2018年05月31日

スマホより私を見てと泣く赤ちゃん

スマホより私を見てと泣く赤ちゃん
図書館で見つけたチラシを見て参加した講演会があります。
講師は柳田邦男で主題は絵本をもっと子供に聞かせましょうとの事です。
講演の中で実際に絵本を通して得た貴重な体験話しがとても感動的で楽しかったのです。

スマホが普及する前と比べて本当に活字離れや読書をする人々が減っていく気がします。
数年前までは電車の中で文庫本や本などを熱心に読んでいた人々が結構いました。
しかし、今は電車の中だけでなく駅のホームや道を歩きながらスマホを覗いでいる
人がますます増えています。
時には階段を歩きながらスマホを見ている若者がいて見ている私がヒヤヒヤします。

そんな状況の中で子供や大人を読書の世界に招き、また図書館をもっと
利用してもらうために図書館では様々な企画や行事などを行っています。
その中の一つが絵本の読み聞かせです。

絵本を読み聞かせることは聞いている子どもたちだけでなく
読む大人まで絵本の世界を通して感性を磨ける事ができるという講師の話に共感しました。
絵本は感性だけでなく時には生きる力も与えるのです。
小学校1年になり新しい世界に対する興味が深まらないうちに
苦手な体育で自信をなくし登校拒否にまでになった女の子の話は感動的でした。
うつ病で人生を諦めることにも及ぶことになりかねない状況で
1冊の絵本を通して生きる力を得たのです。

鉄棒をしてもかけっこをしてもいつもビリで自信をなくし
学校に行くのが嫌になっていた小学校1年生の女の子がいました。
他の子供達と比べて何もできない、ためな自分が嫌になり
家に引きこもるようになった少女を救ってくれたのは1冊の絵本でした。
お母さんが図書館から借りてきた読んであげた”大切な君”という絵本です。

1冊の絵本が生きる力を与えたという話は3年生になり
1年生のときの辛い経験を乗り越えた少女の便りによって知った事でした。
けれども、残念ながらそんなに大事な出会いをもたらす絵本に接することなく
大きくなった大人も多いことでしょう。

子供のときに読み聞かせの経験を持ったずに大きくなって
教育学部に入った学生がクラスに4割もいたという話も聞きました。
小さいときから絵本や童話など本を読む環境や機会を得ることのできなかった
人が大人になって急に本を読むようになることはありません。
今の読書離れを阻止できるのは今からでも幼い子どもたちに
絵本の楽しみを知るようにすることではないかと思います。

しかし、現代人の必需品になっているスマホは手怖いのです。
赤ちゃん検診に来ているお母さんたちの代わり模様を長いこと医者をしていた
友達から聞いたと紹介してくれました。
小児科の医者だけではなく聞いていた私も怖いものを感じました。

スマホのない時代、赤ちゃんを連れてきたお母さん同士は赤ちゃんをあやしながら
お互いに育児など色々な話をしていたそうです。
しかし、今の待合室ではお母さんたちが黙々とスマホの画面を覗いているだけだと聞きました。

”スマホより私を見てと泣く赤ちゃん”はある川柳をもじった文句です。
今、私達が住んでいる時代にはスマホを手にしている人々に向かって赤ちゃんだけでなく
子供から大人までスマホから目を話して自分を見てと叫んでいます。
現代人に撮っていちばん大事な優先順位は多分スマホになっているでしょう。

最後に1ヶ月の赤ちゃんに読み聞かせを試みた一人のお母さんの話で終わります。
お母さんがいくら絵本を持ってきて読んでも1ヶ月の赤ちゃんは反応を示さなかったのです。
ある時、その赤ちゃんの周りを見たときお母さんは悟りました。
テレビとパソコンが、スマホがつけられていたのです。
そして、そのすべてを消しました。
驚くことに赤ちゃんは絵本の読み聞かせに反応した来たのです。

1日に2,3冊に増えていた絵本は6ヶ月になっている今は
1日に5冊を読まないと赤ちゃんが泣くようになっているという話です。
お母さんと赤ちゃんの様子を見ていたお父さんまで加わり
楽しい絵本の読み聞かせの時間を持つようになったある家庭の話は
とても興味深く、希望を与える話でした。

絵本、色々な話と絵を同時に楽しめる素晴らしい出会いの場、
それを通して素晴らしい世界を楽しむことができますように!!!
  

