2015年11月26日

混みあう電車の中で


混みあう電車の中で
3日間の聖書の学び会に参加するために久しぶりに
朝の出勤ラッシュの時間帯に電車を利用しました。
9時から始まる授業に間に合うためにはどうしても
込み合う時間帯に電車に乗らなければなりません。
普段よりだいぶ早い時間に朝食を取りいつもの朝の行事を
ほとんど省略して出かけます。

駅に向かう道には黒一色の人々が早歩きで通り過ぎます。
人たかりのホームから人々の行列に押し寄せられ
自動的に電車の中に乗り込みます。
全く知らない人々が狭い空間で密着して自分が降りる駅までの時間を
過ごさなければなりません。

やっと吊り皮を見つけて現れては去っていく外の風景を眺めていました。
しばらくするとすぐとなりで少し苛立った声が聞こえてきました。
”ちょっと抑えないでおもらえますか。”
白髪の混じった髪の毛の男の人が20代に見える女の子に向けて
発した言葉でした。
両手で熱心にスマホをいじっていた女の子が中心を保つために
その男性の背中をずっと押さえていたようです。
しかし、その声に反応したその若い女の子の反応は
”きしょう?”という一言でした。
私の耳に入ったその声は誤りの言葉ではなく”きしょう?”という
聞いたことのない言葉です。

静かな電車の中で聞こえて来る二人の声に周りはもっと鎮まりました。
もう少し声が荒くなっていた男性が"なんですか?”を2,3回連発しました。
それでもその女の子はなんの反応もなく体を後ろに離すたまま
ケータイだけを弄っていました。

人と人との間には人間関係により色々な距離が決まっているらしいのです。
混雑した電車の中では一番親しい家族や恋人だけにしか許されない距離まで
人々は入り込みます。
時には体と体がふれあい接近します。

愛する人との接触は気持ちいいもので人を癒やしますが
全く知らない人々との仕方ない環境での接触は人々の気を立たせます。
そんな中で起きた事件で片方が素直に謝っていたら何事のないように
過ぎたことが朝の忙しく駆け寄った電車の中の人々まで
一瞬嫌な気分にした出来ことでした。

ますます乱れていく日本語の中で私の耳には”きしょう”としか聞こえなかった
あの一言は、果たしてさなんの意味だったんだろう。
  

Posted by 青い鳥 at 10:58Comments(0)

2015年11月21日

運転席の乱暴者達


運転席の乱暴者達
引きこもりの生活の結果体の調子がますます悪くなりました。
病院の先生が薬を沢山処方してくださったのでまた薬漬けの始まりです。
体重管理のための食事制限と運動を進められました。
それで何かの理由を付けて外に出るようにしています。

市広報に載っている色々なイベントや企画
そして講演会などに出席しています。
初めての場所にいくたびほぼいつも道に迷っています。
この前は知らぬ場所で開かれた講演会に出かけました。
いちよう地図を調べたのですがあんまり自信はありませんでした。

最寄りの駅に着いて駅の周辺の地図を見てもさっぱりわかりません。
駅員もみえず方向だけはわかったので勇気を出して歩き始めました。
10分以上歩いても住宅街が立ち並んでいるだけです。
道を歩いている人もいないので途中で引き返しました。

来た道を戻る内にひやっとしたことがありました。
国道の歩行者の少ない歩道を歩いていて横断歩道の前で停まりました。
住宅街から走って来た2台の車が信号待ちで止まっていました。
前はトラックで20代に見える若者と助手席には40代の男性が乗っていました。
ちらっといちべつしてから車の前を渡りました。
その時トラックの運転手が急に発信音を出したので
びっくりして急いで道を渡りました。

駅に向かいながら力を持っている人は
常に高慢に成りやすい事に気が付きました。
お金持ちや権力者また色んなところで強者の立場になる時
人は自分の力を見せびらかしたい気持ちにかられるのでしょう。

