は軍隊の病院に行きました。
そして、一番上の責任者に面会を頼んだのです。
どこから来たのかと質問する受付の人に彼は上から来ましたと伝えました。

共産党の偉い人だと勘違いされ無事に最高責任者の所に案内されました。
部屋に案内されると机の前で書類を見ていた男の人が
目を上げて彼を見るなり走ってきました。
そして、彼を嬉しそうに抱き合ったのです。

びっくりしている彼にその男は”先生、私を覚えていませんか?”と
聞くのです。
記憶の中で思いを巡らしていると彼は自分を紹介しました。
12年前に寺院で頭が狂い裸で動き回っていた若者でした。
彼はその後医学大学を卒業して医者になり軍医として
その病院の最高責任者になっていたのです。

思わぬところで12年後の再会を果たし彼の訪問した理由を聞き
すべての問題が素早く解決されました。
村人は治療を受け村にはきれいな水道を使えるようになりました。
一段落した後宣教師はその人に”今までの実を見せて”と言いました。

その宣教師は自分が伝導した人には必ず伝導の実を要求していたのです。
彼の話が終わらない内にその病院の責任者になっていた若者は
このように言いました。
”先生、その実をお見せしましょう。”と約束の時間を伝えました。
その日にその病院を訪れた時彼の前には200人の人々が座っていました。
コピした聖書で聖書勉強が始まりその日彼らは洗礼を受けたのです。

私達は3年間聖書を学びました。今は洗礼を受ける準備が出来ています。
”先生、私達に洗礼を授けてください。”と今はその病院の最高責任者に
なっていた若者が言ったのです。
一日にその病院の200人の人々が洗礼を受けたのです。

宣教師はその話を終える時このように強く言いました。
”絶対、福音を伝えることを後回しにしてはいけません。”

今も私達は人々に福音をイエス様を伝えることを後回しにしたりします。
しかし、その機会が二度と与えられないかもしれませ
その若者に福音を伝えることを怠けていたら
この奇跡の話を無かったでしょう。
どこでも誰にでも許す限りイエス様を伝える私達でありますように。
  

Posted by 青い鳥 at 19:00Comments(0)

2015年02月14日

感動で満ちた世界


感動で満ちた世界
雪と風が強く降った日、私の家には幼いお客さんが訪れました。
神学校の後輩の子供で3時間だけ子守を頼まれたのです。

口癖のように”私は子供が嫌い、苦手”と言っているので
大分悩んでいたらしいけどどうしても預ける人が見つからなくて
私にまで声が掛かったのです。

散らかっていた部屋を少しは片付けて二人を待っていました。
約束の時間が少し過ぎてからピンク色の服に包まれた
可愛い女の子がお母さんと家の玄関の前に立っていました。

おやつのプリンやお菓子と玩具などのかばんを持って
親子は現れ早速お母さんは仕事に出かけました。
もし泣くのではないかと心配しましたが
バイバイでお母さんを見送り落ち着いていました。

家の中を幾ら探しても子供が遊ぶものはひとつも無いので
持ってきたパズルゲームをさせました。
漫画のキャラクターの名前を連発しているのですが
全然検討も付きません。

ドラえもんともう1種類のパズルゲームを無事に終えました。
ひとつずつパズルを見つけるたび喜びの歓声を上げます。
それに合わせて私も励ましたり褒め言葉をかけました。

図書館で借りた詩を読ませたりと出来る限り
テレビを付けずに過ごすように努めましたが1時間が限界でした。
テレビとリモコンを指しながらどうもテレビを見たがるので
チャンネルを回しながら子供番組を探してもなかなか
アニメや気に入りの番組が見つかりません。

仕方なく大分前に録画しておいたオーシャンスという
映画を一緒に見ました。
絶滅の危機にさらされた海の中に生きている生き物の世界を撮った
映像のステキな映画です。
色々な魚の名を言い当てながらとても楽しそうに見ていました。

映画やテレビを見る時の癖らしく私の膝の上に座ったまま
画面の中の世界を感動に満ちた声でいちいち叫んだり反応するのです。

映画が終わりそれでもお母さんは現れません。
退屈してきた女の子が外の様子を気にしているので窓を開けました。
外は吹雪の嵐です。
風に追われて部屋まで雪が飛んでくるのです。
小さい指を出して体に付く雪を感じたり興奮した声で喜んでいます。
それでも物足りなくなっているようなので靴下を履かせコートを着せ
履物を履きベランダから外に出しました。
きゃあきゃあして遊んでいると待ちかねているお母さんの登場です。

この世に生まれて数年も生きていない幼い彼女の目には
この世は感動に満ちた世界です。
空を舞う雪がヘリコプターの音が車の軋む音や
テレビに出てくる海の中の生き物さえもみんな素晴らしい感動の世界です。
瞬間瞬間感動に満ちた歓声を聞きながら感受性を失いかけている
私が感動した久しぶりの子守です。

澄んだ目で感じた今の喜びと感動がいつまで続くよう心から祈ります。
Sちゃん、素晴らしい時間をありがとう。
  

Posted by 青い鳥 at 08:30Comments(0)

2015年02月13日

進化する折り紙の世界


進化する折り紙の世界
祈りを込めた千鶴の折り紙を好きな芸能人にプレゼントとして送った
ファンの話を聞いたことがあります。
一つの紙鶴を折るためには何回の工程が必要なんでしょう。
複雑なその過程を経て幾つもの鶴を作った記憶があります。
しかし、今は綺麗に忘れました。

