2017年11月15日

絵本から始まる英語学習法

絵本から始まる英語学習法
なぜか、不眠の日が続いています。
睡眠不足か数日前から急に寒くなった気温のせいか、風邪気味です。
頭が痛く鼻水まで出ています。
そんな状態で勉強会に出かけたのですが、風が強く暖房のないお寺の中に
1時間以上座っていたので膝が寒く早めに帰ってきました。

夕食を済ませ、やっと読み終えた本を図書館に返す前に
自分の感想を記録に残したくて文を書いています。

中学校に入り、始めて接した英語はとても新鮮な経験でした。
ローマ字を覚え、辞書を片手に英語で書かれた文章を訳しながら
物語を読む楽しさも覚えました。
しかし、英語で書かれた恋愛小説を読む目標にはまだ到達していません。

生活の中で実際に英語を使う必要は殆どなく
出世や進級のために英語の点数を挙げる必要もありません。
時々、英語の必要性を感じるのは、あまりにもひどい字幕が嫌で
英語を英語のままで理解できたらいいなと思う時だけです。

ピアノが上手になる本や英語学習法に関する本を数多く読みました。
そんな本を読むより実際にピアノを練習しなさいと妹は言います。
水泳がうまくなるために本をいくら読んでも水の中で
練習をしなければ泳げるようにはなりません。
いくら英語がうまくなる学習法を読んでもそれを実践しなければ
英語はうまくなりません。

英語ができるようにするために莫大なお金を使っている国が韓国や日本です。
しかし、英語とはあまりにも離れた言語が韓国語や日本語です。
外国との貿易が盛んではなかく自給自足で生活していた昔は
それほど外国語を学ぶ必要はありませんでした。
一部の学者や通訳のための人々が学ぶだけでよかったのです。

また、幸いにも韓国や日本は自分の独自の文字や言葉を持っているので
英語など外国語の助けがなくても十分に文化生活ができ、
思想を広げることができました。

けれども、交通手段の発達と24時間インターネットで繋がれた世界で生きる現代は
英語という言葉ができる人とできない人は得る情報量から機会まで
極端的に変わります。
選択の幅と情報の量の格差も驚くほど広がります。

そんな情報の格差などによる影響など肌で感じることの出来ないわたしが
英語の必要性を切実に感じるときがあります。
それは、パソコンを使うとき急に出てくる
英語のエラーメッセージの内容を知りたいときです。

そして、いまだに英語への憧れや未練を払いきれずにいます。
そんな私が見つけた数日前に見つけた本が絵本から始まる英語学習法でした。
日本図書館協会で出版した”図書館多読への招待”です。
辞書や文法を忘れてただひたすら英語の絵本を読む方法です。

辞書は引かない、
わからないところは飛ばす、
自分に会わないと思ったらやめて次の本に移るの3原則が面白いです。
今までの英語学習とはまったく反対の学習法は本当に効果があるかな
疑問がわきますが実際の成功事例が沢山載っていました。

この学習法はレベルによって沢山の面白い絵本や本が必要です。
それだから個人よりは図書館で取り込んでいくのが効果があるでしょう。
今も、英語ができる子供に育てるために励んでいる親がいます。
大人になっても様々な必要で英会話教室に通ったり
留学する人が相変わらず増えています。
英語を習得するために費やした努力、時間やお金は莫大でしょう。
そして、それは効果があるでしょうか?

電車の中で必死に英語の単語を覚えている学生を見かけます。
勉強のためにひたすら英語を覚える姿はいじらしいのですが
自分の好きな絵本や本を楽しんで読み続けていく間に
いつの間にか英語が上達できたらどれほど幸せでしょう。

苦痛を感じながらも必要に迫られ英語を学ぶよりは
好きな本を読みながら英語までうまくなるなら
これほどいい学習法はないと思います。

楽にうまくなる秘訣を常に捜し求めているので
早々と試してみようと思っています。
さて、面白い英語の絵本はどこの図書館にあるだろうか?  

Posted by 青い鳥 at 20:17Comments(0)

2017年11月14日

本ー発信力の育て方


本ー発信力の育て方
なかなか自分の主張を発表する場も環境も与えられなかった時代から見れば
今、私たちが生きている世界はある意味、天国のようです。
ネットさえ繋がっていればパソコン,スマホや携帯端末などを使って
いつでも自由に自分の意見や主張などを発信することができるからです。

普段行かない図書館の書架のヤングアダルトコーナーで
14歳の世渡り術シリーズの1冊を借りてきました。
”発信力の育て方”です。
副題はジャーナリストが教える伝えるレッスンです。
ジャーナリストの外岡秀俊さんが書いた本です。

本を読みながら彼が語る様々な主張に大いに共感しました。
”検索エンジンがどれほど優れていてもないものを引き出すことは
できない。仮想空間にある情報から取り出すしかない”という
著者の話はまさにそのとおりだと思いました。

事件、事故を始め色々な事について知りたい時
今はすぐスマホで検索します。
ドラマ”過保護のかほこ”にも何か疑問を持ったら
女主人公のかほこがすぐにノートパソコンを開いて
検索サイトで検索するのを見ました。

利用する側は何気なく使っているのですが、すぐに、また無料で手に入る
ネット上の莫大な情報は誰かが苦労してアップロードしたから利用できるのです。
パソコンが使え、ネットが使え、またその情報を知らせたいと思い、
時間をかけた誰かの労苦があるのです。
しかし、その情報はネット上に載せてない全体から見れば
あまりにも少ない情報かもしれません。

ネットに載っている情報は単純に自分の知識を広めたい、
誰かの役に立ちたい純粋な目的から何かの意図や目的を持った人まで
様々な人の作業の結果です。
しかし、その内容の信憑性について誰かの検証もありません。
その中には信頼できる内容もあればまったくの偽りまであります。
思惑があってわざと流すデマもあれば間違って流す内容まで本当に様々です。
それだからこそ、必ず確認作業が必要になります。

それで特にジャーナリストになる人はネットの検索で安住するよりは
常に現場に出かけ自分の目で確認したり直接人々の話を聞くことが大事だと
著者はいいます。

大いにうなづきながら読みました。
そして、ジャーナリストという職業の役割に就いて語った著者の言葉が
本当に心に響きました。
情報を発信しない、発信できない人々に代わってその人々が言いたいことを
伝えることがジャーナリストの役目だと著者は主張しています。

ネット上にある莫大な主張や情報の裏に隠れて見えない
もっと沢山の情報弱者がいることを思いました。
パソコンが使えない年寄りを始め、閉鎖された政治や宗教の下で
助けを求める方法も力も持ってない、自分の声を出すこともできない
国の人々に代わり彼らの声を届けることができれば
どれほどすばらしいことになるでしょうか。

一人のネット利用者として彼らに対する借りを感じているこのごろです。  

Posted by 青い鳥 at 20:03Comments(0)