2019年06月01日

本ー運命の海に出会ってレイチェル・カーソン

本ー運命の海に出会ってレイチェル・カーソン
聖書の学びに行った時、講師の牧師から進められた本があります。
レイチェル・カーソンの”沈黙の春”です。
世界で一番先に環境問題への警鐘を鳴らした本です。

彼女が警告した環境破壊への憂いはいまわたしたちの周りで
身近な問題として浮かび上がっています。
環境ホルモンや農薬、化学薬品など自然を汚染し、
結局、生き物に害を与える流れは恐ろしい限りです。

講義の中では講師の牧師が集めた様々な写真が用いられました。
今現在、地球のアチラコチラで実際に問題になっている
奇形動物や遺伝子組換えで生じる問題、環境ホルモンで発生する
目を覆いたくなる写真の数々を見て心の底から身震いしました。

問題になったレイチェル・カーソンの本”沈黙の春”は一回
図書館で借りてきたのですが途中まで読んで返しているので
最後までは読み切れていません。

彼女が書いた”センスオブワンダー”は最後まで読むことができました。
今回、図書館で彼女の事について書いた本を一冊借りて読みました。
”運命の海に出会ってレイチェル・カーソン”という本です。
ヤングアダルト向きに書かれた作品の翻訳本です。
彼女の人生をわかりやすく書いています。

時として、1冊の本が人間の歩む道を大きく、かつ決定的に変えることがあると言います。
そして、”沈黙の春”はまさしくそのような本であったようです。

カーソンは毒物を無差別に使用することばかりではなく、
工業化した技術万能社会の事全体に対する
根本的な無責任ぶりに疑問を投げかけた人物です。

もともと内気で口調の穏やかな彼女はがんに侵され
人の前に出ることをとても嫌っていましたが
農薬が引き起こす恐ろしい危険に気がついたからには
反対者たちに自分の調査結果をけなさせたり、
さらに進められなければならない不可欠の研究調査を
邪魔させるわけには行かなかったのでアメリカのCBSテレビに出演しました。

カーソンが沈黙の春を書いた時、農薬の危険性を理解している科学者は
ほとんどいなかったしエコロジーの原理もよくわかっていなかった時代でした。
当時、多くのアメリカ人にとって空気や水資源をきれいにしておくために
時間と労力を費やすなどという考え方はほとんど理解できなかったのです。

誰も環境問題について気づかなかったとき、
彼女はその危険性について警告しました。
農薬は核戦争にも匹敵するほどの危険性を秘めているとカーソンは警告しました。
そして、彼女の本は自分たちの利害が脅かされると思った人々から
激しい非難と攻撃を受けました。

自然破壊は社会が進歩する上で避けられない代償であるという前提を
彼女はは決して受け入れようとしなかったと言います。

そして、彼女はこのように言います。
”私達はまだ自然を征服という観点から語っています。
自分たちのことを広い宇宙でほんの小さな一部分を占めているに過ぎないと
考えれるほどには成熟していません。
人間の自然に対する態度は今日極めて重要です。
なぜなら、私達は今や自然を変化させ、破壊することもできる決定的な
力を手に入れたからです。しかし、人間は自然の一部であり、
その自然に敵対することは、取りも直さず自らに敵対することなのです。”

異常気象、地球温暖化、自然災害、地震と飢饉など
年々、私達が迎える季節は過去の思い出から外れ異常を増していきます。
肌が焼けそうに暑い太陽が春なのに真夏の気温になったり
急に寒くなったりと気温は予測できない気まぐれです。

レイチェル・カーソンは既に故人になりましたが
彼女の警告は確実に実現され、私達はその時代を迎えています。
人間の傲慢のつけを今の世代と次の世代が背負っていかなければなりません。
そして、そこに果たして希望はあるのでしょうか?

主よ、私達を哀れんでください。
心底から謙り、悔い改める心を与えてください。
  

Posted by 青い鳥 at 18:33Comments(0)

2019年05月26日

本ーLINEで子供がバカになる


本ーLINEで子供がバカになる
ほぼ当たり前のように家には固定電話があり、
街には公衆電話が設置されていた時代がありました。
インターネットのない時代に”電話は用件だけ簡単に”
というのがスローガンのように言われました。

海で隔てられた親子が手紙以外に声を聞き、話ができるのは電話だけでした。
異国の地で寂しい時いつも母に国際電話をかけました。
電話ボックスの中で公衆電話から小銭が落ちる音が気になり
早々と電話を切ったものです。

毎月数千円も費やしててテレホンカードを買い
街角の電話ボックスでカート電話を使っていた事が
今は懐かしい思い出になりました。

驚くことに今は一人1台の携帯電話が当たり前のように使われ
下手したら2,3台の電話を使い分けている人もいるようです。

ビジネスマンが仕事のために使っていた携帯電話は
今は大人や若者だけでなく子供までが持つようになりました。
子どもたちに連絡がとれるように、または安全の理由などで
親が自ら子供に携帯電話を持たしているそうです。

