2016年11月28日

本ー語学音痴の相原式最大効果の中国語勉強法

本ー語学音痴の相原式最大効果の中国語勉強法
わたしの住んでいる市の企画で始まった「健康のための歩く運動」に参加しているので
なるべく歩くようにしています。

活発ではないので用事がないときは家で本を読んだり
映画やドラマまたユーチューブの動画を見てすごすことが多い毎日です。
座っている時間が長くなるのでどうしても運動不足につながり、
消化不良や肥満の悪循環が延々と続きます。
それで、色々なイベントや講座に参加して新しい知識を得たり
その会場まで歩くことで運動不足を補っています。

雨が降るのに出かけたハイキングの途中で久しぶりに訪れた図書館で
5冊の本を借りてきました。
最近ユーチューブの動画に夢中になりあまり取れなかったのが読書の時間です。
そのせいか一気に読み終えたのが中国語の学習法の本です。

日本では語学や楽器また色々な種類の学習法の本が数多く書かれ、
そして読まれてるようです。学習法の読者層が厚いのでは似でしょうか。
私もその中のひとりで、上達するための本を読むと
語学や楽器が上手くなったような錯覚に陥るから不思議です。

ピアノが上達する本ばかり読んでいた私に
妹はその時間にもっとピアノを練習するようにと言いました。
高校の時から英語の恋愛小説を読みたいと思っていた私は
英語の学習法を図書館の書架で見つけるたび
片端から借りてきて読みました。
だからと言って、すぐに上達するはずもないのに読み終えるととても満足するのです。

相原茂さんが書いた中国語勉強法はとても役に立つ内容になっていて
読みやすかったです。
学習法の著者がすすめる内容で共通しているのが
それぞれ自分が好きな方法を見つけて継続するようにと言います。

テレサ・テンの歌が好きで一曲でも覚えてカラオケ店で歌いたいと
中国語に励んでいるおじさんがいます。
好きなタイドラマを英語字幕で見たいと思って英語の勉強に
励んでいる私がいます。
ある人は好きな歌手のコンサートに行きその歌手の母国語で挨拶し、
握手を交わしたいことで外国語を始めるかもしれません。

それぞれ外国語をを始めるきっかけは違うかもしれませんが
楽しくできる方法を見つけ出したら日々の努力や苦労が
苦痛には思えないでしょう。

ドラマ大好きで始まった外国語の勉強は、学習法ばかり読んでも
なかなか上達へは繋がらないけれど、その中の一つでも実践できたら
そして諦めない限りいつか目標は達成できるでしょう。
その日を夢見ています。  

Posted by 青い鳥 at 21:35Comments(0)

2016年11月21日

道端には良心のかけら

道端には良心のかけら
今年も早々と10カ月が過ぎました。
カレンダーはあと残り二枚になりました。
公園の銀杏の木が黄色く衣替えをしています。
あまりにも鮮やかな並木通りが美しく写真を撮りました。
家に向かう道にも雑木林からの落ち葉が散らばっています。

出かける度に、いつも通る道には雑木林があり季節の変化を楽しむことが出来ます。
緑がだんだん濃くなる春や夏、黄色く赤く染まっていく紅葉の秋
寒そうに震えている裸の木々が冬を知らせてくれます。

四季折々、楽しんでいる私ですが
この小さな森を管理する人はもしかして大変な思いをしているのかもしれません。
春や夏はぼうぼうと生える草が通行の邪魔になるから草狩りをし、
秋には落ち葉の掃除で苦労しているでしよう。

いつからか街角のゴミ箱が無くなりました。
そのせいかもしくはモラルがますます低くなっているのか
駅から家までの裏通りには空き缶やペットボトル、そしてビニール袋などが落ちています。

空き地の開発で新しく建物がたち、駅からつながる陸橋ができました。

出来てすぐのときは汚れた靴で踏むことさえ躊躇していたきれいな階段には
一つ、2つ汚いガムの後が増えていきます。

狭い車道の端を歩くと邪魔になるほど伸びていた草が
ある日綺麗に刈り取られています。
落ちていたごみも無くなり綺麗になつた道を歩くのは
気持ちの良いことです。

1週間に1回訪問する街の駅の周辺には捨てられ黒く変色した
ガムがたくさんあります。無秩序な何かの模様のように見えて
とても気になります。
私にはこれが誰かが捨てた良心の欠片のように思えるのです。

自然の落ち葉が増えていっても嫌だとは思いませんが
何故か人間が作ったもののゴミにはとても不快です。
綺麗な道を汚す心無い行動にもやもやしながら通り過ぎていきます。
そのゴミを拾うほど人間出来ていないので、、、

朝早く用事があり、駅に向かう道を歩いたことがあります。
その時、エプロンをかけてほうきとゴミ袋を手にした
中年の女性が道端を掃除していました。
誰かは自分が飲み干した缶やペットボトルを捨てていきます。
そして、誰かはそのゴミを黙々と掃除しています。

知らぬ間に捨てていった良心の欠片、
それを片付ける人、
そして、誰かはその痛々しい痕跡を避けながら歩いていくのです。
  

Posted by 青い鳥 at 15:38Comments(0)