毎月数百万の買い物をしていた一人の客がデパートの店員の接待に不満を持ち
高圧な態度で謝らせて社会的に批判された話を聞きました。
また財閥の金持ちのお嬢さんがあまりにも人格を無視した
横柄な行動で問題になったり独裁国家で長い間権力を握っている政治家の
信じられないわがまま行動など例を上げると切りがありません。

誰でもこの世に生まれた瞬間は裸の赤ちゃんです。
何も持って来なかったし死ぬ時も何も持って行けません。
生まれた家柄や自分の努力により人々は色々な物を手にするようになります。
そして、人よりもっと沢山の力を得た人は
いつでも高慢になる危険性をはらんでいます。
自分が持っているその力を人々に示したい誘惑に駆られるのです。

しかし、命からはじめこの世で私達が得たすべての物は
神様が一人一人に一時的に預けた神様の委託品です。
才能や知識また健康など全てが結局自分だけではなく
神様の栄光や愛を代わりに示すために与えられたものです。
けれども多くの人々はそれを知らず認めようともしません。
自分の体や自分の子供そして、自分が持っている全てを
自分のものとして扱い高慢に振る舞うのです。

歩行者にとって乗り物に乗っている人は強者の立場です。
車を始め色々な乗り物は事故になった場合凶器になれるのです。
交通事故など一回でも怪我をした体は二度と
神様が造った完璧な状態に戻ることはできません。

トラックの運転席に乗っているだけで横暴になれる
人間の弱さを垣間見ます。
今も世界の色々な所で人々は与えられたものや力を
与えた下さった神様に感謝することなく
神様が望んでもないような用い型をしているでしょう。
弱者を搾取したり無視または差別もしかしては殺したりする形で、、、
そして、罪のない人々の血が地を染まるほどこの世の終わりは
ますます近づくのでしょう。  

Posted by 青い鳥 at 18:38Comments(0)

2015年11月04日

子供の本の講座


子供の本の講座
図書館で開かれる子供の本の講座に申込み
3回の講座の内に2回めが終わりました。
長い間そして今も幼稚園で子供たちを相手にして
絵本の読み聞かせをしている講師による講座です。
絵本にまつわる自分の経験談や思いなどを聞く有益な時間です。

本を読むのが好きで子供たちを連れてよく図書館や移動図書館を利用しました。
しかし、子供のために本を読んであげたりはあまりしてません。
自分の好きな本を借りて読むだけでもいつも時間が足りなかったので
子供を寝かせるときは絵本を読むのではなく”お話でてこい”を
録音したテープを流していました。

1時間のテープに4話の話を録音して全部聞き終わっても子供たちが寝ないで
もっと話を聞かせてとせがまれイライラした記憶があります。
自分の時間が欲しくて速く寝てほしいだけの日々でしたが
今は二度と戻ることのできないその日々が時々蘇ります。
電気を消した暗い部屋で子供たちと聞いた昔話や童話の数々が懐かしいのです。

普段日常生活でなかなか聞けない言葉や物語の世界を
子供たちは絵本を接することができます。
2回めの時間では絵本との出会いがどれほど子供たちの心や
思い出を豊かにするかに対しての話を聞きました。

講座の最初に聞かせてくれた話には共感とともに
消えていく美しい日本語に対する憂いを感じています。
国際語になっている英語を早いうちから子供たちに教えている
幼稚園や小学校が増えているようです。
つい最近経験したと講師が語る話がとても寂しかったのです。
綺麗な三日月を見た幼稚園生くらいの子が”ムーンが長いね”と
一緒にいる年若いおばあさんらしい女性に話しかけると
その人も”ムーンが長いね。”と繰り返したらしいのです。
”三日月ですよ”と声をかけたい気持ちを抑えるのが大変だったと
講師は言いました。

日に日に日本ではカタカナ語が増えています。
時代劇を書く作家たちの悩みは普段カタカナで覚えている語彙を
どれほど使わずに昔の日本語で表現するかという悩みがあるらしいのです。