今はカラケーも死語に近い状態ではないでしょうか?
ほぼスマホを手にして,電車の中でもホームの中でも
歩きながらも携帯を片手にしている人々を目にするようになりました。

日に日に全世界で作られる様々なアプリで
携帯電話、スマホを手にしたら退屈する時間は
永遠に来ない気がします。

時々、色々なアプリを試しては削除しています。
そして、スマホを使ってから一番先にインストールして
ずっと愛用しているのが無料電話アプリ、ラインとカカオトークです。

インターネットが繋がれた環境ではスマホ同士でアプリを
通して無料で電話ができる時代を私達は生きています。
ラインやカカオトークなど自分の個人情報を担保にして
電話料金を気にしないで長電話ができます。

便利なアプリのおかげでいつでも声だけではなく
お互いの顔を見て電話ができます。
素晴らし世界を生きています。

それとは裏腹に、そんなアプリであるラインを使っている
子どもたちの世界で起きている気になる現状について
書かれている新書を1冊読み、心が騒いでいます。
矢野耕平さんが書いた”LINEで子供がバカになる”という本です。

いま日本では10代の半数以上がラインを使っていると著者は言います。
そして、広がるスマホ依存症、短文入力で接続詞が消失している日本語への懸念、
敬語が使えない、失われる母語の力について著者はとても心配しています。
最近の中高生の中には課題作文の中で堂々と顔文字と絵文字を
書き込む子供がいると本では書いていました。

人間は言葉で思考する動物で、言葉を用いず深く物事を考えることはできないと言います。
言葉が豊かな人は複層的な思考回路を物事に処することができるので
手持ちの語彙が貧困であれば物事を浅いレベルでしか捉えることが
できなくなってしまうようです。

それを一層加速化しているのがラインであると著者は様々な事例を通して説明します。
自分の感情を絵で表すスタンプ、予測変換機能という便利な機能があります。
入力の手間を省くため最近入力した文面をすることで次に来る可能性の高い
フーレズをを用意してくれるのです。
一方で、いつも使う単語だけになってしまう可能性があります。

ラインのチャット機能では1回の発信にスピーディーさが求められ
この予測変換機能を多用するようになるます。
それで、漢字が書けない、思い出せない人々が増えているそうです。

グループ機能の閉鎖性のせいで内輪の言語ばかり用いるようになる、
言葉がどんどん削ぎ落とされていくと言います。
第三者を意識して物事を丁寧に説明する必要がない、
また、1回の発信にスピーディーさが求められるので
文章を作成ぜず文ばかりを作成すると言います。
それで、前後の文脈を考えてといういわゆる論理的思考力を
培うことができなくなる可能性が高くなります。

携帯電話が普及する中で友人の家へ電話をかける機会が殆どなくなったので
子どもたちは敬語を使う機会もなく、敬語運用能力にも
大きな影響力が現れていると言います。
自分の口から新しい言単語を発する機会を奪われてしまっているのです。

語彙力が貧困であればあるほどそれだけ物事を単純にしか
考察できない思考回路を子供は持つようになります。
しかし、残念ながらますますそんな子供が増えていくでしょう。

便利さに引き換えで私達が失っていくものは何でしょうか?
もしかしてとてつもないほど大事で取り返すことのできないものかもしれません。
その危険性を常に意識してそれに流されないように努めて行く知恵が
必要な時代を私達は生きています。
  

Posted by 青い鳥 at 20:59Comments(0)

2019年05月20日

優先座席の人々

優先座席の人々
世の中は連休で賑わう中、私は7日から10日まで開かれた
ヘブライ語の特別講義に参加しました。
ヘブライ語に興味を持ったのは神学校へ入学してからです。
授業で聖書を本格的に学ぶ中で翻訳の限界をしり
いつか聖書を原語で読みたいと思うようになりました。

聖書は大きく旧約聖書と新約聖書で分けることができます。
全部で66巻でできている聖書はもともとヘブライ語と
ギリシャ語で書かれたものです。
それを世界の各国語で翻訳して使っています。

しかし、いくら上手に翻訳しても微妙な違いや感じを
うまく表現することは難しいです。
その埋まらない差がもどかしく、日に日に原語で
聖書を読みたいよいう気持ちが募っていました。

そんなか、幸いにも神学大学でヘブライ語を学ぶ機会が訪れました。
それでヘブライ語の世界に入っていきました。
文字の書く方向も右から左で、なかなか馴染めない発声まで
いろいろと苦労しました。
ヘブライ語の文字22字をほぼ1年かけてやっと覚えました。
さて、いつ聖書を原語でスラスラ読める日が訪れるでしょう?

