2017年01月30日

本ー読んだら忘れない読書術

本ー読んだら忘れない読書術
文字を覚えてから本が好きでよく読んでいます。
今でも毎年100冊以上の本を読んでいますが
インターネットを利用する時間が増えてまた、ユーチューブの動画を見るようになってからは
読書に咲く時間がますます減っています。

2年前から携帯電話をカラケーからスマホに変えました。
もともとついている基本アプリのユーチューブはノートパソコンを立ち上げるための
手順もいらなくただクリックするだけですぐサイトが表示されるので
ますますユーチューブ中毒者になっています。

全世界からアップされる様々な動画はおすすめ動画の刺激的なタイトルと共に
次から次へとクリックを誘導します。
好きな宣教師や牧師のメッセージや講演を見ているとあっという間に
時間が過ぎているのでその分確実に読書の時間が奪われていきます。

飛蚊症と共に発生した目の痛みも加わり、ますます本から離れるようになっています。
目の調子が少し良くなり欲張って借りてきた本の中に”読んだら忘れない読書術”が
あります。
本を読みながらノートに書き写しそして、読書録に本の題名や出版社と
読んだ日付を書くのが前からの習慣です。
しかし、殆どの本はそれだけで終わっているので
後のなってあまり思い出すことが出来ません。

そんな私に向けたような厳しい言葉がこの本には書かれていました。
”記憶に残っていないことはそれは知識として
あなたの中に定着していないということ、その読書は何の役にも立っていない”
精神科医であり、作家である樺沢紫苑の辛口の言葉に心が刺される思いです。
まさにこの本は数年前に読んだのに読んだことさえ忘れてまた借りてきたのです。
読みながら何故か馴染みのある内容で読書録を捲ってみるとすでに読んでいました。

ネット時代は文章力が試される時代だと作家は言います。
誰もが自分の思いを自由に文字にして表現できる時代です。
しかし、本を読まない、文章を書かないと文章力は鍛えられないと主張します。

圧倒的なインフットがあってこそ圧倒的なアウトプットが出来る読書、
脳に情報、知識という栄養を与えると脳はそれをアウトプットしたくなるそうです。
そして、アウトプットを意識した読書の姿勢が大事と言えます。

リーダはリーダになるという英語はまさに読書の重要性を的確に表した言葉です。
世界をリードする指導者たちはほとんどよく本を読んでいると聞きました。
1冊の本には作家の体験や知識のエキスに含まれています。
そして、新しいことを始める時にその先人の知恵を借りる事により
多くの無駄や試行錯誤を防ぐことが出来るのです。

従業員3人の建築会社で作家が見た光景がそのことを
実にわかりやすく伝えていました。
朝、仕事を始めるや事務員の一人が迷惑メールを一軒一軒削除していきました。
毎日迷惑メールがたくさん届くのでそれを削除するのに1日30分はかかると
呟いたのです。
迷惑メールに関する解決方法の本を1冊読むだけで防げたはずの
無駄に過ごした時間を思い出すとアホらしくなります。
しかし、今でも知識や情報を知らず時間や資源を無駄にしている人がいるのです。

町おこしのための講座にに参加した時の事です。
参加者全員がそれそれ町おこしのための企画書を出す課題がありました。
企画書を書いたこともそんな文書も見たことがなかったので
まず最初に図書館に行って企画書の作り方の本を借りてきました。
そして、企画書を作り発表した時企画書の内容よりは企画書を書くために
図書館に行って本を借りて参考にしたことに参加者たちは
妙に感心してくれました。

昔の人は情報を得たくても中々情報を自由に得ることが出来ませんでした。
本を読むことも勉強をすることも一部の階級に限られたものだったからです。
今は出版文化が発達し、また本の価格も安くなりました。
やる気や意欲さえあればいくらでも勉強できる恵まれた時代を生きています。

そんな時代だからもっと読書に時間を費やし自己成長できる私達でありたいです。
素晴らしい知識や知恵が濃縮されている本を通して
もっと豊かな人生を生きる事が出来ますように。
  