月の形によって色々な名前があり月見など優雅な生活の中で
生まれた美しい日本語が沢山あります。
しかし、夜空を眺めることも少なくなった現代人の生活では
三日月など教科書や参考書に出るだけの言葉なのかもしれません。

共働きが増え日々の生活に追われまた個人の楽しむことが
あまりにも増えたので枕元で子供を寝がしながら絵本を読んであげる
お母さんたちがどれほどいるでしょうか。

スマホをいじりながら生返事する若い父親に”お父さん、私を見て”と
まだ幼い女の子が言ってそうです。
普段そんな夫の日々の姿を気にしていた女の子の母親から聞きました。
幼い子供が親を求める時期はあっという間に過ぎていきます。
しかし、その悟りはいつも遅いのです。

絵と文字や物語を通して言葉を習得しまた感性を育む絵本との出会いは
子供たちが成長した時何かの拍子で思い出したり
後々にも色々と目に見えない影響を及ぼすものです。

物語を通して言葉を知り描かれた絵を見て
また違う経験をするのが絵本の楽しみ方です。
子供だけではなく大人になっても自分が小さい時に読んだ絵本を思い出し
今度はその絵本作家に対して興味を持ちもう一度本を読んでみたり
その絵本が生まれた土地を訪れる楽しみ方もあるようです。
絵本の作家の書かれた言語で読んでみるのもいいでしょう。

絵本を通して新しい言葉を学び想像の世界を経験し
色彩や感性を磨きそして親子の結びつきまで固くなるのです。
二度と戻らない愛する愛しい子供たちとの時間を
もっと楽しく過ごす賢いお母さんでありますように。  

Posted by 青い鳥 at 14:56Comments(0)

2015年11月02日

日本むかし話ー村正の鉈


日本むかし話ー村正の鉈
借りてきた本を読むのも疲れてきたので
録画したテレビ番組を見ています。
日本むかし話を集めた特番です。

だいぶ前にまだ幼かった子供たちと一緒に楽しく見た番組です。
三角や四角い顔などが変でしたが背景の色や色彩がとても気に入り
また番組の最初と最後の歌が好きで一緒に歌ったりしました。

5話を一気に放送しているもので記憶にないので
忘れているかもしれないしもしかして多分見てないのかもしれません。
5話の中で村正の鉈という話がとても印象に残りました。

時代劇があまり好きではないのであまり見ませんが
親戚の家を訪問した時床の間に飾っておいた
あまりにも鋭い日本刀に鳥肌がたったことが今にも
記憶に鮮明に残っています。

日本に住んでいて今でも感心していることは
切れ目のいい鋭い刃物です。
厨房で使ってよく切れるのでとても気に入り
時々実家に帰るときおみやげとして爪切りや
小物の刃物類を買っていったのです。

食堂でも物作りでも世代を越えて秘術のようなものを
継承してこそできる技だと思います。
日本では職業にあまり差別や偏見を持ってないので
有名な大学の出の息子が自分の仕事をやめてまで
ラーメン屋や旅館など家業を継ぐという話を時々聞きます。

刀の世界を極めた一人の職人の悲しい物語が村正の話でした。
優れた技術で作り上げた自分の刀が作れば作るほど
大勢の人命を奪う物となった時に陥った心の葛藤で
彼は刀作りをやめて生きる意味を探す放浪のたびに出るのです。

切れ目のいい刀を作ることで金儲げも出来るのですが
彼はそれよりは人を助ける農具などを作って
しばらくは平和に暮らすのですがよく切れる刀を作る凄腕のせいで
彼を探し求める人たちが後を絶たないので
1箇所で落ち着くことのできない放浪の人生を送るようになるのです。

殺人者の死として報じられた自分の新聞記事の死亡欄に
大きな衝撃を受けた事がきっかけでノーベル賞が生まれたと聞きました。
ダイナマイトで得た莫大な富と死の商人という不名誉な呼び名、
凄腕の刀名人の苦悩が重なった話でした。
  

Posted by 青い鳥 at 21:12Comments(0)