連休、ヘブライ語の特別講座に参加するために
普段あまり利用しない朝の電車に乗りました。
出勤ラッシュを少し超えた時間はそんなに窮屈な感じはなく
席は全部埋まっていて10数人が立っていました。

座ることができなかった私はスマホで語学講座でも
聞こうとしましたがイヤホンが見つからず吊り皮を持って
車両の中の人々をなんとなく見ていました。

優先座席の表示がはられた席を見ると6人の人が座っていました。
4人はスマホを見ていて、一人の中年の男性は新聞を広げていました。
20代に見える一人の若い女性は目を閉じていました。
そして、一番端っこに座ってスマホを見ている4、50代に見える
女性の前には70代後半に見える男性が杖を持ったまま立っていました。

しばらくそのおじさんを見ていましたが、
誰一人席を譲る人はいませんでした。
そして、幸いに優先座席の反対側に座っていた20代に見える
一人の女性がいじっていたスマホを持ったまま立ち上がり
その杖のおじさんに席を譲りました。
席を譲った人の座席は優先座席の表示はありませんでした。

いつから電車の一部の席を優先座席に指定し、表示をするように
なっているか私はわかりません。
優先座席を設けなくても誰かの助けに必要な人々に
手を貸したり席を譲ったりした時代はあったでしょう。

しかし、いくら優先座席の表紙を貼ったり、案内放送を流したり
弱者のために席を譲るように促してもそれを実行する人々に
思いやりの心がなければ意味のないことです。

思いやりがなくなっていく社会はどれほど生き難いでしょうか?
それを考えるだけでも心が寂しくなります。
弱者への配慮がない社会、それはどれほどぎすぎすするでしょう。

そして、人々への関心が薄れ、また周りに気を使う気持ちさえ
忘れさせる一つの大きな原因がスマホではないかと思います。
年々スマホを手にしている人の数が増えていきます。

朝、目を覚まして眠りにつくまで人はスマホから手を離せません。
時には階段を登りながら、降りながらスマホをいじっている人がいます。
自転車を漕ぎながらスマホを見ていた人を見てゾッとしたこともあります。
車が頻繁に走っている道路の脇道を歩きながら、横断歩道を渡りながら
スマホから目を離せない人も見ました。

そんな人々は電車に乗ると、とにかく席を確保することに必死です。
スマホを使うとき両手を自由に使えるからです。
席に座った瞬間、自分の眼の前に誰が立っていようとも気がづきません。
自分の世界に完全にハマっているからです。

愛が冷めていく時代を私達は生きています。
思いやりが消えていく時代を迎えています。
しかし、そんな時代の中に埋まらないように
私達は努力しなければなりません。

優先座席だから席を譲るのではなく
すべての席は優先座席であり、弱者への気配りと思いやりで
親切な気持ちを表す私達でありたいです。

旧約聖書のレビ記ではこのような聖書箇所があります。
レビ記19章32節
あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、
またあなたの神を恐れなければならない。
私は主である。


  

Posted by 青い鳥 at 20:26Comments(0)

2019年04月29日

本ー超独学法

本ー超独学法
小説を読まなくなってからよく読んでいる本には収納や整理のための本、
時間管理、自己開発の本などがあります。
いろいろな本を読み、沢山のドラマなどを見ているので
最近は読んだ本の題名さえ思い浮かばなくなっています。

そんな私が知の巨匠として名前を覚えている著者には
立花隆さんと野口悠紀雄さんです。
図書館の本棚で見つけて借りてきて二日間で読み上げたのが
野口悠紀雄さんの本、”超独学法ーAI時代の新しい働き方”です。

239ページが苦にならないほど共感できる内容になっています。
最近また目の調子が悪くなってなかなか本に集中できないでいますが
目の疲れを忍びながら読破しました。

医療と科学の進歩により人間の寿命は100歳までと言われる時代を
私達は生きています。
それで、最近よく聞く言葉が生涯学習という言葉です。
今の時代を生きるためには生涯学習する必要があると言います。

目まぐるしく変わっていく時代についていくためには
常に新しい知識を吸収し、対処していかなければなりません。
2,30年前に学んだ学習や知識と技術では間に合わない時代になりました。

それで私達は勉強のためだけではなく生き残るためにも
自分から進んで勉強する事が必要になっています。
この本はそんな私達にどのように勉強するかについて
特に独学のやり方や楽しさについて語っています。

”人間はもともと好奇心が強く、これは人間の本能である。
そして、自然界で人間だけが勉強によって進歩するので
知識が増えれば好奇心が更に増し、知りたいことは加速度的に広がり
さらに勉強したくなる”と著者は本で書いています。