Posted by 青い鳥 at 15:06Comments(0)

2017年01月27日

本ー時の番人

本ー時の番人
この地球に生き物が住み始めた遠い昔から今日まで時を刻む太陽と月は
全く同じ動きをしているでしょう。
けれども、現在の私達の生活は過去の人々が感じるほど
ゆったりしたものとは著しく違うものではないでしょうか。

日が昇ると寝床から起きて生きるために必死に働き
日が落ちると暗闇の中で眠りに落ちた古代人は
のんびりした時間の中を歩むことが出来たかもしれません。
それに比べ、真っ暗闇を感じることの出来ない文明が進んでいる現代人は
24時間が短いと感じるほど忙しい日々を過ごしています。

ミッチ・アルボムという作家の本”時の番人”を読みました。
時間泥棒の話を書いたミヒャエル・エンデの”モモ”が大好きです。
それから久しくまた時間にまつわるとても感動的な本に出会いました。

時間の概念が無かった昔、時の流れの中でただ何も考えず
日々の生活に追われていた人々がいました。
そんな人々の中で時を数え、時間を測った男ドールの物語は
古代と現代の時間の流れの中で恋する高校生レモンと
金持ちヴィクターの話と交差しながら進んでいきます。

時間を刻み、測っていく時計が精密になっていく中で人々はますます
時間に縛られて生きているようになりました。
”もっと時間がほしい”、または”時間を留めて”と叫んでいます。

誰も逃れることの出来ない拘束された24時間の中だけ私達は生きることができます。
明日という時間は常に確かではない未来です。
そして、あなたは今の時間をどのように生きていますか?
二度と再び歩くことの出来ない人生という限られた時間を誰と過ごしていますか。
その時間を後悔のない瞬間で満たしていますか?

小説を読んでいく中で時間を測ったことにより時の番人になったドールの苦悩と
時間に対する問いは時間に追われて本当に大事なものを忘れて生きている
私たちに値する質問であることを悟ります。
そして、自分の生活を振り返る機会を与えてくれます。

時間を測ることに夢中になり愛する家族との生活さえ疎かになっていたドールに
神様は聞いています。
”おまえはつねに時間を記録していた。だが、おまえはそれを賢く使ったか? 
心穏やかに過ごすために、誰かを慈しみ、誰かに感謝するために使ったか? 
自らを高め、相手を高めるために、時間を使ったか?”
この質問は小説の中の主人公であるドールだけではなくまさに今を生きる
私たちにも投げかけられたものではないでしょうか。

死にゆくものには時間の流れはあまりにも早く
恋人を待つ時間はあまりにもおそいでしょう。
人生の終わり、私達一人ひとりは神の前で自分が生きた時間を
告白しなければならなくなるでしょう。

自分に許された限りある時間を本当に感動に満ちた
時間として生きたのか問われるのです。
死のない人生、終わりのない人生を人々は夢見ます。
しかし、限りある時間だからこそ生きている瞬間がもっと輝くのです。
  

Posted by 青い鳥 at 19:20Comments(0)

2017年01月17日

本ー時の番人

本ー時の番人
去年暮に三箇所の図書館で29冊もの本を借りてきました。
貸出の5冊までの本がいつも物足りなかったので年末になる度
12冊まで増えた本を借りるために本棚を巡りながら喜んで本を選びました。
けれども、テレビ局の年末特別企画も多く夜遅い時間までテレビを見て過ごしたので
目の調子がまた悪くなり欲張って借りてきた本を読む時間があまりありませんでした。
高く積み上げていた本は見ているだけでも嬉しかったのでが
残念ながらそのまま返すことになりました。

せっかく重たい本を運んできたのに読まずに返すのも心苦しく
痛い目をこすりながら読み上げたのがファンタジー小説の”時の番人”です。
この本を読みながら何故か子供たちがまだ幼かった時に読んだ
リチャード ポール エヴァンスの本”クリスマスボックス”を思い出しています。

