2019年10月03日

一粒の小麦


一粒の小麦
知り合いの宣教師がチャットルームにとても感動的な話をシェアーしてくれました。
あまりにも心に残ったものが多くて一人で読んで終わるには惜しく
妹にも母にも伝えました。
韓国語の長い文章をグーグル翻訳機の助けを借りて日本語に訳しました。
ここに紹介します。
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1921年フラッド宣教師夫婦(David and Svea Flood)が二歳の息子を連れて
故国スウェーデンを離れ、アフリカのコンゴへ宣教に行きました。
そこで彼らは、スカンジナビアから来たエリクソン夫婦に出会い
四人は神の導きを求め、宣教本部を後にしました。

彼らはある先住民の村に到着しました。
しかし、村の村長は土俗神と宣教師の言う神の関係に
問題が生じると思い、宣教師を村に受け入れようとはしませんでした。
彼らは仕方なく、町から離れた山のふもとに泥で小屋を建てました。
そこで神に助けを求める祈りをしましたが、何の答えもありませんでした。

村に入ることができなかった宣教師たちが唯一会うことができたのは、
一週間に二回鶏と卵を売りに来る先住民の少年だけでした。
フラッド夫人は少年をイエスにみちびこうと伝道しました。
そんな中、四人は順番にマラリアにかかってしまいました。
エリクソン夫婦は、耐えることができないで
宣教本部がある場所に戻りました。

フラッド夫婦はずっとその小屋に残りました。
そのうちにフラッド夫人は妊娠して出産する時が来ました。
その頃に村長の心も和み、産婆を送って助けてくれました。
フラッド夫人は娘を産んで「アイナ」と名付けました。
しかし、夫人は出産後17日目に死亡してしまいました。

その瞬間、フラッドの怒りが爆発しました。
奥地に27歳の妻の遺体を埋め二人の子供を連れて山を下り
宣教本部に戻りました。
生まれたばかりの娘をエリクソン夫婦に預け、怒りを爆発させて言いました。
「私は、スウェーデンに戻る。
妻を失い、この子は到底育てることができない。
神は私の人生を台無しにしてしまった」

彼は神のために立ち上がったのですが、妻を失った状況に
怒りをおさめることが出来ず、召命を捨て
同時に神を否定する状況にまで至ったのです。

フラッドが故国に帰ってから8ヶ​​月あまり経ったとき、
エリクソン夫婦もなにかの病気でふたりともこの世を去ってしまいました。
一歳にもなってないアイナはあるアメリカ人宣教師夫妻に預けられ
育てられましたが3歳の時に米国に渡りました。
その後あいなはアメリカで育ちミネアポリスの聖書学校に通い、
そこでデューイ・ハーストという青年に会い結婚しました。
数年後アイナは二人の兄妹を生みました。
夫ハーストはシアトル地域のキリスト教の学校の学長になりました。

ある日、アイナはポストにスウェーデンで発刊された宗教雑誌を発見しました。
雑誌をめくっているうちに一枚の写真が目に入りました。
みすぼらしい小屋の前に墓があり、そこの白い十字架にフラッドという名前が見えました。
アイナは学校に走って行って、スウェーデンの語のわかる教授に
記事を読んでもらいました。

教授は、次のような記事の内容を次のように要約してくれました。
「これはだいぶ前にコンゴの村に来た宣教師の話です。
彼らは、赤ちゃんを生み...しばらくして、母親は死に...
アフリカの少年がイエスを信じ...白人宣教師がすべて去った後、
この少年が成長し、村長を説得して学校を立てて...
彼は学校の子供たちのすべてをキリストに導き...
その子供たちがまた親たちをキリストに導き...
あの村長さえクリスチャンになりました。
現在、その村には600人のクリスチャンがいます。」

もちろん、これは、フラッド宣教師夫婦の犠牲の結果でした。
ハースト夫婦は結婚25周年に学校の支援を受けてスウェーデンを訪問しました。
あいなはうわさをたよって父フラッドを見つけました。
フラッドは再婚して新たに4人の子供をもうけましたが
今は酒で残りの人生を無駄にしていました。
彼はまだ過去の傷が癒やされず神様を離れて生きていました。
彼は家族にも、神を求めることを禁じました。
「神の名前を絶対に呼んではならない。神は私からすべてを奪った。」

あいなは酒の瓶が転がっている安アパートの部屋の
みすぼらしいベッドに横になっている
73歳の年寄りのそばに近づいて声をかけました。
「お父さん?」フラッドは娘の声に振り返って泣き始めました。
「娘よ、私は本当にお前を捨てるつもりはなかったんだ。」
「お父さん、大丈夫」彼女は父を両腕で包み込みました。
「神が今まで、私を見守ってくれました」。

この言葉に、父は真顔で言いました。
「神は、私たちのすべてを忘れている。
神のせいで私たちの生活はこのようになってしまった」
そう言うと彼はまた壁の方を向いてしまいました。

アイナはそのような父に勇気を出して言いました。
「お父さん、聞かせてあげたい話があります。本当の話なのです。
お父さんが、アフリカに行ったのでは無駄ではありませんでした。
ママも無駄に亡くなったのではありません。
ママが主に導かれた少年が成長し、
その町全体を主に導きました。お父さんが神の召しに従ったので、
今では600人のそこの住民が主を信じています。

お父さん、イエスさまはあなたを愛しています。
神はお父さんを一度も嫌いになったことがありません」
その老人は振り向き、涙を流している娘の目をじっとみつめました。
その日の午後フラッドは再び神の懐に戻ってきました。
娘は数日間とどまって米国に戻っていきました。
フラッドは、数週間後にこの世を去りました。

それから数年後、ハースト夫婦は、英国ロンドンで開催される伝道修練会に参加しました。
その際ザイール(コンゴ)のバプテスト教会の11万人を代表して
参加した一人の指導者に会いました。
ハースト夫婦は彼に近づいてフラッド宣教師夫婦を知っているか尋ねました。
自分がその娘だと紹介したら彼は「はい!よく知っています。
私をイエスに導かれた方こそフラッド夫人でした。
私はあなたが生まれる前にあなたの両親に食料品を配達していたその少年でした。
あなたのお母さんの思い出とその墓は村のすべての人々から大事にされています。
ぜひ、アフリカに一度来て、私たちの村を訪問してください "

後日、ハースト夫婦は、直接その場所を訪れ、両親をよく知っている人たちに会いました。
アイナは白い十字架が立っている母の墓の前に立ちました。
彼女は地面にひざまずいて感謝の祈りをささげました。
その土地は、彼女が生まれたところでもありました。

「よくよくあなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、
それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」(ヨハネ12・24)
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今までに神様の助けを求めたけれど得られなかった辛い記憶がある人、
自分の人生で出会ったあまりにも理不尽な出来事に神様の存在を疑った人、
伝えても伝えても神様を受け入れない宣教地の現場で絶望している人、
生きる意味を見失い、自ら命を立つことを考える人など
神様から離れて苦しんでいる人々がどうか希望を持ち、
神様に立ちかえることを心から願います。

神は愛です。
今もあなたの涙を見て悲しみ、苦しみを見て心を痛までおられます。
そんな神様がいることを忘れないでください。
神様はあなたと私、私達を罪から、永遠の苦しみと滅びから救うために
自分の命さえも惜しまれなかったことを忘れないで、、、

十字架の上で流された血と涙、苦しみと嘆き、
祈りと愛の犠牲を忘れない私達になりますように、、、


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