外国に行くとその土地の歴史に興味が出て勉強するようになる、
そして、歴史を知れば旅行が更に楽しくなると言います。

”人間は誰も、知らないことやわからないことに対する
畏敬の念を感じるものだ。”という彼の言葉にうなずき
知らないことは敵であり、知ることによって味方に変わるという
言葉に納得しました。

本の中には中世のヨロッパでは知識を一部の人が独占した話や
教会がラテン語だけを認め、ラテン語を読める人だけが聖書を
読めるようにしたという内容やギルド制などの話もありました。
ギルドは知識を独占することによって事業の独占を図り
教会は聖書を独占して民衆を自分の思い通りに指導したのです。

出身階級や門閥であらゆる事が決まってしまう社会ではなく
勉強で獲得した能力が評価される社会は健全な社会だという
著者の主張に大いに賛同します。

しかし、著者が訪問した時目撃した未だに教育によって
能力を高める機会を最初から奪っているバングラデシュの話を読みながら
ミヤンマーでも似たような状況にあるという話を思い出しました。

独裁政権の国は国民に教育する機会を与えず
支配しやすい状態にしているので意識のある若者が
自分の国は呪われた国だと嘆いていたといいます。

しかし、そんな国を除き、今は教育を受けて勉強する意地さえあれば
誰でも本を読み、ウェブサイトの情報を利用していくらでも
独学できる時代になりました。

フランシスベーコンは”知識は力なり”と語ったそうです。

あまりにも急速に変わっていく時代をいきるために
今からでも自分の興味のある分野やもっと深く体得したい知識を
自分なりに模索しながら独学を楽しみ、勉強していきたいですね。  

Posted by 青い鳥 at 17:20Comments(0)

2019年04月23日

本ーネット断ち

本ーネット断ち
6年目に入ったノートパソコンの調子が悪く
新しいパソコンを買うべきか悩んでいます。
宣協会の牧師はまだ使えるから速度が遅くても
我慢して使うようにと言っています。

ドラマが好きでいろいろと検索して見つけた英語サイトで
韓国や日本また中国やタイドラマまで見ています。
そんなサイトはウィルスや悪性プログラムの温床になっているから
接続するのを控えるようにと牧師からは言われました。

妹も知らないままにやばいサイトでドラマなどを見ていたら
パソコンが壊れて結局新しく買ったと言っていました。

好きなドラマを見たいために危険を承知で使っているうちに
パソコンの状態まで悪くなっているようです。
ドラマばかりではなくもっと神様に親しくなるよう
神様からの警告かもしれません。

予約した本が届いたのですが借りる枠いっぱい借りているので
せっかく借りてきた本を読んで早く返すしかありません。
読みたい本なので急いで読んでいます。

外国語学習の教材ばかり読んでいたのですが
久しぶりに訪問した図書館の新書コーナーで
5冊の本を借りてきました。

それぞれ200ページに満たない分量ですが中身が濃く
読み応えのある本なので時間がかかっています。
5冊の中の1冊が斎藤孝さんの"ネット断ち"です。
彼の本の中では”声に出して読みたい日本語”が記憶にあります。

ガラケーからスマホに変わってから年数が立つにつれ
本当に記憶力と集中力が衰えています。
ブログを書くためにパソコンを開いても頭の中で思いが整理できず
結局パソコンを閉じたことが何回もあります。

そんな自分に危機感を感じて数日前から
常にオンにしていたスマホのWi-Fiを切っています。
スマホを始めて間もない時から色々なアプリから
あまりにも頻繁に届く
しつこくなるの知らせの音は無音にしました。
自分が確認したい時だけ見るようにしました。

しかし、スマホを使う年数が長くなると
スマホ依存症に似たような感じになっています。
朝起きると一番先に覗くのがスマホの画面です。

日中でも何かと習慣的にスマホを手に取って
次から次へとスマホをいじっています。
スマホを手にした理由さえわからず
時間を費やした挙句、他の幼児に戻り
やっとスマホでやるはずのことを思い出して
またスマホをとっている自分に嫌気がさしています。

それで数日前からWi-Fiは用事がある時だけつなげるように
設定を変えました。
Wi-Fi断食を試みています。

そして、この本の著者が主張しているのも
1日に1時間はネットをやめて違うことに挑戦しようと言っています。
日本人がインターネットやSNSで使っている時間は
1日に4時間12分に上るようです。
英国のソーシャルメディアのコンサルティング企業である
[We are social]の発表を引用しています。

ネットサーフィンは1日30分、SNSは夜9時以降は見ないとか
自分なりの基準ルールを決めるのがいいと著者は助言しています。

そして、1日1時間人類の偉大なる書物を通して
深い精神世界にふれることを勧めています。
私達は書物を通して古今東西の素晴らしい人格に触れ合うことが
できるという彼の主張に大いに共感しています。

