2017年10月31日

本ーセンス・オフ・ワンダ

本ーセンス・オフ・ワンダ
説教の原稿がまったく進まないまま時間だけが過ぎています。
20冊も借りてきた本の返却日も近づき、貸し出しの延長をしたのですが
延長できない数冊の本はまだ読み終えてないけれど返さなければなりません。

時々ふっと説教を書かなければとの思いが頭をよぎるのですが
なぜか全然思いが定まらないのです。
説教への負担が重くのしかがり精神的にも追い込まれているので
ついついインターネットやテレビドラマを見て現実から逃げています。

返却日が近づき返す本を整理しながら一気に読んだ1冊の本があります。
レイチぇルーカーソンの作品”センス・オブ・ワンダ”です。
数年前までレイチぇルーカーソンという人の事はまったく知りませんでした。

聖書の学びにいって初めて彼女が書いた”沈黙の春”という本のことを知りました。
早速、図書館で借りてきて読みました。
環境問題をいち早く世界に知らせた一人の海洋生物学者の著書は
とても情緒豊かで生き生きしていました。
最初の所を読み進めていく中、沈黙の春を迎えた自然界の様子が目に浮かび
ぞっとした思いがあります。
しかし、数百ページに上る”沈黙の春”は途中で止まったまま
いまだに読み終えていません。

今回、電車の時間を気にしながら読んだ”センス・オブ・ワンダ”という本は
63ページの薄く、美しい自然の写真もあり読みやすかったのです。
著者であるレイチぇルーカーソンと甥ロジャが過ごした海辺の別荘で
出会った自然との出会いを描いています。

夜空の空を眺めたり、嵐の夜に海辺に出かけ吹き荒れる波の音を聞いたり
山の植物を鑑賞したり、季節の中で虫たちが奏でる音楽を聴いたり
虫眼鏡で広がる小さい世界の住民たちを観察したり、
自然の中で味わうにおいに関する話などとても心を打たれました。

私たちが生きる毎日はすべて驚きの連続です。
しかし、いつでも見られることで私たちは何の感動もなく過ごしています。
それを悲しみ、失ってしまった自然への感動する気持ちを
取り戻してほしいと願って書いたような本でした。

年をとり殆ど自然に対する畏敬や感受性を無くしてしまった大人へ
またまだその世界を知らない子供たちへ
自分が甥と過ごした自然とのかかわりを通して
もう一度すばらしい世界を感じることができるようになることを
望んでいる著者の気持ちが伝わってきます。

花や虫、鳥の名前などを知識として頭の中に入れ込むのではなく
自然の中の美しいものを見て美しいと感じ、新しいものや未知なものに
触れたときの感激、思いやり、憐れみ、驚嘆や愛情などの様々な感情が
いつの間にかその対象となるものについてよく知りたいと思うようになるという
著者の主張に大いに賛成できます。

しかし、いつでも見られるということでついつい日々の中の
きれいな風景や景色、自然の変わり行くさまを疎かにしている
人間の佐賀に悲しみを覚えます。

見ようと思えば毎晩見ることができるために
おそらく一度も見ることのない岬で仰いで見た夜空の話には
私も心からうなづきました。

数日前のことです。
用事があり電車に乗って出かけました。
県境を越えた電車の中で隣に座っていた女子高生の一人が
驚いた声で”美しい”と叫びました。
思わず読んでいた本から目を上げ向かい側の窓を見ました。
そこには赤々と染まっているたそがれが空一面に広がっていました。

体を動かしながら乗客の隙間から見えるその美しい色彩の空に見とれていました。
しかし、その電車の中の殆どの人は何の反応もなく
スマホヤ携帯端末を覗いているだけでした。

夕方になるといつでも現れる何度も見かけた空模様に
誰も関心を向ける事はなくただ女子高生といつまでも成熟しない
大人になりきってない私の二人の観客がいるだけでした。


朝早く太陽が昇る前に見える露の輝き、草花についている水玉
黄昏に染まった空、宝石のように光る海の輝き
空に広がる白い雪のような雲の絨毯
雪の結晶の幻想的な美しさ、、、、
神様が創った数え切れない創造の世界は
人間が作ったどんな高価な宝石よりも美しいのです。

しかし、私たちはいつでも見られる、何回も見た、忙しいなど
いろいろな理由をつけて日々の生活の中で出会う
すばらしい瞬間を見逃しています。

けれども、小さいうちからそんな自然に親しんできた人や
また年をとっていてもその感受性や好奇心を失わずに生きている
人はどれほど豊かな人生を送ることができるでしょう。

私たちが見て、感じたすべては記憶の中に消えることなく
思い出として蓄積されていきます。
そして、時を経てある日、ある場所で鮮明に蘇る瞬間
私たちは忘れていた時間と場所、それをともにした人に
ふただび会うことができるのです。

”センス・オフ・ワンダ”はとてもすばらしい本です。
機会があったらぜひ、一読を!