”時の番人”は時間にまつわる話をファンタジーふうに書き綴っています。
ドールとサラそしてヴィックターの3人の登場人物の行動を通して
止めることも伸ばすことの出来ない時間に対するもどかしさと教訓を
与えてくれる素晴らしい作品です。

時間という神様が人類に与えた謎を目の当たりにして生きている
我らが果たしてどのように生きるべきかを小説の形態を借りて
わかりやすくまた感動的に語っている本です。

まだ読んではないのですが”モリー先生との火曜日”はいくつかの本の中で
取り上げられていたのでいつか読みたいなと思っていた本です。
その本の書いた著者の作品だと思いもっと興味を持ちました。

時を主題にして書いた本の中でミヒャエル・エンデの”モモ”も
わたしの大好きな本の一つです。

私達が生きている地球、時間の流れを刻む天体そして宇宙
そのすべての運行は秩序正しくどんな誤差もなく整然としています。
人類の知恵の発達とともに自分たちを取り巻く環境を研究し
法則や規則を発見して人間の生活はますます発達していきました。

人類初めて時間を測った人、そして時間を測る技術を身に着けたせいで
どんどん時間の奴隷になっていった人々の様子が
3人の生活の断片を通して鮮明に描がかれています。

まだ人々が時間を意識しないまま、ただ一日を楽しんで生きていた時代に
人より先立ち時間を記録していた後の時の番人のドルに神は問います。
”お前は常に時間を記録していた。だが、お前はそれを賢く使ったか?
心穏やかに過ごすために誰かを慈しみ誰かに感謝するために使ったか?
自らを高め相手を高めるために時間を使ったか?”
それこそこの小説を書いた著者が伝えたい主題です。

神は人間の命を限りあるものにしました。
それには理由があります。
終わりのない時間の中では、すべてが当たり前になってしまうからです。
小さな喜びも見つけられないからです。

ただ一度だけの限られた時間の中を生き、また終わりの時間をわからないからこそ
私たちはもっと真剣に生きるべきではないでしょうか。
死を意識、自分に残された時間を数えながら生きる時
人々はどれほど真剣に時間を過ごすでしょうか。

そんな生活の中では多くの選択中で悩み決めた時間の使い方があります。
何かを失ったり犠牲にしたりする経験がなければ
今与えられているものを愛おしむ気持ちは生まれません。
それで神様は私たちに限られた時間を許したのかもしれません。
一瞬一瞬を愛おしみ、かけがえのないものとして生きるためです。

しかし、時間を測り時間を知らせる鐘を鳴らすようになって以来人間は
その時間を仕事の効率や自分の欲を叶えるための手段の一つとして
利用するようになりました。
いつも分刻みで働きもっと時間がほしいと願い仕事では
前日より大きな成果を上げるために先を急ごうとすると著者は書いています。

時間を発見し、時間を測り、記録していた時の番人であるドルが犯した過ちを
彼の子孫たちである私達は今も同じく犯し続けながら生きているのです。
愛する人と過ごすはずの時間を無駄に過ごしているのです。

私達が所有している時間はただ今だけです。
今の時間を本当に後悔のない瞬間で満たす生き方でありますように。
失ったものばかり求めて今持っている時間を忘れないように。

さて、終わりの時間が近づいています。
残された時間をあなたはどう使いますか?



  

Posted by 青い鳥 at 16:12Comments(0)

2017年01月16日

テレビ絵本ー半日村

テレビ絵本ー半日村
テレビ番組を録画していたハードディスクの残りの量が少なくなり、
急いで再生したり削除したりと整理している日々です。
録画しているのはほとんどNHKーTVの番組です。
主に教育テレビの”デザインあ”、”忍たま乱太郎””、”ヒストリア”、
”ザープロファイラー”、”テットト”、”視点・論点”、”テレビ絵本”などがあります。

年末に借りて返却日が迫ってきている本もまだ全部読んでないのに
風邪を引きました。
学生の時から毎年冬になると鼻風邪でいつも鼻がヒリヒリするほど
鼻をかんでいました。
鼻詰まりがひどくて息ができないので頭がぼーっとしたり
耳鳴りがした記憶が鮮明に残っていますが
最近数年間は風邪を引くこともなく無事に冬を過ごしていました。