今はほとんど読まなくなってしまった長編小説です。
しかし、偉大な作家たちが書き残した文学や古典小説を
時間をかけて読む、その世界に深く浸る事によって
それが自分の中に血肉化する事に至るといいます。

漫画でも映画や本でも時間を忘れてその世界に
深かく入り込む事が必要な時代です。
あまりにも短絡的で表面的に終わるネットワークで繋がれた
人間世界に対して著者は警告を発しその解決法を提案しています。

全世界で読まれ今も人々の心を動かす素晴らしい本がたくさんあります。
名作や古典リストで題名は知っているけれどまだ読んでない本が
沢山あります。

スマホから少し身を離し、読みたいなと前から思っていた本を
1冊つづ、読んでいこうと決心しています。
目が疲れてなかなか小文字の本が読めなくなっています。
それだけが気がかりです。

私のネット断ちがうまく行って素晴らしい人類の遺産である
本をもっとたくさん読むようになるきっかけになるよう願っています。

神様、モセのように体力も視力も回復させてください。

  

Posted by 青い鳥 at 18:25Comments(0)

2019年04月10日

本ーやりたいことを全部やる時間術


本ーやりたいことを全部やる時間術
臼井由妃さんの本”やりたいことを全部やる時間術”を読みました。
夜9時に寝て夜中の2時半から色々なことをするという彼女の生活は
2つの会社を経営し、年間60回の講演をこなし、
年間3冊以上の書籍を執筆して、年間1つの国家資格などを習得して
テレビや雑誌の取材をこなしていると書かれていました。

この本は彼女が2006年11月にかんき出版から発行した
”1週間は金曜日から始めなさい”を改題し、文庫化にしたものです。
彼女が書いた時間リッチになる様々な方法はとても有益で
共感しながら読みました。

できることなら一つづつ試して実践していきたいです。
スマホやSNSなどデジタルツールの普及で時間貧乏が増えているという
彼女の意見に大いに賛同しました。

スマホを使ってから時間を確認するため、なにか検索するため
メールを送るためスマホを手にします。
そして、色々なアプリの上に書かれている番号が気になり、ついついクリックします。
それでいつの間にか夢中になっている自分がいます。
だいぶ時間がたちなんのためにスマホを手にとったのかも忘れています。

スマホにインストールした多くのアプリは色々な方法で利用者たちを誘います。
つられてしまうと結局大事な時間を浪費してしまいます。

今は使わない人があまりいなくなったメールに対しての助言も
とても参考になりました。

件名を見ただけで用件が分かるようにメールを出す、
メールのチェックは始業時と就業時の2回に決めておき
いらないと思うものはその場で即削除、
不要なメールマガジンは配信停止、
メールは最初に結論を明確に示すこと、
受信したことの返信は早く出すなど、
今後のメールのやり取りに活かせたいことが沢山ありました。

日程を管理するための手帳の利用法も参考になりました。
一冊の手帳にすべての用件を集約する、
鉛筆や色ボールペンで優先順位を表す、
手帳に書ききれない内容は付箋を活用するなど

私達はこの世で生まれ有限な時間を生きます。
そして、人生は時間の集まりです。時間は命です。
その生命である時間をどのように有意義に過ごすべきか
参考になる助言がみっちり詰まっている本です。
一つでも実践していったら時間リッチの仲間になるでしょう。
限られた人生をどうか、後悔の少ないすばらしい日々で
生きることが出来ますように、、、
  

Posted by 青い鳥 at 21:04Comments(0)

2019年04月08日

本ー60歳からの勉強法定年後を充実させる勉強しない勉強のすすめ

下見に行ったついでに図書館に寄って新書を3冊借りてきました。
和田秀樹さんの勉強法シリーズの1冊です。
彼はいろいろな世代のための勉強法の本を書いています。
彼が書いた本は図書館で見つけるたびほとんど借りて読んでいます。

私は勉強法など方法論が好きで機会さえあれば読んでいます。
説教の作成まで知り合いの牧師に相談するのだから
特に英語や外国語の学習法や脳科学の本が好きで沢山読みました。

人生100歳時代を生きています。
定年後も40年近くの長い時間が私達を待っています。
長生きでき事はいいかもしれませんが実際に聞こえてくる話では
定年後急激に老けて痴呆になる人や黄昏離婚や
病気で亡くなったりうつ病になったりと老年のイメージは
あまり明るくはありません。

韓国は経済的な理由など自殺する中年や老年の人々が増えて
社会問題になるほどです。

韓国ほど暗くはないと思うけれど日本も定年後の人々には
衰えていく体力や経済的な問題と共に
自分でコントロールしていかなければならない時間という
問題があります。

毎日嫌でも仕事場に向かっていた生活から開放されたとき
最初は気楽でいいかもしれないけれど
行きたいところも会いたい人もいないそんな生活が
40年も続くと思ったら少しは暗くなるでしょう。