指の運動が脳を刺激するので痴呆予防にも良いということを聞き
折り紙の本を買ってきて手順に沿って折ってみたり
ピアノを習いに行ったことがあります。

毎日折り紙を1つずつ折ってみようと計画を立てましたが
いつも5,6番目で立ち往生して結局諦めました。
運動神経が鈍く空間感覚が発達してないのか
苦手な分野で自分には向いてないと思いました。

そんな苦い思い出の中で忘れることのできない事が一つあります。
兎の折り紙を折っていて最後の3,4番目前でどうしても
進み型が分からず苦労していました。
いくら頭を捻っても説明の意味がわかりません。
それを当時4歳だった文字の知らない娘が横で見ていて
本を見ながら立派に完成させたのです。

兄弟の中で一番頭が良いらしく好きな科目は数学と行っていました。
その子が実家に遊びに行った時の事です。
実家の近くにあった妹の職場に遊びに行って
パソコンゲームをしました。
他の兄弟とあまりにも沈着で冷静に進んでいく様子を見ていた
妹は未だに感心した声で”あの子が一番賢かった、
あんな子は見たことがない”と語ります。

テットというプレゼンテーション番組で物理学者が語る
素晴らしい折り紙の世界について聞きました。
パソコンソフトを使ってとても1枚の折り紙には思えない
複雑な折り紙の世界を知ることが出来ました。

優しい教本の中でほぼ一つも最後まで完成させた記憶のない
私には奇跡のような世界が広がっていました。
人間の知性で同じ世界がこれほど進化しているのが驚きの連続でした。

毎朝起きるたび指が強張り体の硬さや運動不足を感じています。
忘れかけていた折り紙の日々を思い浮かべながら
脳を刺激するためにも指の運動も兼ねて
色紙を買ってもう一度折り紙に挑戦してみようかと思っています。  

Posted by 青い鳥 at 19:43Comments(0)

2015年02月12日

広場の子供たち


広場の子供たち
図書館の整理期間の前で5冊の貸し出しの本が12冊になりました。
最近ユーチューブで講演の動画を夢中になって見ているので
なかなか落ち着いて本を読めずにいますが
せっかくの機会ですので風の強い天気にも関わらず外出しました。

完全武装をして家を出たのですがそれでも顔に当たる
冷たい風がまだまだ春は遠い気がします。
耳元に聞こえる風の音が寒さをもっと感じさせます。

いつも立ち寄る書架ではなく違うところも
ゆっくり見て回りながら本を検索しました。
気になる本を幾つか借りて階段を降りてくると
広場で遊びまわっている3人の子どもたちが見えました。

幼稚園らしい3人の男の子が短パン姿で
素肌を出したまま元気よく走り回っていました。
長いソックを入った男の子も一人いましたが
楽しそうにじゃれあっている二人の男の子は
足をそのまま出したままでした。

ダウンジャケットを羽織ったままポケットに
手を突っ込んでいても寒いと感じる私と裏腹に
無邪気に遊んでいる子どもたちが眩しく見えました。

風の子と言って寒さに強い子に育つために
努めている日本の現状を見た瞬間です。
玩具らしい物が何一つなくても好きな友達と
楽しく遊びまわっている子どもたちの様子を
見ているだけでも幸せな気持ちになりました。

何の悩みのなく毎日がただ楽しい彼らの世界が
これからも守られるように祈ります。
日に日に悪に満ちた犯罪の知らせが届き
人々からは愛が冷め自然災害や汚染問題などで悲鳴を上げている
地球が彼らに与えられた未来です。

既成世代が残した破壊された地球で彼らが迎える未来を
向かい合う多くの困難や課題を幼い彼らはまだ知りません。
寒さが苦にならないで好きな友達と遊ぶ時間が楽しいだけの
今の時間を忘れられない素敵な思い出として
いつまでも記憶の中に残ることができますように。
  

Posted by 青い鳥 at 16:29Comments(0)

2015年02月07日

奈良公園を歩きながら

奈良公園を歩きながら
用事があり久しぶりに奈良に出かけました。
まだ寒い天気のなかで予定より少し早めに着いたので
せっかく奈良まで来たのでついでに近くの奈良公園を散歩しました。

いつも観光客で賑わう道には中国語や韓国語が聞こえたり
金髪の外国人が歩いていたりします。
鹿せんべいを売る店の前には1匹の鹿がじっと立っていました。
せんべいをくれる人を待っているのかもしれません。

乳母車の中の赤ちゃんが物珍しそうで身を乗り出して
公園の鹿を眺めていました。
旅行かばんを道においたまま公園の鹿を熱心にカメラで
撮っている中国人の旅行者もいました。
高い飛行機代を払って外国の鹿に夢中になっているのですね。

建物の前でポーズを取って写真を撮ったり
鹿に群がっていたりと観光地なりの賑やかな人々の様子です。

原色系の服を着て所々で群がってガイドの説明を聞いている
日本の観光客たちもいました。
人集りが出来ていたので覗いてみると餅つきの実演で
つきたてのお餅を売る餅屋でした。

日本からまた近い韓国や中国もしくはもっと
遠い国から来た人々が混み合っている商店街も歩きました。
ひんやりする気温でやはり公園の散歩は春の方がいいなと
思いながら帰ってきました。
  

Posted by 青い鳥 at 22:51Comments(0)