それが今、韓国から日本宣教に来た知り合いに頼まれ、家を留守にして
二日間彼女と二人で行動をし動き回ったのが体にこたえたのか
数年ぶりにひどい鼻風邪で苦しんでいます。

鼻がつまり息ができないし鼻水が止まらず強く鼻をかむと
耳まで響き硬膜が破れるのはないかと思うほどです。
息ができないから熟睡も出来ず、また目が痛くなり
体の調子まで悪くなってきて落ち着いて本を読めない状態です。
二日間はあまりにもひどい状態で一気に食欲が落ちましたが
少しずつ回復に向かっています。
鼻で息ができる平凡な生活を感謝せずにいられず
一日も早くそんな日々に戻れるよう祈っています。

ハードディスクの残りを気にしながら次から次へと見ては消していた番組の中で
とても心に残る話がありました。
それはテレビ絵本で取り上げられた”半日村”という絵本です。
児童作家の斎藤 隆介の作品で絵は滝平 二郎の切り絵です。

高い山に遮られ太陽の光が半日しか照らさない村が半日村でした。
日照時間があまりにも短いため稲の育ちも歩く人々、中でも子供たちはいつも
食物不足で血色もよくありません。人々はそんな環境に不満を持ちながらも、
どうすることも出来ませんでした。
その状況を劇的に変化させた一人の男の子のこの話はとても感動的でした。

大好きな絵本の中でジャン ジオノ作の”木を植えた男”があります。
荒れ地を一人黙々と木を植えていた男の話は何時読んでも感動的な物語です。

ひもじい生活と希望のない毎日を変えるために初めて一袋の土を運んで
湖に投げ入れた半日村の少年の勇気と決断がもたらした奇跡の物語は
”木を植えた男”に通じる感動を与えます。

自分を取り巻く制約や自分にとって不利な条件のなかで生きることの不満を持っても
諦めたり、環境を嘆くだけで行動しない人がたくさんいます。
それではいつまでたっても状況は変わらないでしょう。

問題を解決するために一歩踏み出した少年が結局高い山を削って行ったように
希望を持って行動した人が奇跡を起こすのです。

”半日村”と共に”花咲山”というもう一つの作品もいいなと思います。
体調が良くなり天気が回復したら図書館に寄り、実際にこの絵本を手にして
読んでみたいと思います。

あ、、、私はいつ鼻で息ができるようになるのだろう!!!
  

Posted by 青い鳥 at 15:34Comments(0)

2017年01月13日

映画ー変身

映画ー変身
神学生の時知り合った韓国人が日本宣教に来ました。
色々と個人的な用事もあるので自分の家で寝泊まりし、一緒に行動しましょうと頼まれ
二日間、家を留守にしました。
デリケートな性格で寝場所が変わるとなかなか熟睡できない質です。
気を使う生活を二日間送り家に帰ってから、体の調子が悪くしばらく休みました。

少し体の調子が落ち着いたので前からの用事で出かけました。
風の強い日で室内と室外の気温の差が激しい中、動き回ったせいか
弱っていた体はすぐ風邪を引き鼻水が止まらず、鼻がつまり息が出来なく苦しい状態です。
新しく買ってきたティッシュがあっと言う間にからになっています。

新鮮な空気を取り入れるためには出かけるのがいいのかと思いながら
目や鼻の調子も悪くだるかったので一日また家でくつろいでいます。
小さい文字を読むことにも疲れたので、だいぶ前に録画していた日本映画を見ました。
東野圭吾の”変身”という本を映画化した作品です。

日本に来て間もない頃、大好きな本も読み日本語の勉強も兼ねて
図書館でよく借りて読んだ本は赤川次郎の小説です。
とても優しく読みやすい文体で面白い話がたくさんありました。
日本の小説家では五味川純平、三浦綾子の次に出会った作家です。