それで野菜栽培に挑戦するひとや新しい趣味に走る人
料理教室で料理を習う人、社交ダンスを試すなど
色々な趣味活動で時間を費やしたりいます。

そんな生き方もいいけれど定年まで培われたいた経験や知識人脈などを活かして
アウトプットの人生もいいではないかという
主張がこの本の趣旨です。
現実的な問題や条件、言い訳などもあるけれど
老年の生き方に対して気楽に生きようという
前向きな姿勢で語っています。

本で勧めている定年後の生き方を実際にしている
7,80代の人々を沢山しているので
私の住んでいる街はとても手本になるのではないかと思っています。

昔の人に比べて本当に良い環境で長生きできる時代に住んでいるので
せっかく与えられた人生の時間を楽しく行きたいですね。
  

Posted by 青い鳥 at 16:16Comments(1)

2019年04月03日

本ー寝る前5分の外国語

本ー寝る前5分の外国語
3箇所の図書館で本を借りて読んでいます。
小説をあまり読まなくなってから好んで読んでいるのが
脳科学の本や外国語の学習書や実用書などです。

今読んでいるのが”寝る前5分の外国語”です。
語学書の書評集です。
外国語の教材が豊かに出版されているのが日本です。
名前も知らない国の言葉や文字の教材が出ています。
そんな様々外国語についての書評集で結構面白いです。

外国語として一番最初に出会った日本語から
中学校で学び始めた英語、高校で学習したドイツ語、
社会人になって学んだエスペラントなど今までに
沢山の外国語の出会いがありました。

数えてみると日本語、英語、ドイツ語、エスペラント、
ベトナム語、タイ語、イタリヤ語、アラビア語、
中国語、ヘブライ語、ギリシャ語、ミャンマー語があります。

見たいドラマが有り数年前から中国語を独学しています。
それから手がけたのがヘブライ語です。
神学校に入ってから聖書を原書で読みたいと思っていましたが
なかなかヘブライ語を学ぶきっかけがありませんでした。
やっと数年前から1年に2回開かれる神学大学に行っています。
そこで韓国で一年間合宿しながらヘブライ語を学んだ先生から
ヘブライ語を学べるようになりヘブライ語に力を入れています。
やっと22文字のヘブライ語の字母を覚えました。

字幕無しで英語の映画を見たいと思って続けている英語は
未だにその目標にほど遠いです。
いっときハマっていたタイドラマを見るために
熱心に英語字幕を追っかけていました。
ドラマの内容を知るためにどうしても気になる英語単語を探すために
ノートパソコンを時々一時停止しながら電子辞書を使いました。
その度英語の語彙不足を感じましたが
未だに英語単語を覚えるための行動には進んでいません。

タイ人友達が出来てから始めたのがタイ語です。
変わった文字が面白く一時精を出していましたが
字母さえ覚えることが出来ず長いこと休んでいましたが
インタネットでタイドラマを見るようになってから
またタイ語をはじめました。

そして、ミャンマー宣教をしている牧師からチャレンジを受けて
最近始めたのがミャンマー語です。
基本字母が33文字あるのですがなかなか覚えられず苦労しています。

今まで手かけた外国語は様々です。
しかし、身につけた外国語を使って本を読んだり映画を見たり
音楽を楽しんだりしているのは日本語しかありません。
記憶からきれいに消え去った外国語がほとんどです。

外国語を体得するには長い時間がかかります。
諦めないで続ける必要があります。
また外国語を楽しむためには語彙の習得が最初の関門です。
その壁を乗り越えるのが一番の問題です。

そんな忍耐を乗り越えて一つの外国語をものにしたときには
新しい世界が広がります。
言葉を通して知らなかった国の住民の生き方や思想、
文化などを知り考え方の幅がとてつもなく広がります。

交通が発達しインタネットも普及して
外国語を学ぶ環境はとても良くなりました。
昔は外国語を学びたくても教材があまりなく
生で外国語を聞くことも出来ませんでした。
いまはインタネットを通して様んな国に直接つながり
その国の言葉を楽しむことが出来ます。
ユーチューブを通して自分が学んでいる外国語を生で聞けるのです。

その分英語が出来たらもっともっと便利です。
英語で様々な外国語を学んだりたくさんの知識を得ることも出来ます。
役に立つためなら英語ができるのが一番いいと思うけれど
一人ひとり、自分の興味と必要に合わせて外国語に挑戦するのもいいと思います。

日本のように様ざまな外国語の教材が沢山出ている国もあまりないでしょう。
必要性とやる気と忍耐さえあれば習得できるのが外国語だと思います。
痴呆予防にも良いらしいので趣味としてはじめてみるのはいかがですか?  