  

Posted by 青い鳥 at 22:46Comments(0)

2017年10月18日

本ーあなたがピアノを続けるべき11の理由

本ーあなたがピアノを続けるべき11の理由
神学校に入学してから本格的に学んだことの一つがピアノです。
教会の賛美歌の伴奏者を育てるためのレッスンでした。
レッスンを受けるために申し込みに行ったのですが
いろいろな理由をつけてなかなか承諾の返事が降りませんでした。
しかし、熱意を持って頼み、やっとレッスンを受けることができました。

毎週月曜日にレッスンを受け、次のレッスンのときは緊張した気持ちで
ピアノの前に座ったものです。
教室と2箇所の礼拝堂や食堂に合計4台のピアノがありました。
けれども、レッスンが近づくと同級生たちとピアノを奪い合う事もありました。
未来の伴奏者を育てることに情熱を注いでいたピアノ教師の指導は厳しく
熱心に練習したのに先生の前には何故か緊張して思った通りの
演奏ができないもどかしさも味わいました。

実際に実力を試すために朝の礼拝の伴奏が決まったときは
前日まで必死になって練習しました。
しかし、本場に弱く、いつも伴奏は途中で止まったりしました。
その度、落ち込みました。
今でも思い出すと情けないです。

あんなに練習してたピアノも、神学校の卒業と共に一緒に卒業しました。
神学校の先輩の教会に行く事になり、ピアノ伴奏のために
もう一度レッスンを受ける話になりましたがそれもうまく行かず
今はたまにキーボードで好きな曲をひいています。

一生懸命に覚えたコードもほとんど思い出せません。
あ、、、、あの日々の努力はどこに?

一日が終わり横になりその1日を反省するたび、
ピアノの練習をしてないことがいつも気になります。
そんな日々の中、図書館の書架でこの本を見つけました。
”あなたがピアノを続けるべき11の理由”です。

ピアニスト、落語家、哲学者や数学教師など様々な分野で活躍している
人々が職業としてまた趣味として弾いているピアノとの出会いや
それにまつわる思いを語ったのがこの本です。

言葉が通じない外国でもピアノを通して人々とつながる、
ピアノを触れることで広がる人生の豊かさ、
自分の心の奥の感情を発散できることなど
各自が感じたピアノを続けて得た自分なりの感想が励ましになります。

最初なかなか弾けなかった曲がいつの間にか
滑らかに弾けるようになった時の喜びは感じた人しかわかりません。
ある人は好きな曲をピアノで弾きたくてピアノを続けているのかもしれません。
心の安らぎを得るためにピアノに向かう人がいるかもしれません。

ピアノを続ける理由はそれぞれ違うけれど
一度出会った音楽、その中でもピアノを続けることで
素晴らしい世界を体験できると経験者たちは語っているのです。

さあ、私も踏ん張って接続の悪いキーボードをまた取り出して
ピアノの練習に励んでみよう!!!
しかし、ピアノに託した私の夢はいつ開くのだろう!!!
  

Posted by 青い鳥 at 20:23Comments(0)

2017年10月16日

なりすましの被害

なりすましの被害
久しぶりにパソコンを立ち上げてネットに接続しました。
スマホを使ってからはますますパソコンから離れるようになって来ました。
電源を入れてから好きなサイトにたどり着くまでの手順が
ぐんと減るのでついついスマホで済ませているからです。

スマホで一番よく利用するのはユーチューブです。
しかし、ほとんど画面は見ないで音だけ聞いています。
小さい画面から動画を見たり文字をずっと読んでいくのは目がつかれからです。
今でもメールを確認したり、調べたいことを検索して読むのは
ノートパソコンです。

パソコンを使ってからの癖でまずめーるを確認しました。
最近はメールを使っている人も減っていき個人的なメールは一通もなく
味気ない案内メールが幾つか届いていました。
その中の一通がメールサイトからのものでした。
送られた内容を読んで大変な事になっているのを知りました。

誰かが私のIDとパスワードを使って迷惑な行為をしたので
早くパスワードを変更するようにとの警告でした。
慌てて自分が会員登録していたサイトを一つ一つ確認しました。

一箇所では私になりすました誰かが私のIDで
カジノサイトの宣伝リンクを貼っていました。
もう一つのサイトではアクセス自体ができないようになっていました。
あまりにも迷惑な行為が続いたのか運営者が活動停止にしたのです。

インタネットを利用する中で必要に応じて様々なサイトに会員登録しました。
その度、IDやパスワードを作りました。
どれほど会員登録したでしょう?
その殆どのサイトを今はあまり利用していません。
会員登録したことさえ忘れてしまったところも沢山あります。

もっと大変なことはたまにアクセスする時、IDやパスワードなどを
きれいに忘れログインできないことです。
サイトによるとパスワードの作り方さえ色々うるさく
頭を悩ませながら作ったパスワードが全く思い出せないんです。

それでついついパスワードを使いまわしたり、
定期的にパスワードを変更するようにとの警告を無視したのが
こんな状態を招いたようです。

今回のなりすましの事件で思い出したことがあります。
フェイスブックを始めたときです。
私の名前でフェイスブックを使うよう誘うメールや知らせが
私のメール友に送られたことを知って時ゾッとしました。
私の知らないところで私の名前で行われることが不気味でした。

普段親しくしていた人から送られたメールやメッセージ、コメントが
なりすましのものだと見抜くことはなかなかできないと思います。
今も誰かが私になりすましてどのような悪業をしているでしょうか。
それを想像するだけでも気が沈みます。
どうか、神様のみまもりを祈っているだけです。

  

Posted by 青い鳥 at 19:37Comments(0)