2年足らずの間、図書館の本棚にあった彼の小説を片っ端から読みましたが
そのうちに飽きてしまい、それからは小説に手を出していません。
いまよく読んでいるのは新書や実用書また語学関連のハウツー本ばかりです。
野口英世、和田 秀樹、茂木 健一郎の本が好きです。

そんな中で、たまたま見た映画が面白く原作の本を読んでみようかと
興味を持ったのが東野圭吾です。
映画化されたものの中では”麒麟の翼”、”秘密”、”g@me.”、”真夏の方程式”を見、
ドラマでは”流星の絆”、”白夜行””ガリレオ”シリーズがあります。

感性に訴える恋愛ドラマには見ることのできない科学的でまた論理的な思考の持ち主が
自分が見たものを鋭い分析力で推理していく過程がとても面白いのです。
犯人探しの名人たちの活躍が目を離せなくさせる力を持っています。
注意深く見てそれを土台にして鋭い観察力で事件を解析して行きます。
その過程ではまた様々な分野の知識が必要だと思います。
映画を見て科学に関する全く知らない情報を得ることもあります。

今回わたしが見た映画では脳移植に関する内容でした。
昔の人は病気や事故などで自分の臓器が機能しなくなると死を待つしかありませんでした。
しかし、今は器械を付けたり臓器を移植したりと医学の発達に伴い
もっと生命を延ばすことができるようになりました。

今は、金さえあれば生きている人の臓器を買える時代です。
金の亡者達は今も全世界で金になる臓器を求めて様々な悪行を繰り返しているでしょう。
永遠の命を求める人々の試みは寿命を延ばすために
尽きない努力と時間とを投資してきました。
そして、多くの命を救うことも出来ましたが、臓器を得るための誘拐や殺人
また疑問を投げかける延命措置や家族への負担なども生じている現状です。

心臓移植を受けた人が前とは違う性格に変わっていったり食べ物や趣味の嗜好が
変わった実際の話を読んだことがあります。
人間の一つ一つの細胞は自分の持ち主のすべてを覚えていると聞きました。
全く違う人の細胞の塊である臓器が入り体に馴染んでいく中で
本人の体の中ではどのような変化が起きているのか本人もまた誰もわかりません。

人間のすべての行動や思考さえも影響を与えるのが脳と聞きました。
臓器さえも脳が破壊されるとまともな働きができなくなるようです。
作家である東野圭吾が脳の移植を受けた人はどのように変わるだろうと
投げかけた疑問から始まった小説が変身だという話を読みました。

たまたま訪れた不動産屋で起きた拳銃強盗事件で頭を打たれ
脳の手術を受けた男が徐々に自分の人格を失っていく過程が切なく
読む人に恐怖を与えます。

画材ショップに勤めている女性との初々しい恋の様子が
サスペンスに変わっていくのが寂しいです。
穏やかな性格の男から激しく荒っぽい男への変身を玉木宏はうまく表現しています。

旧約聖書には祈りによって15年間もっと生きるようになった一人の王様の話が出ています。
イスラエルのヒゼキヤ王です。
しかし、それが果たして祝福であったかは疑問です。
欲張って得た15年間の生存中で生まれた王子は歴史上最も悪い王で
長く国をおさめた王になったからです。

この世での使命が全うされた時、死が訪れると聞いています。
その話を素直に受け取る事ができるならいつどんな時に死が訪れても
慌てるようなことがないのかもしれません。
ただ、悔いを残さないために常に死を意識して生きる生き方が必要なのでしょう。
毎日が昨日の連続ではなく残された最初の日であり最後の日であると自覚して生きるなら
もっと忠実な日々を過ごすことができるかもしれません。
果たして、私はそのように生きているのだろうか?
  