Posted by 青い鳥 at 21:58Comments(0)

2019年04月01日

本ーポケットいっぱいの外国語


本ーポケットいっぱいの外国語
目が疲れ小さい文字を読むのが億劫になってきました。
図書館で借りてきた30冊以上の本は、
借り出し期限の延長を繰り返しています。
欲張って借りてきたのですがすぐ目が痛くなり
なかなか読書が進んでない状態です。

”マルチリンガルの外国語学習法~ある翻訳家の「語学」心覚え~”の次に
読んでいる本が”ポケットいっぱいの外国語”です。
上智大学を卒業したあと東京工業大学や明治大学の助教授を経て
今はフリーランス語学教師をやっていると紹介されている
黒田龍之助さんの本です。

文体にはそれぞれ人柄が現れると聞いていますが
この本を読みながらそうかもしれないと感じました。
大学で語学を教えていたときの面白い逸話が
いろいろと紹介されていました。
すこし残念に思ったりつぶやいている著者の心の声が面白く
思わず笑ってしまいました。楽しい本です。

論文を書くのが苦手と言いながら始まる文章がまた素直で
明るく楽しそうな人柄を表しているようです。

体育会系英語と文系英語は特に共感しながら読みました。
身体能力に結びついた英語、相手から投げかけられた発話に対して
即座に判断を下し、その場にふさわしい返答をする能力
そういうのを身につけたいと考えるのが体育会系英語のようです。

しかし、教師が教えたいのは文系英語だそうです。
テキストに向かってじっくり考え、書かれたものをじっくり眺める
わからない語があったら調べる、意味が通るかどうか時間をかけて吟味する
そういう能力をつけてほしいと英語教師は願うようです。
それは英語教師が大抵文系だからそうです。

20歳そこそこの若者たちはじっくり考えることを
年寄りくさいといって、嫌がるのでそれではと
体育会系英語に取り組もうとしても
あまりついてこない学生たちへのもどかしさが書かれています。

また、体育会系なのに大学生が体を動かさないと嘆いています。
まず声を出さない、出しても蚊の泣くような小さい声
中には授業だから仕方なく声を出してやってるんだよという
態度を露骨に出す学生もいるようです。

反射神経を鍛えてくれというからやっているのに
あんまりだと本音を漏らしています。
当てられて早く答えるように努力してくれ、沈黙するのが一番困る、
しかし、すぐに”わかりません”と答える学生がいて
そんなことだけに反射神経を使ってどうすると
教師としての自分の気持を正直に書いています。

”僕、英語なんていらないんです。一生日本から出ませんから。”と
言い切る学生に対して世界にはいろいろな人がいて違う言葉を使って
毎日生活している、ぜひその人達が使う言葉を通して何かを
感じ取って欲しいということを願っています。

そして、体育会系英語を身につけるのは難しいので
じっくり英語にするように勧めています。
こちらは時間とともに必ず伸びるし歳を重ねるほど
身につくのは読解力だと言います。
気が遠くなるような時間がかかるけれど
長年やっていれば必ず報われるのはじっくり英語だと言います。

電車の中でロシア語の単語を覚えていたという学生の話を聞いて
よしよし、よく勉強しているなと感心した先生に
”隣りに座っていた人が僕の教科書を覗き込んで怪訝な顔をして
席を移しました”という話を聞き、
ああ、世間の風は冷たいと締めくくっています。

外国語を始める切っ掛けはいくらでもあります。
変わった文字から興味を持って始めた外国語や
昇進や海外出張などに必要だからと渋々手にした教材から
または好きな文学作品を原書で読みたいからとか
様々な理由で新しい外国語を始める人がいます。

しかし、一つの言葉を身につけるのはたやすいことではありません。
そこには、著者の言う通り気が遠くなるほどの時間と努力が必要です。
けれども諦めないで続けていけば誰でも物にできるのが外国語かもしれません。

交通の便がよくなり本当に全世界が近くなりました。
一つの言語を知ることで広がる世界があります。
どうか、その素晴らしい世界を体験できる日を夢見て
諦めないで進みますように!!
  

Posted by 青い鳥 at 22:18Comments(0)

2019年03月30日

本ーマルチリンガルの外国語学習法~ある翻訳家の「語学」心覚え~


本ーマルチリンガルの外国語学習法~ある翻訳家の「語学」心覚え~
2ヶ月以上怠けた生活が続き体重が増え体が重く
そのせいか腰の痛みがひどくなり痛み止の薬を飲んでいます。
3月7日から右の足の甲が鋭いもので刺されたような痛みが始まりました。

時間が経てば治ると思い、ほっといたのですが痛みは治まらず
久しぶりにまた整形外科で診療を受けました。
足の形の問題で生じた事らしく
いまは履物の中に補足器具を敷いて歩いています。