Posted by 青い鳥 at 19:07Comments(0)

2018年05月22日

テレビ絵本ージロがなく

テレビ絵本ージロがなく
神学校に在学中はテレビがなくドラマに時間を取られることもなかったので
自分の生活を振り返る時間がありほぼ毎日のようにメールを書いて
知り合いに送ったりブログに載せたりしました。
女子寮にはインターネットの電波が弱くいつもノートパソコンを持って
教室まで行ってネットに接続していました。
しかし、一人暮らしが始まりテレビが手に入りインターネットを契約してからは
そんな苦労もいらないのですがいつからかメールやブログ更新も疎かになっています。

ネット環境や生活条件は便利になってきましたが自分の頭で
思いを整理したり文章にするのが億劫になっています。
いっときユーチューブにはまりずっとユーチューブを見ていた時期もありましたが
最近は英語サイトに接続してドラマを見ています。
韓国、日本、中国大陸や台湾のドラマ、時にはタイドラマまで
次から次へと新しいドラマは作られ見たくなるドラマも後を絶たないのです。
ドラマを楽しむ代わりに静かに考える時間がなく文章を書く生活から
ますます遠くなっています。

私達に許された時間は誰にも同じく24時間です。
昔、娯楽を楽しむ機器やメデイアがあまりなかった時代には
退屈になるほど時間を持って余しましたがネットに繋がれている世界に
退屈は死語になっている気がします。

一日に学習するために計画していた勉強も忘れて夢中になって
ドラマを見ているうちにいつの間にか数時間が過ぎています。
節制できない自分に嫌気が差しています。

ライブでテレビを見たことがいつなのかわかりません。
テレビを見るのは気に入りのTV番組の録画したものだけです。
連続録画しているいくつかの番組の中には”テレビ絵本”という番組もあります。
録画用のハドデイスクの残量が少なくなると慌ててみて削除していきます。
番組を見ては削除していく中で”ジロがなく”はこころを打つものがあり
気持ちを整理するために2回をも見ました。

カラスに育てられた犬のちょっと寂しい物語です。
主人公である”ジロは”カラスの鳴き声で吠えるので他の犬にいじめられました。
それで生き残るためにどんな時にも泣かないようになりました。
しかし、仲間であるマダラを救うためにいままで自分が隠した弱さを見せて
群れを去っていくのです。
驚くことに自分が救った”まだら”もまた”ジロ”と同じく違う鳴き声を隠していた犬でした。

今はだいぶなくなっていると思いますが欧米では肌色が違う事で
あまりにもひどく残酷な人種差別が行われた歴史を持っています。
肌色だけではなく国や民族または宗教や思想など様々な理由で
人々は同じ人間を差別したりいじめたり殺したりします。

黒い肌を砥石で血が出るほどこすっていた黒人の子供の話を聞いたことがあります。
生まれてみると黒い肌を持っていました。
それでいじめられたり差別されたり時には殺されたりしなければならないとは!!!
黒い肌はジロのように泣かないだけですむものではありません。
もしかして、私達の周りにも人々からのけものにされないために白い目に見られないために
いじめられないために、自分を隠して暮らしている人がいるかも知れません。

日本宣教に来たある韓国人宣教師がにんにくの臭いを嫌う日本人のために
生涯キムチを食べないように決心して実践しているという話を聞きました。
彼は宣教という立派な理由があったけれど慣れ親しみにしていた
アイデンティティのいち部分でも言える一つの部分を諦めたのです。

全世界の人の顔や体、指紋がみんな違い、数えることのできない雪の結晶さえ
みんな違う形である驚きの世界を私達は住んでいます。
同じものは工場で作られる製品であり神様の作品は目で見ることのできない
雪の結晶さえ、一つ一つ違う形をしているのです。

私達は神様の作品であり、みんなそれぞれ一つの傑作品です。
地球村の中の一人である私達が色々な人の違いや個性を受けいれ
お互いを理解し、もっと仲良く生活できるよう心から祈ります。
  

Posted by 青い鳥 at 21:17Comments(0)