Posted by 青い鳥 at 18:15Comments(0)

2017年01月06日

同級生たちの新年会

同級生たちの新年会
去年、神学校の院内クリスマス会に参加して帰りに私の家に訪問した同級生がいます。
話が弾む中、同級生達の話が出てまた新年会を開きましょうとの話が出ました。
早速ご無沙汰していた一人の同級生に電話をして新年会の日が決まりました。

ドラマに明け暮れた年末が過ぎラインで繋がっている同級生たちから
一人、二人色々な事情で不参加の返事が届き結局参加者は4人になりました。
2時間かかる同級生から1時間40分掛かる人、同じ地域に住んで歩いてきた
同級生まで全員が揃い各自持ってきた料理を食べながら話が弾みました。

一番遠いところから参加予定の同級生は1時間ぐらい遅れることになり
その理由が新年会の日を決める時去年のカレンダーを見て返事をしたので
あいにくバイトが入り遅くなったことを知りみんな大笑いしました。

神学校の在学中にも天然ボケと言われ何かと空想の世界に住んでいるような感じの
言動で周りの人々を楽しませた姉妹だから全然変わってないねと変に納得しました。

海苔巻きや野菜サラダなど買ってきたものでお腹いっぱい食べて
コーヒとゼリ、ミカンとアイスクリームで口も楽しい時間でした。
小さい子供相手の仕事をしているせいか食欲旺盛の割には全然太ってない
姉妹を見て写真を取り他の同級生たちのためにラインに報告する元学生長です。
アップした写真に参加できなかった同級生たちから次から次へと反応の言葉が書かれ
距離は離れていてもオンラインで繋がっていることを実感します。

未婚の二人の姉妹には結婚に対する助言を話し面白い事件などを分かち合い
話が尽きない時間で久しぶりに思いっきり笑い、爆笑した一日でした。
いつあっても嬉しく2年や数ヶ月の空きを感じない親密さがあります。

素晴らしい仲間たちとの出会いがあった神学校の生活であり同級生達です。
大事な縁で繋がっている一人ひとりがいつまで元気で幸せな人生を送るよう
心から祈っています。

  

Posted by 青い鳥 at 21:44Comments(0)

2017年01月04日

2016年の本

2016年の本
いつも年末にはその1年を振り返り、その年にあった色々なことの整理をしていたのですが
今年は年越してからやっと整理にかかっています。
ノートに書き留めた2016年読んだ本を振り返ってみました。
相変わらず実用書が多いのですが、久しぶりに集中して読んだ恋愛小説もあります。

180冊以上の本を借りてきたのですが最後まで読み終えた本は
128冊に留まりました。
年が明けてからも図書館で借りてきた本の読み過ぎで、
安定期に入ってた目の痛みがまた始まりました。

勉強している英語や中国語の上達のためのハウツー本が結構入っています。
一人でコツコツやっているピアノの腕があまり伸びず
図書館の書架の音楽コーナでピアノが上手くなる本などを借りて
参考にしているのですが思うようにはかどらず悩んでいる日々です。

礼拝の前の賛美リードの時もう少しよく通る声で賛美できたらいいなと思い
発声に関する本や歌が上手くなる本などを読んだのですが
あまり効果は現れてないような感じです。

去年3月に急に発生した飛蚊症の症状が良くなることを祈りながら
視力回復のための本をたくさん読んだのも2016年の読書の特徴です。

最高の水準の日本語には欠かせない敬語の習得のために
日本語教室にも足を運び、色々な本を読み漁りましたが
実践できてないもどかしさが残りました。

英語を実際に活かしたい試みで図書館で子供用の英語の絵本を借りて読みました。
字幕の助け無しで英語の映画やドラマなどを見たいと思っているのですが
それは果たしていつになるだろう。

1年を振り返り偏った読書傾向を正しくし,直すべき本の選択などを考えています。
視力の問題もありまた時間をもっと有意義に使うために本当に読むべき本を選別して
読むようにしなければなりません。

ノートに書かれた一冊一冊の本を思い出しながら2016年に読んだ本の中で
記憶に残り心に響いた本は何か選んでみました。
結果は感性に訴える本ばかりで論理的で分析的な鋭い頭脳に憧れるのですが
やはり私は感性的な本に惹かれることに気づきました。