春なのに相変わらずひんやりした天気が続いています。
風が強い中、カイド会の下見があり冬着のまま出かけました。
1時間余り山道を歩いたあとお昼を食べて家に戻りました。

2日連続で長距離を歩き足の裏に水膨れができました。
痛かったので家でゆっくりしたいと思いましたが図書館に用事ができて
仕方なくまた外出することになりました。
長いこと借りていた本の中の1冊が予約者がいて
延長できないので返しに行ったのです。
行ったついでに普段は見ない書架をゆっくり回って7冊の本を借りてきました。

早速読み始めた本の1冊目が石居啓一郎さんの”
マルチリンガルの外国語学習法~ある翻訳家の「語学」心覚え~”です。
上智大学イスパニア学科卒業の著者は独学で10か国語をマスターしたようです。
そして、著者が関わった外国語はスペイン語、ポルトガル語、カタルーニャ語、
フランス語、イタリヤ語、ラテン語、ルーマニア語など20ヶ国語に至ります。

彼は6歳までブラジルで4年、アメリカで2年、外国で暮らしました。
その後、ちょうど小学校に入るときに日本に戻りましたが
始まった小学校での生活は大変でした。
国語である日本語ができなくて人並みに日本語をこなすまで
とても苦労したと書いています。

成績は下降線をたどり、小学校高学年になっても年齢相応の言語による
自己表現力がなく周りと協調できないすぐ切れる少年になっていました。
そんな彼を救ったのはクラシック音楽との出会いでした。
クラシック音楽という文化の背景にある知の世界に目覚め
勉強の必要性を感じるようになりました。

中学生の時、すべての基盤となるものが母語、国語であることに気づきました。
自分の人格やアイデンティティーそのものを具現化するには
母語、国語が重要だと痛切に感じた著者は
自分の学齢レベル程度まで会得できました。
それが自分の言語学や言語への姿勢に大きな痕跡を
残すことになったと記録しています。

国語である日本語での苦労から始まった言葉、言語への関わりは
高校生の時、興味を持ったイスラム世界との出会いから
様々な言語を独学していく道へ広がります。

多くの民族、文化が複雑に交差しているイスラム世界の研究を志すなら
ヨーロッパの諸言語や中東地域の言語を一つでも多く知っている方が都合よく、
必然的に様々な言語の資料に接さざるを得ない状況で
彼は自分が興味を持った資料を読みたいために一つ、一つ
新しい言語を習得していきました。

彼はそんな経験から学んだことを書いています。
外国語に正面から向き合おうとするときに最も良心的な態度は
とことんまでその社会文化の深部に肉迫する覚悟を持って
取り組むことであると彼は言っています。

大人として中身のある言葉を使えるようになっていなければ
大人が語学を学ぶ意味はないだろうと断言します。
そして、表現力の広い語学ではその人が話す言葉の表現で
どんな人間なのかさえも判断されてしまうので
表現形式の自由な選択を的確に行い、間違いを侵さないよう
注意する必要があり、そのためには文法の知識は
必ず必要であるといいます。

彼のやり方は文法の勉強と同時に文法知識の段階に見合った
初歩的な読み物を読むことでした。
最近は文法を軽視する傾向ですが外国語を学ぶときは
いやでも文法を学ぶことは不可欠であると著者は言います。

そして、一番最初に体得しなければならないのはその国の模範的な言語を
しっかり踏まえ使えるようになることだと言います。
それからさらに興味や余裕があれば俗語やはやりの言葉を
学んでもいいと言います。

まずなんのために外国語を学ぶのかその必要性と必然性の度合いによって
学習者のモチベーションと真剣さの度合いは変わってきます。
それでどの程度まで外国語を体得するか境界線を決めるのもいいでしょう。

短い海外旅行のために挨拶程度の外国語いじりもあるでしょう。
外国人の恋人ができて愛を育むために外国語を学ぶ人もいるかも知れません。
好きな本を原書で読みたい人もいるでしょう。
様々な必要から外国語の教材を手に取る人がいるかもしれません。
それぞれの必要に応じて外国語に挑戦して世界を広げるのもいいかもしれません。
しかし、いくら言葉の体系や語順などが似ていても外国語を学ぶことは
たやすいことではありません。

著者は一つの外国語を学ぶにはその言葉の発想法や文化まで
深く突き詰める努力を惜しまない姿勢と良心が問われると
締めくくっています。

聖書を原語で読みたいという思いでヘブライ語とギリシャ語を学び始めました。
やっと22文字のヘブライ語のアルファベットを覚えました。
しかし、これからも覚えることが沢山あります。
いつ、聖書を原語で自由に読む日が来るのでしょう。
その日を夢見て毎日コツコツヘブライ語に取り組んでいます。  

Posted by 青い鳥 at 16:43Comments(0)