特に印象に残る本は”THE LITTLE HOUSE", ”嵐の夜に”、”敬語の使い方”、
”パチンコに日本は20年で540兆円使った”、”茶色の朝”、漫画”ガラスの城”です。
2017年、今年はどんな本との出会いが待っているだろうか。
  

Posted by 青い鳥 at 15:05Comments(0)

2017年01月02日

新年礼拝の通訳

新年礼拝の通訳
2017年、新しい年が始まりました。
珍しく元旦が日曜日になる年でもあります。
”明けましておめでとうございます。”

大晦日の夜、中国のドラマを見て夜中の1時まで起きていたので
新年の朝は遅くいつものようにパジャマ姿で聖書を読んでいました。
”1年聖書1読”を目指してさっそく創世記から朗読を始めました。
聖書朗読が一段落して、親しい友人や知人に新年の挨拶を
スマホのショートメッセージで送りました。

年末、駅の前に設けられた年賀状売り場の前を通り過ぎるたびに
何枚か買おうかと迷いましたが、結局一枚も買わず新年を迎えました。
神学生の時は学校の方針で教授たちや学生たちにいちいち年賀状を出していたのですが
卒業してからはそれもだんだん減り、今年は1枚の年賀状も出していません。
代わりに新年の挨拶をカカオトークやラインのメッセージで済ましました。

去年とても世話になった方に新年の挨拶を送ったら電話がかかってきました。
教会の信者さんたちのほとんどが、元旦には家族や親戚のところに集まるので
礼拝に来る人々が少ないから、よかったら一緒に礼拝しましょうとの誘いです。
朝食も取らず呑気にしていたので一瞬迷いましたが急いで支度をして出掛けました。

知人の教会は礼拝が終わると信者さんたちが各自持ってきた食べ物で
一緒に食事をします。
知人が用意した食べ物は4人分としては多く、結構重たい荷物でした。
その荷物を車に積んで教会に向かって高速道路を走りました。
いい天気に恵まれた景色を見ながらお喋りしていると急に
知人が私に礼拝のメッセージの通訳を頼むのです。
インターネットで行う韓国語の礼拝の参加者の一人が中国人留学生なのです。

かつて聖書講座で数回その牧師の話を聞き
彼がとても色々な知識が豊富でしかも早口なのを知っていたので断りました。
日本の大学に留学している若い韓国人夫婦がいたので彼らに頼んだらどうかと
尋ねたところメッセージの通訳は無理だと答えるのです。
まったく参加する予定もなかった新年礼拝で通訳まで頼まれ気が重くなりました。
あまり気が進まない私を見て、知人はなんとかなるさといいました。

普段はあまり混まない道が正月のせいか少し混みましたが
礼拝時刻には少し遅れただけで無事に到着しました。
教会の前の2台しかない駐車場に停めるのが一番都合がいいので
空いているように祈っていると、幸いにも1台空いていたので
駐車することが出来ました。

5つの重たい荷物を運び教会の戸を開けるとなんと
信者さん9人が座っていました。
元旦だから礼拝には来ないだろうと思っていた夫婦が、
子供4人を連れて礼拝に来ていたのです。

礼拝の映像が流れていく中で通訳をすべきか迷って
中国人留学生の隣に席を移して通訳が必要か直接聞いてみました。
”なんとなくわかるから”と答えたのでホッとしたところ知人が”
彼は私に遠慮してるだけだ。”といい、結局通訳機を使った初めての
メッセージ通訳が始まりました。

機器の使い方も知らず、緊張して声が高くなりすぎて小さい声でも聞こえるのよと注意され
緊張の中で50分近くの通訳が続きました。
途中で集中力が切れ所々内容が抜けたり省略したりしました。
やっとメッセージが終わり通訳マイクを外して思わず”疲れた”という声が漏れました。

2017年新年そうそう思わぬことが起こっています。
さて、今年は私にどんな事があり、どんな出会いが待っているだろう。
素晴らしい1年でありますように!!!
  

Posted by 青い鳥 at 12:53Comments(0)